花粉症
花粉症
年をとるにつれ
軽くなる
ありがたいが
ちょっと寂しい
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花粉症
年をとるにつれ
軽くなる
ありがたいが
ちょっと寂しい
今日は
庭の草むしり
葉は枯れても
根っこがあれば
また生える
植物は
枯れると
固くなる
二つの漢字に
古がはいる
柚子の
枯れ枝で
指を刺した
うづくのは
生きてるから
ラジオ深夜便の朝4時からの「こころの時代」を録音して聞いている。聞くのはたいがい夜で、布団のなかで聴いている。つまらないと途中で消したり、面白くてもすのまま寝てしまうことも少なくない。ま、寝物語のようなものだ。たまには最後まで聞くこともある。
先日「わたしじまいの極意」というテーマで、鈴木秀子先生が「老い」について話していた。先生は92歳で聖心女子大の修道院のシスターである。
私がむかし、ゲシュタルト療法というグループワークの通訳をしているころ、そこに参加しておられたので知っている。当時のことを思い出しながら話を聴いた。
鈴木秀子先生は長年大学で教えておられ、なんと170冊もの本を書いているという。これは驚異的な量だ。私も数冊は読んでいるが、どれも内容の濃い話であり、どこにそんなエネルギーがあるのか信じられない。
聞きのがし放送はあさってまでなので聴けなくなるが、同い年の評論家・樋口恵子さんとの共著があるらしい。放送の内容はこの本の内容とかなり重なるらしいので紹介しておく。
タイトルは『何があっても、まぁいいか』とある。その目次だけ読んでも内容が想像できる。
ママチャリで、京王よみうりランド駅の近くの妙覚寺まで行った。ひなびた寺というか、落ち着いた寺というか、かなり古い寺のようである。梅の名所を検索して見つけ、3年ぐらい前にも訪れたことがある。
妙覚寺と検索すると、京都のお寺がヒットする。日蓮宗とある。妙とつくと日蓮宗を連想してしまうが、こちら稲城の妙覚寺は、臨済宗建長寺派とある。うちの菩提寺の仲間だ。
妙覚寺の梅は、すこし地味だが味わいがある。紅白の梅をはじめ緑萼梅や咲き分ける梅もあった。濃い赤もある。本堂の西側の梅林もみごとである。
しばらく休んでいたかったが、道路や宅地造成などがすすみ、まわりの景色がいただけない。また山がなくなっていく。緑が少なくなっていく。
天皇誕生日。天気はいいが寒い。どこも混んでいそうなので、近場の深大寺に行った。京王稲田堤駅まで歩き、調布からバス。お寺にお参りしてから神代植物公園に行き、お目当ての梅園に向かった。午前中だったのでそれほど混んではいなかった。
このところ寒いので、梅の花はやっと五分咲きほどだった。寒い中、健気につぼみを開こうとしている梅は美しい。地面に這うようにしてうねる老木の臥龍梅には「がんばってるね」と声をかけた。ちょっと人が多いのでその写真はとれなかった。
地面に寝転んで下から梅の花を撮っている外国人がいたが、コートが泥だらけだった。それほど梅に魅せられたのだろう。梅の香はほんとに上品でいい。花も枝にぴったりついているので安定感がある。
蝋梅や椿、サンシュユも咲いている。足元には福寿草やタンポポも。お腹がすいてきたので植物園を出た。再入園ができる。午後1時ごろだったが、どこのお店も行列ができている。深大寺そばが名物なのだ。
すこし歩き回ったが、味を知っている「多聞」に決めた。40分ぐらい待って天ざるをいただく。
だいぶ歩いたので再入園はせず、水生植物園のほうに行った。こっちは野鳥観察をしていたころよく通ったところだ。メジロ、ジョウビタキ、シジュウカラ、エナガ、ムクドリ、コサギなどを見た。ここでは以前、キツツキのアオゲラを見たり、ウグイスの写真を撮ったりした。モズやアオジなどもよく観察できたのだが。
知人が金沢の兼六園に行き、そのときの写真を送ってくれた。木の枝に雪が積もると、その重みで枝が折れることがある。それを防ぐために縄を張って枝を吊っているのだが、その光景がなかなか風情がある。
雪国は雪かきや雪おろしなど、雪との戦いに苦労する。それをやらなければ生活に支障をきたす。テレビで大雪の映像を見ると、本当に大変だなと思う。道路はふさがれるし、事故も多い。
とくに高齢者が多いから社会問題でもある。雪国から関東に出てきた人の多くは「もう帰りたくない」なんて言うが、本音かもしれない。
さて、この知人だが、たまたま地元のラジオ局のインタビューを受けたという。いい思い出になったと喜んでいた。
雪吊りは
辞書をひくと
「ゆきづり」らしい
ゆきずりの恋なんかを
連想してしまうけれど
吸った息は
前方の気管へ
