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畑のへりに大きな花が咲いている。花の色も形もオクラにそっくりだが、オクラの何倍も大きい。葉の形も細いようだ。近寄ってつぼみをみると、その形はオクラより短く、ころんとしている。これはハナオクラだろうと思った。
以前、和食の料理でハナオクラの煮びたしのようなものを食べたことがある。花びらを細長くまるめて出汁で煮たものだが上品な味がしたのを覚えている。花を食べるのは黄色いショクヨウギクとか薄紫色のモッテノホカぐらいしか知らなかったので不思議だった。
調べてみると、オクラはシシトウのような形の実を食べるが、花オクラは花びらを酢の物やおひたしにして食べるとある。ハナオクラの実はかたくて食用には向かないということだ。オクラもハナオクラもトロロアオイ属であり、その名の通り、かなりネバネバしている。ともに夏に咲く一日花だという。
オクラの花は
色っぽい
覗き込むと
男は
簡単に罠にかかる
朝食のとき
ドジャーズが
地区優勝!
山本も大谷も
歓喜していた
山本は
飄々として
打者をかわし
エースの
貫禄
大谷も翔平も
54号を打ち
自己最多タイ
シャンパンファイトで
みんなとはしゃぐ
試合の後半に
逆転負け
が多かっただけに
見てる方も
うれしさ百倍
溝の口の親戚の家に行った。名物のかりんと饅頭を手土産にして。歩いている途中で満開のヒガンバナを見つけた。いつもお彼岸には咲く花が、今年は猛暑のせいか、雨不足のせいか、だいぶ遅れている。この場所は日当たりがいいし、水やりもされているのだろう。
私が六歳のころ、一年間お世話になったいるので、懐かしい。旧家だから大きい。百年以上たっていると思う。自分が大きくなったぶん、小さいときの目線とはだいぶ違うので、その家も小さく見えるが、ほとんどそのまんまだ。有形文化財になってもおかしくない。
炬燵のあった仏間、様式の応接間。庭の大きな樫の木。棕櫚で編んだ冠木門。勉強机を与えられた階段の下。裏庭のお稲荷様。いろいろなことが芋づる式に思い出される。
70年以上も前に
暮らした家が
そのまま残っている
記憶が
つぎつぎ蘇る
多くの人の
お世話になって
今の私だ
ありがたくて
胸がつまる
今日はお彼岸の中日。暑さ寒さも彼岸までというが、今日はほんとに涼しいぐらいだ。
朝飯前に墓参りに行く。まだお寺に来る人も少なかった。お墓の掃除をし、花瓶を洗い、お線香をあげる。高い木の上ではモズが鳴いている。今年はじめてではないだろうか。来たばかりのときは縄張り宣言をするので、キーキーッと空を裂くような甲高い声で鳴く。
お世話になった叔父の墓までお参りすると、小一時間かかる。叔父の墓はかなり高いところにあるので長い階段を上らなければならないからだ。
長年おはぎを
つくってきた妻も
最近は赤飯だ
すこしは
らくにしなければ
空には
うろこ雲が
ひろがり
一応
秋である
ときどき小雨が降ることがあったが、調布の花火大会が行われた。家の中にいると、ドーンと大きな音がするので落ち着かない。さいわい近くに花火が見えるところがあるので、そこまで行って立ち見する。そこから見ると、あまり上を向かなくていいので首が痛くならない。
花火はけっこうよく見える。音がかなりあとから聞こえてくるのが面白い。6、7秒遅れてくる。音速を340m/秒とすると、約2kmぐらい離れているらしい。最初に花火が見え、あとからドーンとかダーンとか、パラパラパラと聞こえてくる。
風がないのがよかったが、もうちょっとあると煙も流れてくれたのに、なんて欲が出る。
立ちっぱなしはくたびれる。ただ傘をたたんで杖に使うと少しはらくだ。椅子を持ち込んでいる人も多い。
先日
花火が地上で爆発する
事故があった
火薬だから
取り扱い注意だ
花火の指定席
というのがある
リクライニングに
寝そべって
見物するらしい
先日録画しておいた映画「放浪記」を見た。高峰秀子主演、成瀬巳喜男監督、モノクロ。舞台は第一次大戦後の東京。みんなが貧乏な時代である。そこを生き抜く女性を描いている。
1962年に作られたというから、私が中学生の頃の映画だ。林芙美子の同名の小説を映画化したものだが、なかなか見ごたえがある。「放浪記」は菊田一夫の脚本を森光子が2017回演じた話題作でもある。
キャストの名前を見ただけで懐かしくなる。
林ふみ子:高峰秀子
ふみ子の母:田中絹代
安岡信雄:加東大介
伊達春彦:仲谷昇
福池貢:宝田明
白坂五郎:伊藤雄之助
上野山:加藤武
日夏京子:草笛光子
村野やす子:文野朋子
藤山武士:小林桂樹
田村(土建屋):多々良純
玩具工場の女主任:菅井きん
カフェの女将:賀原夏子
特高刑事:名古屋章
古い映画はいい
ストーリーだけでなく
まるごと
その時代が
映っているからだ
登戸の街は大きく変貌を遂げていく。もう昔の面影はほとんどない。和食料亭に柏屋さんがあったところの隣に大きな空き地が生まれ、そこが公園となった。築山ができ、遊具や散歩道ができると公園らしくなってきた。
コンセプトは「みんなの木陰」で、樹木が育つとやすらぎの広場ということになりそうだ。きのう入口の看板を見ると、こんなことが書いてあった。
「つくりと」とは、かつて宿場町として栄えた「津久井道」と、「登戸」を掛け合わせ、登戸が職人のまちとして発展してきたことや、未来に向けて歴史をつくる場として、みんなで創り育てるという意図の造語です。
新しい公園は
なかなかおしゃれ
木々が育てば
みんなの木陰と
なるだろう
良 元(一席)
昼寝から覚めた
気だるさの中で
友の訃報を聞く
無音の沼に
沈みそうな孤独感
室川(一席)
八月七日以後は
残暑見舞いとか
このルールも
そろそろ
無意味では
の ぶ(二席)
要支援を
幼稚園かと
聞きまちがえて
ちぐはぐとなる
友とのTEL
山本(二席)
ID、パスワード
安全策が増え
多要素認証も
高齢者
おいてけぼりに
熊田(三席)
五年に一度の
国勢調査のバイト
老脳の活性化にと
名札を前に下げて
レッツゴー!
