フォト
無料ブログはココログ

« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »

2024年12月

2024.12.30

冬休みです

12月30日から1月4日までお正月休みをいたします。

ことし一年、ご訪問くださった方、コメントをくれた方、
ありがとうございました。

令和7年がよい年になりますよう祈っております。

2024.12.29

瞑想のヒント

しばらく瞑想をしていなかったが、夕べ1時間ほど瞑想した。それが思いの外スムーズにいったので驚いた。むかし書いた「ビパッサナー瞑想体験記」を読みなおしたら、いいヒントが見つかり、その通りにやったらうまくいったのだ。

アナパナという呼吸を観察する瞑想も、ビパッサナーという感覚を観察する瞑想も、同じようなことが当てはまる。これはビパッサナー瞑想の指導者のゴエンカ氏の言葉でなく、京都で毎日瞑想をしている古い生徒さんから聞いたことだ。


いちばん大切なことは力を抜くこと、力はゼロでいい。

また自分で意識をめぐらせようとしてはダメ。自分の我が入るから。

ただエネルギーの流れを感じ、観察すればいい

自分を無にすると、エネルギーはスーッと流れる。自分があると流れない。

からだのコリや肩いところもうまく流れる。イメージをしてはダメ。

まあ、頭はあんまり使わんほうがいい。ただ感じるだけ。

心を無にすれば内臓なんかもよく感じとれる。

私は年寄りだけど死ぬのはこわくない。ただ惨めな死に方をしたくない。
しかし、ある時、それも自分のこだわりだと気がついた。自然のままでいい。

基本的に、瞑想はなにか特別なことを体験するわけではない。呼吸やからだの感覚をあるがままを受け入れ、それに反応せずにやり過ごし、集中力と心の平静さを強める行なのだ。

2024.12.28

煙草の吸殻

仕事場のビルの入口に落ち葉がたまっていることが多い。近所の蔦の葉が落ちて吹き寄せるのだ。階段が煙突のようになって、落ち葉を吸い込むらしい。毎日のようにこれを掃除している。風の強い日の翌日はけっこうたまる。

それと道路に落ちているタバコの吸殻、マスク、ゴミなどを拾う。ちょうど登戸駅から5分ぐらいだから、この辺でタバコを吸い終わるのだろう。2、3本は必ず落ちている。川崎市のポイ捨て条例があるから、見つかれば罰金だ。だけど見つからなければいいということか。

タバコや酒はからだによくないというのは常識だ。どこもかしこも禁煙だから、喫煙者は肩身のせまい思いをしているだろう。でも慣れてしまった人にはおいしい、やめられない。

東大の元解剖学教授でゾウムシの収集家として知られる養老孟先生も、じつにうまそうにタバコをふかしている。タバコはほどほどにすれば害は少ないという説もあるようだ。

ただタバコの吸殻を拾ってゴミ箱に捨てるとき、その臭いには閉口する。なんとも言えない嫌な臭いだ。酒もおしっこになって出ると臭い。だいたい排せつ物はくさい。臭いものにはフタだ。


むかしは
一服どうぞと
客に煙草をすすめた
なんとなく
間がもつようだ

2024.12.27

食が心配

日本の農業は、あと10年か20年もすれば無くなってしまう。就農の平均年齢が70歳で、後継者がいないから、あと10年、20年したら農業をやる人がいなくなるというのだ。

うちのまわりの農家もどんどん減っていく。農業では喰っていけないし、親が死ねば莫大な相続税がかかるから、農地を手放さざるをえなくなる。それで少子化かなのにビルばっかり建つ。

フランスはまだ農業国だが、農民はほとんど公務員といっていい。国が農民にお金を払って、農業をやってもらっているという。そのぐらいしなけりゃ国が滅ぶとみているのだ。

食はいのち、戦争でも起きたら物流が止まる。そうしたら日本はたちまち飢える。日本が直接戦争をしなくたって、中東や南太平洋で争いや天災があれば、石油が入って来ない。ロシアから来ていた天然ガスも、ウクライナ戦争でロシアを敵にまわしたので、入って来ない。