食べたものは
後方の食道へ
のどは交差点
食べ物が
通るたび
気管に蓋をする
一日
何千回も
自分が
意識して
やるのではない
誰かが
やってくれている
目も
耳も
心臓も
誰かが
働いてくれている
髭は毎日剃る
髪はときどき刈る
眉はなにもしない
当たり前だけど
不思議
毎回「しんゆり五行歌会」の歌をいくつか紹介してきたが、ホームページができたので、そちらへリンクを貼ることにする。
一席 えみ
心は
不思議な生き物
浮かれかれたり沈んだり
泣いたり笑ったり
晴れたり自由自在
この歌は、心は自由自在と歌っているが、心は変わりやすいということだろう。私は瞑想中の雑念を連想した。呼吸に意識を置こうとしても、次から次へと雑念が浮かんでくる。勝手気ままにあれこれ思う。心はコロコロ変わる。自由自在のようにみえるが、コントロールが難しいともいえる。
二席 良元
豪雪と戦う
ニュースを片目に
珈琲を飲む
気の毒にと言いながら
他人事と見てはいないか
豪雪の中で暮らす人の苦労を、他人事(ひとごと)と思っていないか、と自問している。私もそうだが、多くの人がそうだろう。申し訳ないと思うが仕方がない。行って助ける気力はない。ただ祈るのみ。重い歌だ。
三席 内藤
私を捨てた男が
しれっと戻ってきた
という曲を
てやんでぇ!」
の気持ちで歌う
よく歌う人は1人しかいないので、作者はばればれ。江戸弁が小気味よい。
京子
席をゆずられたら
感謝して座り
おかけになりますかと
席をゆずるのが
私流
好意はこころよく受ける。譲るときも相手にも事情があるかもしれないから。
リプル
最近は
いきなり
「お疲れさまです」と来る
私はまだ
「もしもし」派
受話器を取るととしたかったがスマホの人が多いからね。時代の変化かサラリーマンの人に多い。やがて「もしもし」は死語になるのだろうか。最近はメールでも冒頭に「お疲れさまです」と来ることがある。
厳寒のトイレの歌もホスピスの歌もインパクトがつよかった。
『ゴエンカ氏のビパッサナー瞑想入門』の解説をしているが、今日はその最後。例によって、プロ読書家のしもんさんのYoutubeをのせて置く。かなり難しい本だが、耳から何回も聞くというのもいい。何度も聞いていると、やがて身に着くということもあるだろう。訳者である私でさえ、この本から学ぶことが多い。
自分の呼吸を観察し続けていると集中力が強まる。その集中力を使ってからだの感覚を観察する。すると、個体のからだが微粒子の流れのようなものだと分る瞬間が来る。すぐには来ないかもしれないが、根気よく続けていると、心が落ち着き、生きるのが楽になるに違いない。
瞑想は座禅と同じで、ある意味で修行である。できれば瞑想センターに行き、10間コースに参加するといい。ただ座って自分を観察すること、それを続けていくこと。それは自体は単純なことだが、長く続けることは難しい。自分の意志だけではなかなか続かないから、瞑想コースに参加して、指導を受けるのが早道である。
この本はもうすぐ20刷が出る予定だという。春秋社の静かなベストセラーである。
先日『ゴエンカ氏のビパッサナー瞑想入門』について触れた。プロ読書家のしもんさんがとてもうまくまとめられていたので、翻訳した私もあらためてその内容を確認した。すごい人がいるものだ。
今回はビパッサナー瞑想の入口となる、精神集中をはぐくむ瞑想にふれる。それは自分の自然な呼吸をただ観察する瞑想法である。背すじを伸ばして座り、目をつぶり、自分の呼吸を見つめるのだ。アーナーパーナーという瞑想ほうである。
これは鼻の下の皮膚に当たる自分の息を観察するだけの瞑想法である。出ていく息、入ってくる息をひたすら観察し続ける。これを続けていると心が落ち着いてくる。最初はいろんな雑念がわいてくるが、だんだん気持ちが落ち着いてくる。短い時間でもやってみる価値はある。問題は、やるかやらないかだけである。
きのう「Nifty新しいボイスメール」なるメールが入った。発信者が音声を残します、なんて書いてある。その太字の部分をクリックしたら、ポップアップの枠が出て、IDとパスワードを入れてくださいという。私はスマホの入力が苦手で音声入力を使っている。それでつい興味を持ってしまったのが運のつき。
そこをクリックして@niftyのIDとパスワードを入れた。きのうはそのまま帰ったが、けさメールを開けようとすると、メール画面は出るが「送受信エラー」と出て、新着メールが表示されない。また例のポップアップがでた。