きさき(のぶし賞)
国も企業も
「日本の~」
というだけで
信頼できていたのは
いつまでだったろう
リプル(三席)
秋刀魚さん
ありがとね
と言って
ワタまで
きれいに食べる
京子
待望の雨
短時間で
こんなにたくさん
降らなくても
いいのに
きのう、お祭りに参加した世話人たちの労苦をねぎらう鉢洗いが行われた。10人ほどの小さな慰労会だが、地域のいろんなことが話されて、私も勉強になった。ふだん顔を会わせることのない人たちと話ができてよかったと思う。
私は鍼灸の自営業をしており、サラリーマンを退職した人や農家の人と接する機会がすくないので、地域の話題にうといところがある。それをいろいろ補うことができた。お祭りを通じて、また一緒に準備や片づけをやるなかで親しくなり、コミュニケーションがとれるようになったのだ。
お祭りの余りの酒やビール、おつまみや漬物などをいただきながら、来年度からのお祭りのやりかたなどを話した。テントが軽くなってよかった。長テーブルももっと軽いのがある。お祭りの開催をもっと早めに町会を通じて知らせよう。
前もって町会の回覧をまわしておけば、小学校高学年の神輿の担ぎ手も集まる。けっこう参加したかった子も多かったはずだ。ま、反省会のようなものだが、なぜか昔から鉢洗いと呼ぶ。それぞれの家からも後継者を出すように、等々。
鉢洗いとは面白い。それで、ちょこっと調べてみた。
「祭礼用語辞典」によると、鉢洗いとは祭礼の後に行われるご苦労さん会。後片づけが終わった後や日を改めて行われる飲み会の事であり、神社が主催で行う反省会を「直会」(なおらい)、町会や神輿会が主催となって行う会を「鉢洗い」と呼ぶ。「神様にお供えした神撰の器を洗って片付ける」と言う意味がある。
お祭りが終り
使った鉢を洗う
洗いながら
ああだこうだと
意見を交換する
今月の28日は、町会の美化運動の日が予定されている。それに参加できないので、少しずつ家の周囲を掃除している。
道路沿いにツツジの植え込みがあるが、そこから雑木が顔を出している。アカメガシワやクワ、クロガネモチだ。
ムクドリなどの野鳥が電線にとまり、そこで糞を落とすので、ツツジの植え込みから木が生えるのだ。
役所に刈り込みをお願いしても、今の時期は草取りの要望が多く、順番にやりますからとのこと。これがいつも時間がかかる。それで、邪魔なものは自分で勝手に剪定ばさみで切っている。切っても切っても生えて来るので始末がわるい。
川崎市は
予算がないのか
街の美化が
追いつかない
東京都はいいな
今日は天神社のお祭り。コロナや諸事情により、なんと6年ぶりの祭礼となった。宵宮はやらず、かなり縮小しての開催となった。氏子衆の高齢化や後継者不足のためだ。
朝8時に神酒所づくり。倉庫から太鼓や子供神輿を出し、神棚を組み立て、掛け軸を吊るし、サカキを献上。テントを張り、テーブルや椅子を並べる。昔のテントは重かったが、今回から軽量のテントに変えたのでずいぶん楽になった。けっこう力仕事が多い。若い人が欲しい。
午後1時から、奉納金の受付が始まる。薄日だったが、蒸し暑い。祭り半纏を着るとよけい暑い。3時すぎに子供神輿が出発した。
事前の広報が少なかったので子供たちがあまり集まらなかった。フロンタウンのキッズ教室の子たちに呼びかけて神輿がまわる。小学校の低学年の子が多いので、大人が手伝う。子供神輿といっても80キロぐらいあるので重い。けっきょく大人が7人ぐらいついて歩いたが。その大人たちも高齢者が多いのでくたくただ。
太鼓叩き、客の接待など、地域のコミニュケーションに、祭りは最適だ。雨が降らず、風が吹かず、暑かったがまあまあの天気でよかった。中心となって動いてくれた役員さんには感謝、感謝。6時に片づけを始め、7時半ごろには解散となった。
6年ぶりでもうまくいったので、来年はもうちょっとにぎやかになるかもしれない。
日没が
すこしずつ
早くなり
秋の虫の声が
聞こえる
フロンタウンを
散歩する
一周900m
二周目には
暗くなる
ツクツクボウシの
声を聞けば
夏の終わりを
感じるが
まだまだ暑い
