フォト
無料ブログはココログ

こころ・瞑想

2026.06.10

深い瞑想

昼前に1時間ほど瞑想をした。ゴエンカ氏のおいたちや、瞑想センターの建設のYOUTUBEを見ていたので、不思議に深い瞑想になった。背中も自然にまっすぐに伸びて、足も組み替えることがなかった。1時間が短かった。

夕方、元浄水場の外周を歩いた。そこからフロンタウンのジョギングコースに入る。雲が多く、涼しいくらいの天気だった。ガビチョウが鳴いている。ときどきアオゲラの声が聴こえた。泰山木の花がすこしだけ咲いていた。先日みたネジバナがなくなり、新しく5本のネジバナが咲いていた。

 

瞑想はただ
自分の呼吸と
からだの感覚を
観察するだけ
冷静に

2026.06.07

or not

そうかもしれないが
そうでないかもしれない
決めつけないことだ
心に
余裕が生まれる

 

そうでないかもしれない、英語では「or not」ということになる。

2026.06.01

ゴエンカ氏

初めてビパッサナー瞑想の「10日間コース」に行ったのはいつだったろう。自分の体験記を見ると、平成4年の8月だから1992年。つまり34年前になる。最後にコースをとったのは平成11年8月で、27年前だ。

いろんな人にビパッサナー瞑想コースをとることをすすめた。10人以上がコースをとり、いい体験ができましたという。だれも後悔したという人はいない。

ビパッサナー瞑想という名前はあちこちで使われているようだが、わたしが参加したのはインドのゴエンカ氏が指導しているコース。そのゴエンカ氏がビパッサナー瞑想について講演をしているビデオがある。日本語字幕がついているから分かりやすい、33分ほど。それを紹介しておきたい。わたしの体験記も紹介しておく。古いけれど、やっていることは変わらない。

 

ゴエンカ氏の講演・「ヴィパッサナー瞑想について」

 

ビパッサナー瞑想体験記

2026.05.19

離れて見る

他人ヒトを
批判する
そんな
自分を
批判する

2026.05.14

痛みを観察する

歯の治療の痛みを
ビパッサナー瞑想の
やり方で
観察してみる
すこし楽になる

2026.04.19

ジルの強烈な体験

脳科学者のジル・ボット・テイラーは、ある日自分が脳溢血に襲われた。そのときの体験をTEDといいう番組でなまなましく語った。左脳に出血があったので、だんだん右半身がマヒしていくのが分かる。言葉も話せなくなり、聞き取ることもできなくなる。その様子を実況中継のように身振り手振りを加えて話した。

左脳が働くなると、右脳がたちあがり、やがて広く心地よい静寂の世界に入る。それはニルバーナ(悟りの境地)、ユーフォリア(多幸感、陶酔感)の世界だ。なんと平和な世界だろう。ジルはその様子を全身で表現していた。それを聞きながら私は、深い瞑想によって到達するバンガ—(からだの溶解)と同じだなと思った。

ジルのプレゼンテーションはかなり前にYoutubeで見て感動したのを覚えている。先日の想田さんの「なぜ僕は瞑想するのか」の本を読んだせいもあって、さらにつよく心を打った。

20分あまりの話だが、なんど聴いても新鮮である。いまは日本語の字幕もついている。


ジル・ボットの不思議な体験

 

2026.04.18

想田さんの体験記

ビパッサナー瞑想を検索しているうちに、想田和弘さんの『なぜ僕は瞑想するのか』という本をを見つけた。ビパッサナー瞑想体験記と副題がついている。私は8回ほど瞑想コースに参加し、そのつど体験記を書いてきた。だから他の人がどのような体験をしたのか気になる。

新本でもいいのが、今回は初めてメルカリというサイトを利用して半額で手に入れた。10日間コースの内容はまったく同じだが、その場所や設備、指導者やスタッフ、そして参加者が違うから面白い。朝4時半から夜9時半まで、休憩時間はあるが夕食なしで無言で座りつづけるのはかなりきつい修行である。足腰などの体の痛み、雑念や妄想、強烈な睡魔など、とてもつらかったことを思い出す。