食糧自給率は事実上は一割ほどだ。お金があっても食糧が買えなければアウト。

2024.12.26

静かなクリスマス

むかしアメリカに留学していたとき、クリスマス休みに東海岸からカナダを回る旅をしたことがある。インディアナ州からマサチューセッツ州までは友人の車に乗せてもらう。ガソリン代をシェアするだけでいい。ペンシルバニアを通ってボストンまでの長旅だ。

ボストンではその友人の弟がハーバードにいたので、ハーバードの学生寮に泊めさせてもらった。翌日はからは一人旅。MIT(マサチューセッツ工科大学)を見学中、そこで偶然知り合いになった中国人の部屋に泊めてもらう。

それからボストンの友人の家を訪ねた。ちょうどクリスマスイブの日だった。日本人は魚が好きだろうと、彼の母親がタラのフライをごちそうしてくれた。弟が3人いてにぎやかだった。

夜遅くなってから、彼の家族とみんなで教会のミサに行った。ひざまずいたからカトリックだったのだろう。神父さんの説教を聞いて、お祈りをする。おごそかなものだ。外はしんしんと雪が積もっていく。

翌日、クリスマスツリーの下に並べたプレゼントを開けて、子供たちが大喜び。いいムードだ。日本だとにぎやかな宴会になるところだが、概して静かなクリスマスだった。キリスト教的なムードがいっぱいだった。

2024.12.25

行列の先は

パチンコ屋さんでした。10時半が開店だったみたいで、ぱっと見50人はいたと思う。老若男女が大勢パチンコ屋さんに並んでいる光景は圧巻という異様でもある。開店のときはチューリップがひらいており、すぐジャラジャラ玉がでる。

しかし、これは私の経験で、はるか昔のこと。今はどんな器械で遊ぶのかは知らない。40年ぐらいパチンコ屋さんに入ったことはない。まだ電動の打ちだし器が出始めたころだと思う。

パチンコも競馬や競輪と同じで、一種のバクチだから病みつきになる人がいる。多額の借金をしたり、倒産や家庭の崩壊にいたることもある。一度でもいい思いをしてしまうと抜け出せなくなる。こわい世界だ。

聞いた話だと、一日に数百万から一千万ぐらいは売り上げるらしい。そのかわり、器械を常に新しくしなければならないから出費も半端でない。


競輪競馬に
パチンコ麻雀
馬で金儲けした奴ないよ
わかっちゃいるけど
やめられない

            植木等さんの歌

2024.12.24

指先がしびれる

農家の人が治療に来ている。梨屋さんだ。日の暮れが短くなったせいか、仕事中なんども梨の枝に頭をぶつけ、痛くてしゃがみこんでしまうことがあるという。そういうことが重なって首がおかしくなり、寝ていると朝方に両手の指先がしびれるという。一種のムチウチのような状態になっているのだろう。

調べてみると首の後ろから肩、背中にかけてカチカチに硬くなっている。これをほぐせばらくになるに違いない。そう思って硬いところに針をし、運動法をつかってほぐす。

それから、仰向けになってばんざいの姿勢をとってもらう。腕の下にまくらを置いて支え、しばらく休んでもらう。そうすると、丸くなった背中が伸びるし、肩が腕の重みから解放される。5分ほどして腕をゆっくり戻す。もう一度ばんざいをしてもらうと、腕がかなり後ろにいく。背中が伸びたのだ。同時に、閉じていた肩が開いてきた。

今日は二度目だが、前回の治療の後しびれが少し楽になったという。検査してみると、首の後ろから背中にかけてかなりやわらかくなってきた。首の動きもいい。今回は鎖骨の下の肩よりに針をさし、低周波をかけた。すると力こぶから前腕にかけてよく動く。左右5分ずつかけて終了。

力仕事が多いので筋力がある。こういう人は治りが早いと思う。



梨の木に
頭ぶつけて
イテーなあ!
それが重なり
指先ジンジン

2024.12.23

登戸ゴールデン街

Dsc_0027

先日、「じゅん散歩」という番組で紹介された建物だ。この間はホンダの中古車が置いてあったが、今回はダイハツ・ミゼットだ。こちらの方がだんぜん古く味がある。

子どものころ、八百屋さんや酒屋さんがミゼットをで配達していたのを懐かしく思い出す。たばこ屋さんも「三丁目の夕日」に出てくるような感じでいい。とにかく昭和のにおいがプンプンだ。

