フォト
無料ブログはココログ

« 紅梅も咲く | トップページ | 大寒 »

2024.01.20

一日葬

1月11日に、親類の男性が91歳で亡くなった。ずっと梨農家をやっておられた方だ。膝を手術し、自宅で介護を受けていたが、正月明けになくなった。ま、大往生と言っていいのではないだろうか。今日、津田山の葬祭場でで葬儀が行われた。

コロナの流行以来、家族葬とか一日葬というのが多くなった。こちらでも一日葬でやることにした。ところが火葬までの日が10日ちかくあったので近所にだいぶ知れ渡ってしまった。いろんな役職をつとめた方なので、けっきょく葬儀の一日前に、チラシで訃報を流した。一日葬でやることは知らせてあったが、やはり大勢の訪問者が集まった。

葬儀のとき、通夜、告別式、初七日のお経もあげ、一日葬としたが、前日に知らせを聞いた人は戸惑ったことだろう。祭壇にはたくさんの生花が供えられ、きれいだった。故人の親戚も多く集まった。JAが葬儀を執り行ったようだが、家族も大変だったろうと想像がつく。

故人の戒名は「観樹喜山居士」とつけられたが、梨の木の世話をしてきた人という意味が織り込まれているようだ。

昼頃から小雨が降り出し、帰りにはビニール傘を借りて帰った。

葬式を出すということは、しょっちゅうあるわけではないので、家の人も大変だ。まして、コロナ禍の影響もつよい。関係者はみんなよくやったと思う。以前は、お通夜など、まるで宴会のようになったが、いまは規模が小さくなった。昔ほど家族が多いわけでもないし、親類もすくない。義理で出かけるより、家族葬に近い形でいいのだと思う。

知り合いと話しながら、近所の女性が2年前にやはり90代ぐらいで亡くなっていたのを知ったが、完全な家族葬で、周りの人もまったく知らなかったそうだ。コロナの最中でもあったが、そういうお別れでもかまわないと思う。

うちでも親類の葬儀があったが出席しなかったケースがいくつかある。香典だけ送る。親類でなかったら、知らせなくてもいいかもしれない。けっきょく、みんな死ぬのだから。心あったら、自分の家の仏壇を借りて線香をあげるか、神棚にコップ一杯の水をそなえて冥福を祈ればいい。


善人を
絵にかいたような人が
亡くなった
行く先は天国に
決まってる

« 紅梅も咲く | トップページ | 大寒 »

コメント

お葬式のスタイルもかなり変わりましたよね?

会社や地域の人たちが参列されるようなお通夜や告別式は見かけなくなりましたね。
家族だけで質素に行なう事が多いように感じます。

私の父も秋に亡くなりましたが、子供たちだけで見送りました。
高齢だと、親戚も来れないですし、手を合わせて見送ってあげたら良いと思っています。

特養に入居していたので、コロナ過で面会ができなかったのですが、
病院に運ばれた時に、いくらか話せたので良かったですが、
寂しいというより、無念な感じばかりが残りましたね。

おはようございます。
91歳でお亡くなりになる方は多いですね。節目の様に 本当に葬儀も変化してきました。お香典の受け取りもなくなりつつありますが義父母の時に頂いた分を相手にお返ししています。若い人は「手短に 手間嫌」がる感じが見受けられました。世界の長寿国であれ我々も昔ながらの暦に真面目に従っていたら体調崩しがち。春がもうそこにの感じ。
春野菜がどんどん店頭に並び、そら豆のふくよかな事「福岡産地」。


人は
裸で生まれ
白骨で死んで行く
人生百年
まあるいだんごを囲もう

月は全世界を照らす。
法政の生徒達が満遍の笑み助けられる。

★がっぽりさん、

コロナのときはひどかったですね。面会ができないどころか、志村けんや岡江さんは
はお骨がもどって来ただけでしたからね。

長生きの時代になったから、参列するのもたいへん。子や孫、ひまごまで。
シンプルに送るのがいいと思います。

家族葬でも一日葬でもいい。心からお別れをしたいひとは儀式に出なくても家で
祈るだけでも通じるでしょう。

★E.A.さん、

長寿時代は火葬場も混み、友引も焼くとか。仕方ないでしょうね。
これからは簡素で行ってもらいたいと思います。形式的なことに
とらわれていてもしょうがないでしょう。

ひとは
生きて
死ぬ
例外は
ない

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 紅梅も咲く | トップページ | 大寒 »