著者も奇跡的な体験をするのだが、私の場合とはかなり違う。バンガーといって、自分の肉体が溶けて消えるのは同じだが、そのときの感覚や受け取り方が違う。ただ同じような体験をしたのだなと、読んでいてこちらも興奮してくる。


こんな紹介文が載っていた。

毎日とにかく忙しすぎるし、競争が激しく心が安らぐことがない。祖国や世界の政治状況を見ていても怒りが湧くことばかりで、心が乱されることが多い。ついでに、映画作家などというヤクザな商売をしているので、経済的な不安も常に抱えている。そういうストレスを少しでも軽減し、心の平静を保つ必要性を感じていた。―本文より

2600年前ブッダが実践したという瞑想修行に参加した映画作家想田和弘による10時間×10日間のルポルタージュ。スマホもパソコンも財布も預けひたすら座って修行する中で、著者は驚くべき貴重な体験をし、考え方と生き方を大きく変えられてしまう。「週刊金曜日」の好評連載、待望の書籍化!


【著者略歴】
想田和弘(そうだ かずひろ)
映画作家。1970年栃木県足利市生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学科卒。米国スクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒。
日米を往復しながら、台本やナレーション、BGM等を排した「観察映画」というドキュメンタリーの方法を提唱・実践。
監督作品に『選挙』(2007)、『精神』(2008)など多数。

著書に『精神病とモザイク』(中央法規出版)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社)、『カメラを持て、町へ出よう』(集英社インターナショナル)等がある。

 

私の体験記は昔は検索するとトップに出てきたが、最近はビパッサナー瞑想をする人が増えて、だいぶ後ろになってしまった。それでも〔ビパッサナー瞑想体験記、陽気堂〕と検索するとすぐヒットする。具体的な瞑想コースの内容は私の方がくわしく書いてあるが、想田さんは後半でコースの意義などをうまくまとめて書いている。「また座ろう」という気持ちが起きてくる。

 

ヴィパッサナー瞑想体験記

 

2025.12.25

神様の教え

たくさんあるが、ちょっと目に付いた言葉を拾ってみる。

 

慈悲と慈愛のこころを育てる

天はまるい、人もまるく

すなおな心を持つ

腹を立てると血がにごる

両手を合わせると血と心がかよう

男は男らしく、女は女らしく

お礼の心が神様に通じる

人生はよいこと半分、わるいこと半分

自分のことを後回しにして人を助ける

子どもに教えること、はい、ありがとう

2025.12.20

ピクンピクン

1時間の瞑想のあと
からだが勝手に
ぴくんぴくん動く
我を抜くと
自動調整が始まる

2025.12.14

デタッチメント

谷川俊太郎さんの追悼番組で、長男と長女のふたりが父親について語っていた。ラジオ深夜便の中だった。印象的だったのは、谷川俊太郎さんはデタッチメントを目指してたと言う。デタッチメントとは日本語にすると、距離をおくこと、執着しないこと、超然としていること、などと訳される。

2011年のアメリカ映画『デタッチメント・優しい無関心』のタイトルとして有名になったそうだ。私はその映画を知らない。デタッチメントの反対語はアタッチメントで、執着、愛着どと訳される。

ビパッサナー瞑想では苦の原因は執着だから、執着しない心を育てることが大切だと説く。谷川さんは詩人だが、幅広い分野で活躍されていた。そのなかで身につけた知恵かもしれない。

お孫さんがおじいちゃんと仲良くしたいと言ってしばらく泊まっていっても、あまり親密な交流を好まなかったようだ。ひとりが好きだったと言う。ひとに干渉しない代わりに、ひとから干渉されたくなかったようだ。

詩人なのに、言葉というものを信用していなかったともいう。言葉のもつ意味は、それぞれの人によって千差万別だからだろう。言葉が自分から離れて独り歩きしてしまうのが嫌だったらしい。

 

気遣いの
優しい人は
気遣いに
疲れてしまう
のだろう

より以前の記事一覧