たしか、おとといの土曜日の午後、チンドン屋さんの音が聞こえた。たぶんゴールデン街の宣伝をやっていたのだと思う。このビルは細くのっぽで梯子のようなデザインだ。はしご酒を模したという噂もある。各階に店舗がひとつずつあり、気に入った店で一杯やってくださいというわけだ。


戦争があり
貧困があった
オリンピックがあり
東京タワーときた
昭和は遠くなりました

2024.12.22

ほぼ五行歌

NHK短歌は、第4週が枡野浩一さんが担当している。今期はあいさつ言葉をとりあげていた。「ありがとう」「どういたしまして」「いただきます」「ごちそうさま」といった言葉で、とうぜん口語になる。今回は「おつかれさま」「ごくろうさま」だ。

会話を短歌にしたようなもので、五七五七七の定形は保っているが五行歌に近い。その何首かを紹介しよう。作者の名前はNHK短歌のホームページにあるので省略させてもらう。

 

ときどきの 
おつかれさまは 
控えめに
あなたを好きと 
言っているつもり



テレビでしか 
見たことのない 
人だけど
居なくなったら 
悲しいものだ 



がんばった 
がんばったけれど 
ダメだった
ダメだったけれど 
何とかなった       



駆け足で 
来た宅配の 
若者は
シャツが背中に 
はりついている

2024.12.21

ゆず湯

あさ新聞をとりいったとき、空をみると下弦の月がてっぺんに残っていた。

今日は冬至なので、朝はカボチャの煮たのを食べ、夜はゆず湯に入った。ただ、うちのは花柚子であまり香りがなかった。夏の猛暑で実の付きも悪かった。今年はなり年ではなかったようだ。それでも、からだはよく温まった。

 

女は感情的
男は理性的
決めつけてはいけないが
そういう傾向は
あるかもしれない

 

テレビドラマを
見て
一分で泣ける妻
さすが俳優さん
と感心する私

2024.12.20

ルリマツリ

Dsc_0063
瑠璃茉莉 (プランバーゴ)


ルリカズラと覚えていたが、ルリマツリという名前の花だった。これは夏から秋まで長く咲くが、ここの花は冬になってもまだ咲いている。さすがに寒さにやられて弱ってきたが、しぶとい花である。通勤路にあるので毎日見ている。Plumbagoと書くらしいが、plumbは鉛で、鉛中毒の治療に使われたらしい。

五行歌会の会場前の近くにもあり、それは白花で鮮やかで印象的だった。最初はその白花を見て、グーグルレンズで名前を知ったのだが、蔓になっているのでルリマツリがルリカズラに入れ替わってしまったらしい。

はじめて見たときは白花だったので瑠璃マツリとは変だなと思ったが、やがてあちこちに瑠璃色の花を見かけるようになった。暑い夏から秋、そして冬へと、長く咲いているので感心する。どんなふうにして気温の変化に対応しているのだろう。


植物はすべて
自律神経のようなもの
養分を吸い
光合成をし
生きつづける

2024.12.19

しんゆり五行歌会

                    リプル(一席)
あと五分
もう五分
布団のぬくもりに
羽交い絞めされる
冬の朝

 

                    のぶ(二席)
ともかくも
介護を受けずに
生きなければと
朝餉の納豆
くるくる混ぜる

 

                    静御飯(二席)
青空に
両手を広げ
深呼吸
したつもりが
吸い込まれていってる!