Webページからメールを見ようとしたが、こんどはこちらでも「ログインしてください」と来た。以前はそのまま入れたのに。@niftyのIDとパスワードをいれると、正しいIDとPW(パスワード)を入れてくださいという。もう20年間も使っているものなのにおかしい。急ぎのメールもあるかもしれないので困った。
そこで@niftyの会員サポートに行き、有人のチャットで相談ができることを知った。そこで状況を話すと「それはフィッシングメールです」という。「PWが変えられてしまったのでしょう。本人確認ができるサイトがありますので、そちらからPWを変更してください」という。
でも、承認のメールが届かないのでは? するとハガキで変更する方法もあります、だって。それからプロバイダの料金を払っているクレジット会社に連絡して対処する方法を相談してください、と来た。
こんどはカード会社に電話して、いろいろ方法を聞いた。カードを作り替えることもできるが、一時停止することもできるという。そこでカード会社のサイトに行って、ログインし、一時停止をした。
それから、もう一度PWの変更を試みた。本人確認ができるように、住所・生年月日などを入れ、自動電話で暗証番号を聞き、それを入力した。それでログインができたので、あらためてPWの変更をした。メールでなくWeb上だったので助かった。メールは機能しない。Web上でメールを見て、必要な人には返信を送った。
ところがOutlookメールのほうは相変わらず送受信エラーがでる。チャットで聞くと、こんどはメールのPWも変更しなければならないとのこと。なんだかんだやって、やっとメールが見られるようになった。
ぜんぶ直ったので、こんどはカード会社の一時停止を解除しなければならない。それもぜんぶ自分でやるのだ。記憶の新しいうちにやっておかなければならない。
新しいPWをきちんとメモして、終了。4時間以上かかった。
けさ妻からチョコをもらった。さいわい他にくれる人はいない。もらうとホワイトデーとかで面倒だ。チョコレートメーカーはこの時期で一年の半分くらい稼ぐのではないだろうか。こんなことやるのは日本だけだと聞いたことがある。むかし、こんな五行歌をつくった。
この頃は
妻からだけになった
チョコ
それもまもなく
妻のもの
毎日
カカオ88なる
チョコを
食べている
ポリフェノール?
バレンタイン
確定申告と
重なり
ひときわ
苦いチョコ
どこかに梅の花を見に行こうと思った。しかし、まだハシリだからもう少ししてからにすることにした。
きょうは庭仕事をした。腰の手術をしたり、コロナになったりしたので庭は放りっぱなしだった。酔芙蓉が枯れて葉っぱが落ちている。その葉を拾い集めたり、茎を伐ったりした。テコの原理をつかった刈り込み鋏があるので、それを使うと直径4,5センチのものも伐れる。
酔芙蓉は木というよりも草に近いからどんどん伐れる。しかし茎からは小枝がたくさん出ているので、それも始末しなければならない。太い茎や枝は50cmほどの長さにそろえ、紐でしばる。葉っぱや短く切った枝は70ミリリットルのゴミ袋に入れる。大きな袋ならビニールでも少し丈夫にできれいるので、枝が突き刺さることはない。きつく詰めなければ、なかに遊びができるから破れないのだ。
小枝をたくさん切っているうちに右手が疲れてきた。このままだと治療に差し支えが出そうなので休憩。針を打つ手が震えてしまうことがあるのだ。
ジョウビタキのメスが遊びに来た。かわいい鳥だ。お気に入りの鳥である。近くの金柑の木には実がいっぱい生り、メジロが2羽来て実をついばんでいる。
4時すぎに床屋さんに行った。そのマスターは赤ちゃんのときから知っているので、昔ばなしをして笑った。床屋さんもパーマ屋さんに押されて大変そうだ。
きょうは建国記念の日。8年ぐらい前までは、毎年この日に家で第六天神の感謝祭を行っていた。むかしは30人以上の客を迎えて、神社の前で祝詞をあげ、そのあと直会(なおらい)をしてみんなと歓談した。妻はお供えものを準備したり、ご馳走を用意したりして大変だった。感謝している。
その後、この神様を手厚くねぎらい、取り払うことにした。お世話になっていた神主さんに聞くと、第六天神の神様もそれをお喜びになったという。役目が終わったということらしい。
こころの時代、短歌、俳句など、日曜日に録画した番組をいろいろ見た。宮沢賢治の話などなかなかよかった。
午後4時すぎ、生田浄水場の階段を登り、東京方面を展望した。冬は空気が澄んでいて景色がきれいだ。スカイツリーも東京タワーも見える。
200段あまりの階段を何度も上り下りする人がいる。なかに走って上り下りする人もいる。私はやっと上るだけだが。
