ビパッサナー瞑想は
目をつぶり
呼吸を意識する
禅僧は半眼?
難しそう
目は
情報量が多い
気が散る
半眼は
いい修行だろう
芸人片岡鶴太郎さんのインタビューを見た。
ボクサー、お笑い、ものまね、俳優、画家、書家などさまざまな顔を持つ鶴太郎さんだ。50代後半にヨガにはまり、瞑想を実践しているという。
夕方5時に就寝、午後11時に起床、それから午前5時までヨガをする。その後、2時間半かけて朝食。自分で調理をしながら食べる。主に菜食で酒類は飲まない。からだが欲しないから。食事はこの一回だけ。
行動するといろんな出会いがあり、自分の納得できる生き方ができるようになったという。一日一回の食事だと空腹にならないかと聞かれ、それはもう夕方には腹ペコです。ただそれが快感でたまらないそうだ。
あまり考えず、からだの声を聴き、からだが欲することをしているから苦痛はない。毎日、満ち足りているという。自分のたましいが喜ぶことをやっている。まあ仙人のような暮らしだ。ヒマラヤの山奥ならともかく、都会に住みながらそういう生き方をする人は稀有な存在だろう。
誘惑の
多いなか
からだが本当に
欲することだけを
していく
投手として最高額の契約金でドジャーズ入りした山本由伸選手。そのエピソードを見たが、小学生の頃のチームのスローガンが「全てに感謝」だったそうだ。いま、その言葉を色紙に書いて「その通りだなと思います」と語る。
イチローも
大谷翔平も
山本由伸も
すべてに
感謝している
ありがとう
おかげさま
なんという
うつくしい
文化だろう
昼前に1時間ほど瞑想をした。ゴエンカ氏のおいたちや、瞑想センターの建設のYOUTUBEを見ていたので、不思議に深い瞑想になった。背中も自然にまっすぐに伸びて、足も組み替えることがなかった。1時間が短かった。
夕方、元浄水場の外周を歩いた。そこからフロンタウンのジョギングコースに入る。雲が多く、涼しいくらいの天気だった。ガビチョウが鳴いている。ときどきアオゲラの声が聴こえた。泰山木の花がすこしだけ咲いていた。先日みたネジバナがなくなり、新しく5本のネジバナが咲いていた。
瞑想はただ
自分の呼吸と
からだの感覚を
観察するだけ
冷静に
そうかもしれないが
そうでないかもしれない
決めつけないことだ
心に
余裕が生まれる
そうでないかもしれない、英語では「or not」ということになる。
初めてビパッサナー瞑想の「10日間コース」に行ったのはいつだったろう。自分の体験記を見ると、平成4年の8月だから1992年。つまり34年前になる。最後にコースをとったのは平成11年8月で、27年前だ。
いろんな人にビパッサナー瞑想コースをとることをすすめた。10人以上がコースをとり、いい体験ができましたという。だれも後悔したという人はいない。
ビパッサナー瞑想という名前はあちこちで使われているようだが、わたしが参加したのはインドのゴエンカ氏が指導しているコース。そのゴエンカ氏がビパッサナー瞑想について講演をしているビデオがある。日本語字幕がついているから分かりやすい、33分ほど。それを紹介しておきたい。わたしの体験記も紹介しておく。古いけれど、やっていることは変わらない。
他人ヒトを
批判する
そんな
自分を
批判する
歯の治療の痛みを
ビパッサナー瞑想の
やり方で
観察してみる
すこし楽になる
脳科学者のジル・ボット・テイラーは、ある日自分が脳溢血に襲われた。そのときの体験をTEDといいう番組でなまなましく語った。左脳に出血があったので、だんだん右半身がマヒしていくのが分かる。言葉も話せなくなり、聞き取ることもできなくなる。その様子を実況中継のように身振り手振りを加えて話した。
左脳が働くなると、右脳がたちあがり、やがて広く心地よい静寂の世界に入る。それはニルバーナ(悟りの境地)、ユーフォリア(多幸感、陶酔感)の世界だ。なんと平和な世界だろう。ジルはその様子を全身で表現していた。それを聞きながら私は、深い瞑想によって到達するバンガ—(からだの溶解)と同じだなと思った。
ジルのプレゼンテーションはかなり前にYoutubeで見て感動したのを覚えている。先日の想田さんの「なぜ僕は瞑想するのか」の本を読んだせいもあって、さらにつよく心を打った。
20分あまりの話だが、なんど聴いても新鮮である。いまは日本語の字幕もついている。
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