 

                    内藤(三席)
ボジョレー・ヌーボー解禁
大騒ぎの日本人
分かってないね
ワインも女性も
熟成した方がうまいのだよ

 

                    京子
防災無線から
多摩区でイノシシ目撃
と聞こえる

ええ!
うちの近くで

 

                    えみ
あの頃は
お正月が
待ち遠しかった
年老いた今は
あっという間にやって来る

 

                    良元
筆名だけしか
知らない人の五行歌が
私の中で息をして
高みの目標に
昇華されていく

 

                    佳子
山茶花の咲いた道を   
歩いていると
思い出す
「焚き火」という
童謡を

 

                    沢田
新百合からあざみ野まで
秋晴れバスの旅は
長ーく続く下り坂
光り輝く銀杏並木
命の洗濯 ワーオ

 

                    ひゅー
軽いものへ
軽いものへ
マフラーからスカーフ
手提げバッグからリュックへ
身も心も軽くしよう

2024.12.18

十月桜

Dsc_0026
十月桜 (冬桜とも呼ばれるがちょっと花が違うらしい)

今日は最近では一番寒かったのではないだろうか。寿福寺に行った。父の祥月命日は明日だが、仕事が休みなので一日早くお墓参りをしてきた。参道にはうっすらと霜が降りている。

イチョウやケヤキの落ち葉が多い。山茶花の花がきれいだ。お寺のお線香売り場にあったライターが点かない。たまたま自分のを持っていたので間に合った。乾燥しているので火の付きはいい。ちょっと火事が心配だなと思った。

農業支援センターの坂道で冬桜を見つけた。十月桜というのだろうか、満開である。青空をバックにいい写真が撮れた。天高くとは秋の季語だが、今日は本当に天が高く見えた。

午後からは、しんゆり五行歌会だ。

2024.12.17

山茶花いっぱい

Dsc_0025-1
サザンカ  ツバキ科

いまを盛りに咲いているのがサザンカ。赤やピンクが多いけれど白もいい。ほのかに香る。

だいぶ前になるが、京都で国際鍼灸学会が開かれたとき、京都の詩仙堂に行って見た山茶花が忘れられない。庭のほぼ中央に5mほどの山茶花の木があった。白い山茶花がはらはらと散っているところで、その光景があまりにも美しいのでしばらく見とれてしまった。

山茶花と書くようにこれはお茶の仲間だ。昔の農家はお茶の木を垣根代わりに植えていた。昔はほとんど自給自足で、自家用のお茶を作るためだ。お茶の花もツバキに似てきれいだ。

じゅん散歩@登戸

テレビ東京の「じゅん散歩」を録画して見ている。きのうは向ケ丘遊園駅のまわりが紹介された。

今日は登戸駅を中心に歩くと予告されていた。さて、どこが紹介されるのやら。放映は午前10時から。

じゅん散歩

2024.12.16

登戸駅前

Dsc_0070
登戸駅  中央に、小田急線とJR南武線をつなぐデッキが見える


これが登戸駅前の現況。この空き地に34階のタワマンができる予定。ワンルームマンションが450戸、駐輪場だけで900台ぶんとか。ひとつの街ができあがる感じだ。

小田急は新宿方面が複々線になっているし、ほとんどが10両編成だ。しかし南武線は6両編成しかないから混みあうのは必死。ホームドアが出来たが、そのぶんホームは狭い。在宅ワークとかオフピーク料金とかがあるけれど、一体どうなることやら。

少子化が
目にみえているのに
タワマンラッシュ
将来の姿が
目にみえない

2024.12.15

今日は満月

Dsc_0025

この写真はきのうの午後4時すぎに撮ったもので、ほぼ満月に近い。左上がわずかに欠けている。

そして今日が満月。満月は旧暦の15日だが、今日は太陽暦でも12月15日で、同じく十五夜だ。旧暦の15日と新暦の15日が重なるのは珍しいのではないだろうか。

完全に満月になるのは月齢15.0というわけだが、その瞬間の満月が夜空に見られることは少ない。夜中の12時に日にちが変わるから、満月が14日の終わりごろ、つまり15日になったばかりのときになる場合もあれば、16日の始めごろに、つまり15日の終わりごろになる場合もある。

まあ気象台ではないのだから、旧暦の14、15、16日あたりに満月が見られると思っていればいい。お月様がまん丸に見えたら満月なのだ。

 

閏月(うるうづき)