大宰府天満宮から種が飛んできてここに着き、花を咲かせたという飛梅。文字通りトビウメと呼んでいる。へえ~と思って見ればいいのだろう。日本全国に弘法大師の足跡があるのと同じだ。
羽根木公園の梅にはメジロがとまり、花にくちばしを突っ込んで蜜を吸っていた。そのときのメジロの首の柔らかいことといったらない。まるでゴムのように伸び縮みし、左右に回る。嬉しくてしかたがない感じだ。
ジョウビタキのメスも見つけた。けっこう人に慣れているようだ。天とのお店で買った梅大福がおいしかった。無料の熱いお茶のサービスもあった。いくつかの商店街が協力して梅まつりを支えているのだ。
下の茶室では、俳句講座が開かれていた。日曜なので人が多い。帰りには完売の店もあった。
風は
まっすぐに
吹き
もどることが
ない
リプル
月刊誌「五行歌」2月号の主宰の日誌に、この歌がお気に入りだと書いてあった。その理由に「この短さと当然さ。かんたんに宇宙を書いたような歌」とある。
去年の4月号に掲載された私の歌だが、本当に短い歌で、内容も当然なことだ。でも真理ではある。たまに、こういうさっぱりした潔い歌ができる。
だからどうなんだと言われても困るが、歌とはそういうものなのだ。そうとしか言いようがない。
あと五分
もう五分
布団のぬくもりに
羽交い絞めされる
冬の朝
若い柊は(ひいらぎ)
棘が鋭い
私も
いろんな人を
刺してきた
未婚の男女が
ふえている
あの
おせっかいおばさんは
どこへ
むかしの五行歌に
目を通し
変わった自分や
変わらない自分と
再会する
戦争中
農家へ嫁いだ
神田の娘
がんばったね
母さん
言葉はデジタル
アナログの心を
どう変換するか
そこが
おもしろい
確定申告は青色申告会のブルーリターンというソフトを使っている。しかし帳簿はきちんとつけなければならない。帳簿さえきちんとつけていれば計算は自動的にやってくれるし、仕分けもしてくれる。
きょうは医療費をまとめた。去年はけっこういろんな病院に行った。年をとるということは、からだが壊れていくということだ。目も耳も記憶力も弱ってきた。男は前立腺肥大なんてのがあって、夜トイレに起きる回数がふえた。
ま、日本の健康保険制度はありがたい。おかげで比較的安く医療を受けられる。ま、くすり漬けにはならないようにしたい。
Youtubeを見ていたら『ゴエンカ氏のビパッサナー瞑想入門』の解説というサイトがあったので行ってみた。プロ読書家のしもんという人が内容をまとめ、解説している。それが実にうまくまとまっていて、よくここまで読み込んだなあと感心した。
この本は、約25年前に私が日本ビパッサナー協会に頼まれて翻訳したものだ。印税も協会に寄付している。
この本は春秋社でも静かなベストセラーらしく、もう17刷まで出ている。この本を読んでビパッサナー瞑想の瞑想コースに参加した人も少なくない。そんな人たちからメールが来たり、電話が来たりすることがある。
うちの治療院の患者さんも、10人以上はコースに参加しており、みんないい体験ができたと喜んでいる。最初は10日間コースで、10日間連続して休みをとるのは大変だから、一回かぎりの人もいるが、なんども参加し、奉仕をしている方もいる。
さて、しもんさんのサイトはこちら。
3つに分かれており、全体的な紹介と、呼吸の瞑想、感覚の瞑想となっている。読むのでなく音声で聴けるからありがたい。
地元の神社ではあちこちで豆まきをやっていたようだ。パイプの足場のようなものを組んで、そこに年男年女や議員さんたちが乗って、豆を撒く。前はいろんなところに行ったが、きょうは小雨が降っていたし寒かったので、どこへも行かなかった。
午後、フロンタウンのジョギングコースを歩いた。2周廻って4000歩ぐらい。サッカーの試合やラクロスの練習をしていた。
ラクロスというのはアイスホッケーのような小さなゴールに、テニスボールとゴルフボールのあいだぐらいの球を打ち込むゲームだ。手にはスティックを持ち、その先にネットがついており、それで球を投げたり受けたりする。球は鉄にゴムを巻いたもので硬い。だからみんなヘルメットをかぶり、キーパーはプロテクターをつけている。10人対10人だったと思う。
夕方、玄関の扉だけ開けて豆まきをした。最近は「福は内」を3回となえるところが多いようだが、私は「鬼は外・鬼は外・福は内」とやった。
夕食は西南西を向いて恵方巻を食べた。恵方巻を食べたのは二度目かな。
恵方巻は関西の方からきた習慣で、海苔問屋さんがひろめたらしい。
成田山新勝寺では
福は内を三回唱える
不動明王が
鬼を改心させたから
鬼はいないとか
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