亡くなられた山田太一さんが「老い」について語る番組があった。そのなかで、本は残るが、ドラマは演じられとすぐに忘れ去られていく。そこが残念だという話をしていた。
たとえば山田さんは「岸辺のアルバム」というドラマを書いた。多摩川が台風の大雨で氾濫し、沿岸の家が次々に流されていくという話だ。その事件は対岸の川崎側からよく見えたので私も覚えている。
ところが、このドラマのことも、実際の事件のことも、「知らない」という人が増えている。要するに、ドラマは忘れ去られるという運命にあるのだ。
そのとき、ふと私は和泉多摩川の土手の踏切りで大きな事故があったのを思い出した。小田急線の下り列車が多摩川を渡ろうとしたとき、踏切に入って来たダンプカーと衝突した事故だ。ダンプカーは100mほど引きずられ、運転手は死亡した。電車のほうは死者は出なかったが、重軽傷者がたくさん出たようだ。
この事故で、列車の一両目が転落し、二両目が宙吊りになり、三両目が脱線、四両目は無傷だったという。いつごろだったか記憶にないので、検索してみた。すると、その事故は1961年(昭和36年)1月17日のものだと分った。私が14才のとき、中学二年生のときだ。
大きな事故だったので、現場近くまで見に行った。野次馬だ。現場を見て、恐ろしいことが起こったとショックだった。
今日は911だ。アメリカで同時多発テロが起き、貿易センタービルに旅客機が突っ込み、多くの死傷が出た悪夢のような日だ。
先日NHKの「あしたが変わるトリセツショー」という番組で「首」のことを取り上げていた。パソコンやスマホなどで、長時間、下を向いていることが多く、首のうしろの痛みや肩こりをうったえる人が多い。いわゆる猫背である。
頭は重い。頭の重さは体重の一割だから、5、6キロはある。それをまっすぐ支えているのならいいが、前傾して固定するとなると筋肉に大きな負担がかかる。首が前に落ちないように後ろから引っ張っている筋肉(浅層筋)がくたびれて固くなってしまう。首のうしろや背中、肩こりの原因になる。
半面、首の前側の奥にある筋肉(深層筋)は負担がかからないからサボってしまい、筋の持久力が弱くなる。
これを解消する方法が「チン・ノッド」という運動らしい。チンは「あご」、「ノッド」はうなずくこと。
つまり、姿勢を正し、後頭部をすこし持ち上げるようにしながら顎の先を手前に引くようにして小さく頷けばいい。
このとき、目線も少し下に向けるようにすると効果があがるという。
この姿勢を10秒ぐらい維持し、これを3回ぐらいくりかえす。いつでも気がついたときにやるといい。
後頚部や肩のストレッチなど浅層筋の体操もいいが、チン・ノッド体操だと、弱った深層筋の持久力を取り戻すことができるという。前後の筋肉のバランスがとれれば首や肩の凝りもらくになるという。
施設に
叔母を見舞う
人は老いる
どう老いるかが
ちがうだけだ
耳は遠いが
記憶はたしか
感謝を
忘れないのが
りっぱ
ここも
畑が
草ぼうぼう
いったい
何が?
自転車は
車道の左側を
走れという
ママチャリは
命がけだ
まるい球を
まるいバットで
ホームラン
大谷翔平の
技と力
カラスウリの花は
夜八時ごろ
レースをひろげる
妖しい匂いを
漂わせながら
いとこが横須賀の走水(はしりみず)港に行き、海でタチウオを釣ってきてみやげをくれた。暑い日なのによく行くよと思うが、釣が好きなのだ。しかも大量だったらしい。
釣果はタチウオ13尾。いちばん大きいのは110㎝で1.2キロ。こういう巨大なのをドラゴンと呼ぶそうだ。
タチウオは太刀魚と書いたり立魚と書いたりする。きれいな銀色に輝くから刀のように見える。それで太刀魚と書くのだと思っていたが、新江ノ島水族館に行ったとき、タチウオは餌をもとめて、立って泳ぐということを知った。それで立魚ともいう。ま、タチウオなら無難だ。
バター焼きにして食べたが、うまい。ただ小骨が多いのですこし食べにくい。歯の丈夫な人ならバリバリ食べてしまうかもしれない。
釣りは
魚とのかけひき
あたりの瞬間を
感じ取ったら
クセになる
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