今年は閏年で、2月が29日まであった。地球の公転周期が365日と約6時間なので、4年に1回、1日ふやして調整している。

閏月とは、旧暦(太陰太陽暦)で12か月のほかに付け加えられる月、または同じ月をもう一度繰り返すことを指す。

月の満ち欠けの周期で暦をつくり、12か月で1年とすると、季節の巡りの1太陽年(365.2422日)より11日余り短くなる。すると季節と日付の食違いが起こるので、それを修正するために閏月を設ける。閏月が入る年は1年が13か月になり、平均すると19年に7回(2年か3年に1回ぐらい)ぐらいの割合で入る。

閏月の月名は、その前月の月名の前に「閏」を置く。たとえば「四月」の次に挿入される閏月は「閏四月」と呼ぶ。閏月の日数は29日か30日で一定ではない。一年のどこに閏月を入れるかは24節気に基づいて決められていたらしい。

2024.12.14

斑入り石蕗

Dsc_0065
ツワブキ 斑入りの葉

北風に
ゆれる
つわぶき
どこ吹く


今日は
討ち入りの日
赤穂では
浪士は義士と
呼ぶのです

2024.12.13

葉牡丹

Dsc_0047

生田緑地の入口に植えられているハボタン。キャベツそっくりなので花キャベツという別名もある。今はキャベツが異常に高いので、これがキャベツの代わりにならないかと思う。このままほっておくと、真ん中から茎を長くのばし、花が咲く。

2024.12.12

ひなびた駅

Dsc_0054

上川霊園から五日市線の武蔵増戸(ますこ)まで送迎バスが出ているというので、帰りはルートを変えてみた。ちょうどそのバスが出るところだったので跳び乗った。駅までは6分とあったが、ほんとに近かった。拝島駅行きは1時間に2本しかなく、15分ほど待った。

武蔵増戸の駅はひなびた田舎の駅で、駅員の姿はない。五日市線は単線で、各駅で上下線がすれ違うようになっている。なんか時間がゆっくり流れていくようでいい。

電車の乗り降りもドアの横のボタンを押すようになっている。地元の人がボタンを押したあと、続いて乗った。知らないと乗り遅れそうだ。

拝島から青梅線に乗り換えて立川へ。こちらもドアのボタンを使う。横田基地が近いのでアメリカ人らしき人も乗る。クリスマスツリーなどをぶらさげていた。

立川のルミネで食事をし、南武線で中野島へ。私は散髪をしてから帰宅した。だいぶ冷えてきた。マフラーがありがたい。

 

八王子のバスは
後ろでタッチして乗り
前でタッチして降りる
川崎とは逆
距離を感じる

 

五日市線も青梅線も
客が自分で
ボタンを押して
ドアの開閉をする
知らないとやばい

2024.12.11

上川霊園へ

Dsc_0049

今日は母の祥月命日なので上川霊園へ墓参に行った。電車で京王八王子まで行き、そこから西東京バスで霊園まで40分あまり。工事渋滞にぶつかり、いつもより時間がかかった。上川霊園も西東京バスの経営である。

バスにのるたびに畑が少なくなっていくのに気づく。昔は白菜や山東菜、大根畑などが広がっていたのに。

上川霊園には30年以上通っており、当初は空き墓地がたくさんあったが、いまではほとんど埋まっている。昔は水曜日が定休だったが、今は定休日なし。休憩所で花も買えるし、お墓参りの道具も借りられる。建物も増え、法事をする場所も3つある。坂が多いので巡回バスのサービスもある。

朝は寒かったが、陽が出ているので、到着したころは暖かくなっていた。掃除をして花を供え、お祈りする。キリスト教の共同墓地だが、あちらに行ってしまえば宗教の違いはない。千の風になっていることだろう。

ここは周囲を山に囲まれているのがいい。山は地味だが、それがいい。あきるの市に入るらしい。


戦争中
農家へ嫁いだ
神田の娘
驚くことばかり
だったろうに

2024.12.10

枡形山展望台

Dsc_0035
展望台、エレベーターあり。一階は能舞台にもなる。


展望台からは
新宿やスカイツリー
横浜や富士山
奥多摩など
四方が見渡せる


ここは
桜の名所
道も五本あって
季節ごとに
心ときめく

2024.12.09

枡形山

Dsc_0046

昼休みに枡形山(ますがたやま)に登ってきた。落ち葉を踏みしめてゆっくり登ると、左側に日本民家園が見下ろせる。そのあたりの紅葉が見事だった。思わず立ち止まって写真を撮る。

