フォト
無料ブログはココログ

旅行・行事

2026.09.01

防災の日

私の親が生まれたころ、祖父が若かった頃、関東大震災が起こった。そのことを記念して9月1日は「防災の日」が定められた。

今年はひのえうまのせいか、災害が目立つような気がする。令和8年熊本地震、千葉県の広域浸水、富山や福井などでも水害が報告されている。きのうは伊勢神宮の外宮ちかくの商店街で大きな火災があった。災害があれば、停電、断水などが伴う。

けさも簡易トイレの使い方などを説明していたが、用意はしていても使ったことがない。自分の身には起こらないだろうと思っている。トイレに行く回数が一日5回だとするとそれに家族の人数をかけるとビニール袋や凝固剤なども相当な数を用意しないといけない。

 

携帯トイレが
二つあるが
使ったことがない
危機感が
まったくない

 

ただただ
大事なきことを
感謝するばかり
氏神様に
お詣りしたりして

 

南海トラフなど
いつ大地震が起きても
不思議はない
頭では
分かっているのだが

2026.08.20

浴衣を着たのに

やっと浴衣を着
帯を締めて
盆踊りへ
なんと
雷雨で中止に

               京子

 

女性が着物を着るのはたいへんだ。襟合わせ、裾合わせ、中心線そろえ、着崩れ防止など。さらに帯がかたいと苦労しそう。コロナ以降、浴衣を着ることがなかったので、妻はYoutubeを見ながら奮闘している。

やっと完成して盆踊り会場へ行ったが、雷雨で中止になっちゃった。そんなこともある!

2026.08.17

お盆休み、あれこれ

ニシキヘビ脱走騒ぎ 

13日、モーニングショーで2mほどのニシキヘビが逃げたと騒いでいる。川崎市多摩区菅馬場というからうちのそばだ。よく通る道や家々が映ってる。

テレビではヘビの専門家なんかが出てきて解説をしている。夜行性だし、雨が降っていたからそんなに遠くには行かない。毒はないが、かまうと噛みつく。まるくなるとハンドボールのボールぐらいになるから建物やエアコンの室外機などのかげに入ってしまえばなかなか見つからないだろうという。

16日にお墓参りに行った帰りにも警官が7、8人、ヘビを探しているようだった。

 

迎え火は大雨のなか

13日はお盆の迎え火を焚く日である。

昔よりずっと簡略にしたが、それでも準備はたいへん。古い食器や提灯を出し、仏壇の前に座卓を置き、花ござを敷き、そこのマコモを載せる。きゅうりの馬とナスの牛をつくる。生花をかざり、ミソハギの花をとって来て清めの道具をつくる。ナスの小さなサイコロ切りを里芋の葉を敷いたどんぶりに盛る。提灯を組み立てる。

いとこの家族が一緒に迎え火に参加してくれたが、大雨だったので玄関の軒下でやる。こんな大雨のなか迎え火を焚くのは初めてかもしれない。

 

終戦記念日

14日は床屋さんに行く。夜、東野圭吾のドラマ「手紙」を見たが、殺人犯の弟が生きていく辛さを描いたもので、サスペンスシーンが続き、心がふさぐ。

15日は正午に戦没者への黙祷をささげる。父の弟が徴兵され、さいごに捕虜になって帰還した。その下の弟は10代で志願し20才の若さで戦死している。戦後、祖父母が亡くなると一家離散のような状態になった。戦争の影響は今なお続いている。

午後8時に送り火を焚く。ご先祖さまはゆっくりしていただけただろうか。

 

お墓参り

朝はお寺参りに行く。掃除をし、花と線香を供える。親戚の人、知り合いの人などに会って、言葉をかわす。

ニシキヘビの捜索はまだ続いているようだった。

 

2026.08.09

今日は長崎

Nagasaki
平和祈念像

 

長崎の平和式典の中継を見る。原爆の投下された11時02分に黙祷をする。

核兵器を持つ国がふえている。持ってしまえば勝ち、そんな状況だ。日本の隣国は共産主義独裁国家でみんな核を保有している。何をしてくるか分からない国だ。ある程度の軍事力を持ち、抑止力がなければ、国を守ることはできない。しかし、被爆者のことを思うと戦争は絶対避けなければならないとも思う。

高校の修学旅行は北九州だった。長崎、熊本、大分を回った。雲仙や佐世保、大浦天主堂、西海橋、平和公園。熊本は水前寺公園、阿蘇山などを回った。そこに行ったという記憶がのこる修学旅行というのはいいものだ。

そういえば熊本の大震災のあとはどうなっているのだろう。猛暑のなか脱水は想像を絶するほど厳しいにちがいない。

 

地震や台風など
自然災害が多い
日本人は
きたえられ
優秀になった

2026.08.07

七夕

きょうは8月7日で、この日に七夕を祝う所も多い。いわゆる旧七夕だ。有名なのが仙台の七夕祭り。

実際の太陰暦だと今年は8月19日が七夕らしい。太陽暦と太陰暦はかなりズレる。7日は上弦の月の半月になる。

織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイルという星だ。ほぼ真上に見えるらしい。こどもの頃天体観測などで説明を聞いたことがあるが、その場で忘れている。てっぺんに白鳥座があるのは覚えている。尾より首の方が倍ぐらい長いのに驚いたからだ。そのそばにベガトアルタイルが見える。

新暦の7月7日はまだ梅雨のさなかで曇りや雨の日が多く。星は見られないことが多い。8月のほうが星が見やすいらしいが、いまは建物がふえて、空が狭くなっている。それに地上の照明などがつよくてなかなか星が見えない。

お盆も7月の13,14,15日に行うところがあるが、大半は一ヶ月遅れの8月に行う。秋田の竿灯祭りは8月3日から6日まで、青森のねぶた祭りは8月2日から7日まで。いろんなお祭りがつづく。

 

盆おどり
ラジオ体操
夏休み
いまは
酷暑だな

 

あしたは
8のゾロ目
令和8年
8月8日
すえひろがり!

2026.08.06

お施餓鬼

8月6日は広島の原爆記念日。おぞましい日である。午前8時15分に西の方を向いて黙祷する。

午後1時すぎに菩提寺に行き、世話役としてお施餓鬼のお手伝いをする。わたしは誘導係だったので、参加者にビニール袋に靴を入れてもらい、本堂のほうに案内する。2時すぎに講話が始まった。講師はお盆のことを中心にやさしく話をしていた。自分の顔を洗うのは誰ですか。自分でしょう。だから自分の家のお墓は自分できれいにしましょう、って。

3時からお施餓鬼の法要が始まった。近隣のお坊さんが18人集まって、読経をあげると本堂に響き渡る。向かい合ったお坊さんが礼をして焼香をし、それから着席する。と同時にとなりのお坊さんが立ち上がり、焼香に向かう。じつになめらかな所作である。

それから外に設けた餓鬼棚に米少々と水をふりかける。餓鬼道に落ちたものたちにも施しを行うのである。これが施餓鬼の意。参加者も全員が参加する。お経が長くて眠くなってしまうが、こらえた。太鼓や鐘、木魚の音、線香の香り、天蓋の灯りなどが式典を盛り上げる。

そのあと塔婆と五色の旗をもらい、墓地に立てる。

蒸し暑かったが、カンカン照りではなかったので、よかった。

以前は準備にも加わったので大変だったが、いまは若いお坊さんたちがてきぱき動いてくれて、仕事量はだいぶ減った。

 

Segaki3

2026.08.02

盆踊り中止

きのうの夜は盆踊り大会の予定だったが、雨が降り始め、雷がゴロゴロいって、危険なので中止になった。朝からやぐらを組んだりして準備をされた町会の役員の方々にはあいにくだったが、自然相手なので仕方がない。

女性部の人はそろいの浴衣を着る予定だった。久しぶりに着る浴衣に妻は奮闘していた。Youtubeを見ながらがんばっている。着崩れしない浴衣を着る方法。その解説を見ていると、おそろしく大変な作業だと分かる。

裾あわせ、襟あわせ、帯結びなど。寝巻とはわけが違う。これでは着物を着る人が減るわけだ。

 

浴衣を着て
盆踊り会場へ
そうしたら雨
いじわるな雨
救いの雨

2026.07.25

台湾・香港

『五行歌』誌・8月号特集作品に
  

半世紀前の旅(沖縄・台湾・香港) リプル

という記事を寄せていた。そこに旅行の様子を五行歌にしてある。
それを引用して、旅の続きとしよう。

 

【神戸→沖縄】

神戸から
沖縄行きの船に乗る
ドラが鳴り
別れのテープが
ちぎれ飛ぶ

沖ノ島丸と
競争するように
イルカが泳ぐ
トビウオが飛ぶ
屋久島が遠ざかる

甲板で
三人の友達ができた
その一人が
那覇の家に
泊めてくれた

那覇の国際市場は
シェンシェンという
声が飛び交う
復帰前なので
銭でなくセントだった

こんなでっかいのが
空を飛ぶのかよ!
初めて乗る飛行機は
台北行き
ノースウエスト

 

【台湾】

台北では
親切な人に
トラックに乗せてもらう
竜眼という果物が
妙にうまかった

宿はYMCA
天井に吊るされた
蚊帳のでっかいこと
新聞は真っ黒
ぜんぶ漢字それも旧体字

台中では
留学生の世話になる
みんな日本語がうまい
床屋の洗髪は
常温の水だった

花蓮、台南、高尾
好日的な国だ
ただ映画が始まる前に
蒋介石と軍隊が映り
起立して国家を歌う

基隆(キールン)から香港へ
三等席は船底で熱い
甲板に出て眠る
星が降るようだった
翌朝ジャンクを見る

 

【香港】

香港もYMCA
三階の部屋なのに
どう見ても四階だ
そう、イギリスでは
一階はグランドフロア

適当にバスに乗り
終点まで行く
バスケットをしている
グループに加わる
繊維会社の人たちだった

船で知り合った学生が
香港島の家に招いてくれて
家庭料理をご馳走になる
おしっこは流しの脇
大きいのはお丸か公衆トイレ

中国国境付近までドライブ
牡蠣がうまいところだ
大きなジャンクが見える
ああ、あちらはもう中国なのか
深い感慨を覚える

慕情の丘に登ったり
市場を歩いたりもした
香港のお墓には
写真が焼き付けてあった
変な風習だ

犬が何匹か
檻に入れられている
一匹ずつ減っていき
料理になって出される
すごい国だ

2026.07.24

沖縄の市場

学生の頃、夏休みに沖縄に行った。返還前の沖縄で、アメリカ領事館からトランジットビザをもらった。

京都の寺に泊まり、次の日、神戸の三の宮から船で沖縄へ向かう。二泊三日で那覇港に着いた。船で知り合った人の家に泊めてもらい、翌日、沖縄の北側を旅行した。嘉手納空港とか守礼の門、鍾乳洞、パイナップル畑、千畳敷の海などを見学した。観光バスでなく路線バスの旅だ。

知人にどこが見どころですかと聞いたら、南はお墓参りだから北がいいといわれた。今考えると墓参して戦没者の霊に頭を下げればよかったと思う。沖縄の人にとってはいい思い出ではないから北部の観光を勧めたのかもしれない。

那覇の中央市場に行ったときのこと、年寄りが方言で会話をしている。お金の単位が「シェン、シェン」と聞こえた。まだ銭という単位を使っているのかと思ったが、ドルとセントのセンがシェンと聞こえたのだ。返還前だったから。

 

沖縄の市場で
シェンシェン
という声が飛び交う
銭かと思ったら
セント(¢)だった

2026.07.18

夏祭り

雲りだったが、ときどき日が差したり、小雨がパラついたり、変な天気だ。

午後2時ごろ、外で大きな楽隊の音が聞こえた。専修大学のマーチングバンドの演奏らしい。夏まつりが始まったのだ。

外に出てみると、道路の両側にたくさんのテントが立ち、いろんなお店が並んでいた。民家園通り商店街といいう半纏を着たひとたちがいろんなお世話をしている。浴衣の子も多い。アイスをかじっている人が目立つ。暑いものね。

01

コロナでしばらく中止になっていて、去年から再開されたように思う。テキヤが入らずもっぱら商店街の人たちが中心になって運営しているようだ。チアダンス、阿波踊り、人力車、新田ボクシングのエキシビションなど、楽しめる。

03

 

02

 

より以前の記事一覧