十分あまり歩くと頂上の広場に出る。人影はまばらで、展望台に上ってみた。雲一つない青空と言いたいところだが、丹沢のほうだけ低く雲が横たわっている。ほとんど霞に近いが富士山は見えなかった。けさのテレビでは真っ白な富士山が写っていたのに。

民家園通りの街路樹は桂の木、その葉もほとんど落ちている。手に取って鼻を近づけるとほのかに焼き菓子の匂いがする。


桂の葉は
ハートの形
やっぱり
匂いは
あま~い

2024.12.08

真珠湾攻撃

切羽詰まったとはいえ、アメリカ合衆国などというとんでもない大国に戦争をしかけるなんて正気の沙汰とは思えない。その先どうなるのかを考えたら、どんな愚行かわかるだろうに。一握りの人たちが戦争を決定してしまったのだ。

いつも思う。多くの人の命を失って敗戦。敗戦記念日とは言えないから終戦記念日。8月15日のほうを12月8日より大きく取り扱う。おかしいだろう。そもそも戦争を始めなければ終戦も何もないのだから。


学生時代、英語部に入っていたので何度かアメリカ人の団体旅行のガイドをしたことがある。だいたい東京と京都を案内する。それにオプションで日光や鎌倉・箱根をつける。けっして上手とは言えなかったが、われながら一生懸命やったものだ。

ある団体のガイドをしたとき、旅行者の一人と話をした。戦争のことが話題になり、その人が真珠湾生存者会(Pearlharbor Survivers' Union)のメンバーだと言った。私は絶句した。ことばを失うということを初めて体験した。


今また世界はきな臭い方向に動いている。それぞれの国はそれぞれの国益を優先して動くだろう。そこへ来て、気候変動で天災もふえている。資源や食糧の奪い合いが始まっている。物流が絶たれたら、日本はアウトだ。なんとかうまく生き延びてほしいと願う。


フィリピンから
生還した叔父に
人を殺したことがある?
と訊いた
返事は無言だった

2024.12.07

稲刈りの後

P1110908
稲刈りのあとはヒコバエで緑色に


稲を刈ったところから新しい芽がでて、田んぼは緑色になる。温暖化のせいか、このヒコバエの伸びが早く、30㎝以上になっている。ここにトラクターをかけて耕している田もあるが、ここはそのまんま。野鳥が来て種などをついばんでいる。

このヒコバエのことを穭(ひつじ)と呼ぶことがあるようだ。俳句の季語にもなっている。このことについては以前このブログでも触れた。その記事のリンクを貼っておく。


ひつじ


ひつじ(2)

 

稲を
刈ったあとの
田んぼは緑
ヒコバエ
がんばる

2024.12.06

詩のボクシング

20年以上も前になるが、NHKで「詩のボクシング」という番組を放映していたことがある。赤コーナーと青コーナーにわかれて、二人が順番に詩を朗読し、勝ち抜き戦をやるのだ。即興の詩をつくるときもあった。

高校生が競うときもあれば社会人のときもある。ことばの力、とくに声に出すことばの力を感じることができて面白かった。

YouTubeでその動画を見つけた。なかでも、先日亡くなられた谷川俊太郎とねじめ正一の戦いは面白かった。黙読したものより朗読したほうが詩がいきいきと立ち上ることが分かる。目で読むのと、耳で聴くのとは大違いなのだ。

朗読は、声の質、スピード、大小などが混ざり、読む人の人格までが表れる感じがする。


詩のボクシング1~7

3から聴いても面白い。「ねじめのけじめ」がいい。
とくに7の即興詩が最高。

 

五行歌は
歌というぐらいだから
声に出して読む
あるいは歌ったら
いいのかもしれない

2024.12.05

おせっかいおばさん

未婚の人が
ふえている
あの
おせっかいおばさんは
どこへ


中国も少子化
一人っ子政策から
三人っ子政策へ?
そんなこと
言ったってねえ

2024.12.04

イルカショー

Iruka
@新江ノ島水族館


イルカの
ハイジャンプ
きりもみジャンプ
背泳ぎ
思わず オ~オ!


イルカの
カモメ鳴き
腹ばい
拍手
かっわいい


イルカを
仕込むヒトの
努力を思う

職人だな

2024.12.03

さざんか

Sazanka_20241205095901
山茶花


さざんか
さざんか
咲いた道
焚火はできない
あたれない



愛しても 愛しても
ああ 他人(ひと)の妻
赤く咲いても冬の花
咲いてさびしい 
さざんかの宿


演歌はほとんど不倫の歌。
ハッピーじゃ歌にならない。
そういえばみんな五七調。

2024.12.02

谷川俊太郎の詩

先日92歳で亡くなられた谷川俊太郎さんの動画をいろいろ見た。ご自分で朗読をされているのが多く、りっぱだなと思った。だいたい現代詩は難解で、独りよがりなものが多いと思っている。ところが谷川さんの詩はおそろしく分かりやすい。それでいて深い意味があったりするから油断できない。とにかく、やさしい言葉をつかって書いているし、音楽のようにリズミカルだ。全部ひらがな表記の詩も少なくない。

 

「自己紹介」 谷川俊太郎

私は背の低い禿頭の老人です
もう半世紀以上のあいだ
名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など
言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから
どちらかと言うと無言を好みます

私は工具類が嫌いではありません
また樹木が灌木も含めて大好きですが
それらの名称を覚えるのは苦手です
私は過去の日付にあまり関心がなく
権威というものに反感をもっています

斜視で乱視で老眼です
家には仏壇も神棚もありませんが
室内に直結の巨大な郵便受けがあります
私にとって睡眠は快楽の一種です
夢は見ても目覚めたときには忘れています

ここに述べていることはすべて事実ですが
こうして言葉にしてしまうとどこか噓くさい
別居の子ども二人孫四人犬猫は飼っていません
夏はほとんどTシャツで過ごします
私の書く言葉には値段がつくことがあります

 

「かっぱ」 

かっぱらっぱかっぱらった
とってちってた
かっぱなっぱかった
かっぱなっぱいっぱかった
かってきってくった

 

「さようなら」 

さようなら
きょうたべた さんどいっち
さようなら
きょう あるいたみち
ひがくれてゆく
 
さようなら
まだ おこってる おかあさん
さようなら
もうききおえたうた
もうすぐよるがくる
 
さようなら
きょうみあげた ひこうきぐも
さようなら
きょう ころんだわたし
また あえるかしら

2024.12.01

柊の花

P1110840
ヒイラギの花


今年はまだ柊の花を見ていない。もう咲いている時期なのに。登戸は再開発が進み、戸建ての家が少なくなり、ビルの街になってしまった。とうぜん緑が少なくなり庭木も消えてしまった。だから、あそこにヒイラギがあったはずなのにと思って行くと、新しいビルやアパートが建っている。

けさ長念寺に寄って、ヒイラギの花を見てきた。長年寺にヒイラギの大木があるのを知っていたから。ここのヒイラギはまさに満開で、上品な香りを振りまいていた。この写真はイマイチだが証拠写真としよう。

むかしは農家の庭の片隅にかならず柊が植わっていたものだ。葉っぱにトゲがあるので、節分のとき枝先にイワシの頭を刺して魔除けとして飾ったりした。また、ヒイラギの葉のトゲの部分を親指と中指で軽くはさみ、フッと息を吹きかけてくるくる回して遊んだものだ。

柊の葉はおもしろい。若木の葉はトゲが鋭いが、古木の葉はトゲがなくなり、まるくなる。人間と似ている。人間も若いときはトゲトゲしく突っ張っているが、年を取るとまるくなる。そうでない人もいるが。ヒイラギも種類によっては始めから丸い葉のものもあるそうだ。


柊の棘は痛い
若いときは
いろんな人を
刺して
迷惑をかけた

« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »