2008.07.17

陰日向に咲く

Kagehinata1招待券をいただいたので、きのう新宿のシアター・アップルに行って、「陰日向に咲く」を観てきた。劇団ひとりの小説を映画化したものだ。

ほのぼのとした心温まる映画だったが、ちょっと人間関係がつかみにくかった。フラッシュバックという手法をたくさん入れたせいかもしれない。あるいは9人の登場人物の関係がちょっとややこしかったせいかもしれない。

映画でも小説でも、まず分かりやすいことが前提だから、その点では問題だ。どうしてもう少し観客に親切な映画をつくってくれないのだろう。

水曜日はレディーズ・デイであるためか、かなり混んでいて、開演のころには満員になった。われわれは15:35分から観たが、その次の回を待つ人たちは長蛇の列だった。

→映画『陰日向に咲く』公式ホームページ

ひさしぶりに新宿に出たが、暑さと人いきれで息苦しく感じた。光化学スモッグののだろうか。靖国通りから西新宿のほうを見ると、また新しい高層ビルが増えていた。

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コマ劇場まえの広場(昔は池があった)

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コマ劇場(改築が予定されている)

Koma3
靖国通りから見た西新宿の高層ビル群

Omoideyokocho
西口の「思い出横丁」も健在だった

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2008.07.01

みんな生きていればいい

録画しておいた「課外授業・ようこそ先輩」を見た。タイトルは、「みんな生きていればいい」だ。先生は東大助教授の福島智さんである。福島さんは3才から9才にかけて視力を失い、さらに18才までに聴力を失った。全盲ろうという重複障害者である。

Fukushima 1983年、都立大に入学し、盲ろう者として日本で初めて大学進学を果たした。大学では教育学を専攻し、卒業後、都立大助手、金沢大学助教授を経て、2001年、東京大学助教授となった。現在、東京大学先端科学技術センターにおいて、バリアフリー研究に力を注いでおり、2008年5月、博士号を取得している。

目が見えないということだけでも大変なのに、そのうえ耳が聞こえないとなると、自分と自分以外のものの接点は、触覚、嗅覚、味覚しかない。お母さんが指点字という方法を開発し、点字を打つ指を福島さんの指に重ねて打つようにした。それに慣れると、かなりの速度で話を伝えることができるようになった。福島さんは他の人とコミュニケーションがとれないのが一番つらかったという。

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小学生たちが耳にヘッドホンをつけ、さらにアイマスクをかけて、もう一人に先導されて飲み物を取りに行くシーンは感動的だった。目が見えないから思うように歩けない。耳が聞こえないから、言葉で注意しても伝わらない。先導する友達の手が離れたときの孤独感といったらない。

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全盲ろうの人は自殺を試みる人が少なくないそうだ。福島さんもどん底に陥ったが、「これは神が私にくれた苦悩なのだ。この苦悩を一生懸命乗り越えていこう」と決めたそうだ。そうしたら気がらくになったという。

最後に子供たちからの質問があった。「いちばん辛かったことは?」という質問には、「人間はひとりでは生きていけない。なのに、コミュニケーションが取れなかったことです」と答えた。「いちばん嬉しかったことは?」とい質問には、しばらく考えてから、「いま生きていることです」と言った。目頭にツンと来るものがあった。

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いちばん嬉しいことは何ですか
と小学生にたずねられ
いま生きていることです
と全盲ろうの東大助教授
生きていることは至福なのだ

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2008.06.18

尼僧物語

きょうの休みも草刈りだ。草の伸びが速いので、おもに草刈機を使った。草刈機の音を嫌って蚊が寄ってこないのでいい。ビニールロープを回転さて草を刈るのもいいが、埃が立つし、土や小石などが飛んで来る。やはりステンレス刃のほうが仕事がはかどる。暑い日だったが、風があるのでわりと爽やかだった。

Nisou_2 オードリー・ヘプバーン

夕方、だいぶ前に録画しておいた『尼僧物語』を見た。若き日のオードリー・ヘプバーンが主演である。神を信じ、必死で修道院の戒律に従おうとするが、人間ごころとの狭間に苦しむ。その姿がよく描かれていた。看護婦としてコンゴに派遣され、カトリックの病院で献身的に奉仕する。ベルギーに戻ってからは第二次世界大戦が始まり、修道院はこころの平静さを保つようにいうが、身内が殺されたりして中立ではいられなくなる。悩みに悩んだ末、彼女は修道院を出ることを決心した。信仰の教えと現実世界との矛盾について考えさせられる映画だった。

この映画はカラーだったが、むかし、同じ題名のモノクロ映画を見たような気がする。内容は少し違うが、これはそのリメイクではないだろうか。

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2008.06.02

ちい散歩「生田緑地」

けさ治療室に来てパソコンを開けたら、のぼりとゆうえん隊のメンバーから「きょうテレ朝のちい散歩で生田緑地をやります」というメールが入っていた。さっそく家に電話をして録画を頼んだ。ちい散歩というのは、俳優の地井武男さんが東京や東京近辺を散歩していろんな発見をする行き当たりばったりの番組だ。ただ放送時間が平日の午前なので、あまりポピュラーな番組ではない。うちではときどき録画して見ているが、きょうは番組欄を見なかった。

昼に小用でうちに戻ったとき、その映像を見た。30分あまりの番組である。地井さんは歩くのが速い。まず枡形山に登り、そこで出遭った93歳のお爺さんと話す。エレベータで展望台に上り、都心の高層ビル群を眺める。日本民家園では囲炉裏端でくつろいだり、キビまんじゅうを食べたり、古民家のすばらしさに感動する。

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民家園の囲炉裏端で

疲れたのだろう、岡本太郎美術館の喫茶店のオープンテラスで一服する。メタセコイアの林を通って坂を上り、ステンドグラスの工房に寄り、さらに向ヶ丘遊園地の一部だったばら苑まで足を伸ばす。どこに行っても地井さんが感動をすなおに表現しているのが印象的だった。最後にバラの絵手紙を描いて番組は終了。

Chii2
ばら苑で、お気に入りのチャールストンと

地井さんが新井薬師や溝の口を散歩したときなど、つぎの定休日にそこへ行ったことがある。ミーハーといえばミーハーだが、現場に足を運ぶといろんなことが分かるので二倍楽しい。それにしても地井さんはよく歩く。意外な発見があって楽しめるし、からだにもいいし、そのうえギャラまでもらえるんだから羨ましい。

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2008.03.07

ちりとてちん

Midokoro_ph 毎朝、NHKの連ドラ『ちりとてちん』を見ている。7時半からのBS放送を録画して8時ごろから見ている。録画しておくので、朝見られないときは夜見られる。これは貫地谷しほり演ずる和田きよみが、女性落語家の若狭として活躍するようになる物語だが、ほとんど喜劇なので朝から健康的な笑いをもらえる。

この火曜日からきょう金曜日までの4日間、上方演芸ホール特別版として、午後3時15分からNHKで「ちりとてちんの落語を聞こう」という番組が放送された。京子が新聞の番組表で見つけたものだ。これもDVDレコーダーに録音して、家に帰ってから見た。出し物は次の四つである。

・愛宕山
・辻占茶屋
・ちりとてちん
・はてなの茶碗

わたしは家にまだテレビのない時代、つまり小学校の頃から落語が好きでラジオでよく聞いた。いまでも、たまに末広亭や浅草演芸場に行く。国立劇場の裏手の国立演芸場に行ったこともあるし、登戸の長念寺の落語会に行ったこともある。おととしだったな、多摩市民館で林家喜久蔵の落語を聞いたのは。「笑点」も毎週録画して大喜利などを見ている。

しかし、上方落語となるとあまり縁がない。何度か聞いたことはあるが、どうもあまり記憶に残っていないのである。しかし、この朝ドラ「ちりとてちん」が始まってから、いろんな上方落語が演じられるので興味をそそられた。ただドラマのなかでは断片的にしか演じられないので、それぞれの話の内容がイマイチ分からなかった。

今回、4日間連続で4作品を見られたのは幸いである。愛宕山はかわらけ投げの話、辻占つじうら茶屋は女郎と身投げする話、ちりとてちんは知ったかぶりの話、はてなの茶碗は平凡な茶碗が千両で売れる話。それぞれプロが演じると実に味わいがある。とりわけ、きょうの桂米朝の「はてなの茶碗」などは面白かった。おかげで、毎朝見る「ちりとてちん」に深みが加わったような感じがする。

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2008.01.04

続・三丁目の夕日

きょうは車で木更津に行った。川崎大師のあたりはさすがに混んでいたが、流れは比較的スムースであった。海ほたるでトイレ休憩をしたら、そこはすごい人混みだった。ま、アクアラインは名だたる赤字路線だから、お正月ぐらい賑やかにならなければ困るだろう。海ほたると名のついたおみやげが数え切れないほどあるので驚いた。

Michi
アクアライン

京子の実家は薬局で、妹たちと食事をしたり歓談したりした。それから、ひょっとしたら「Always:続三丁目の夕日」をやっているかと思い、調べてもらった。そうしたら、近くの「富士館」という映画館でやっているという。さっそく京子と見に行った。去年からに見たいと思っていたが、なかなかそのチャンスがなかったのだ。「富士館」は昔の場末の映画館という感じで、観客は10人もいただろうか。

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木更津の映画館

「続・三丁目の夕日」は、期待に違わずいい映画だった。なんだろう、あの昭和30年代の懐かしさときたら。CGの技術の助けを借りて、都電や当時の自動車、建物、衣装などが、まるで本物のように動く。これをつくった監督が30年代を知らないというから、また驚く。いいものを見せてもらった。心の中で拍手喝采をした。

ALWAYS 続・三丁目の夕日

帰りは帰省ラッシュと重なって、道路はかなり混んだ。大師のあたりはノロノロ運転だった。片道約2時間かかったから、けっこう疲れたが、車で木更津を往復できるほど体調は回復してきている。ありがたいことだ。

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2007.12.28

フィギュア・スケート

全日本フィギュアスケート大会が行われている。高橋大輔は4回転ジャンプを二つも成功させてSP首位。すごいな。また、女子の選手層の厚いことといったらない。つぎつぎと若い選手が頭角を持ち上げてくる。伊藤みどりが入選して騒いでいたころとは訳が違う。日本人の体系、技術、表現力などがずいぶん立派になったものだ。女子では浅田真央、安藤美姫、村主章枝、中野友香里などががんばっている。武田奈也の笑顔は最高だ。今夜はフリーの演技が行われる。いまから楽しみだ。

Mao
浅田真央(毎日新聞より)

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2007.11.26

点と線

テレビ朝日で24、25日の連夜放送された『点と線』は、思いの他よい出来だった。これを始めて読んだのは40年前ぐらいだから、おそろしく古い話だ。東京オリンピックより前の昭和32年の話だが、わたしが読んだのは昭和65年ごろ。だから交通機関も発達していて、途中でからくりを見破ってしまった。しかし、昭和40年ごろ読んだとすれば、すごい傑作である。

Photo2今回のドラマでは、東京駅での空白の4分間に視聴者を釘付けにして、この事件の肝心なネタを最後の最後までうまく隠し、浜辺で子供たちが遊んでいるのを見て、トリックに気づくように仕組んであった。それだけ引っ張ってから種を明かしたぶん、古臭さを感じさせないドラマに仕上がっている。また敏腕な鳥飼刑事(ビートたけし)の娘と、彼と一緒に仕事をした警視庁捜査2課の三原(高橋克典)が、40年後に再会し、事件を回想するようにつくってあるのもうまい。再会したときは40年後だから、池内淳子と宇津井健がその役をやっていた。

松本清張は末端の生活者や下級官僚、政治家、刑事などを駒に使いながら、日本全体のゆがみをを赤裸々に描いてゆく。いつもながら、その緻密な観察力、洞察力に舌を巻く。今回は役者もそうそうたる面々だった。ビートたけしは個人的にはいまいち好きになれない男だが、無骨な執念深いコロンボのような田舎刑事の役がぴったりはまっていた。とりまきの役者がよかったせいもあるだろう。

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2007.10.17

不都合な真実

Futako
二子玉川駅から見た秋晴れの多摩川

アメリカの元ゴア副大統領にノーベル平和賞が与えられるという。そのきっかけとなったのが同氏製作の映画『『不都合な真実』らしい。地球温暖化の危機を訴える映画だそうだ。そこで、このDVDを借りてきて見た。映画はゴア氏の講演を主体にしたもので、その内容に従って映像が流れる。南極の氷が融けると海面が6mも上昇して大都市の大半が水に沈むとか、氷河が融けると川が干上がって水不足で多くの人が死ぬとか、恐ろしい話を説いていく。

二酸化炭素の排出量と気温の変化がきれいに比例し、ここ数年で過去何万年もの平均の二倍以上になったとか、グラフやデータを示しながら説いていく。温室効果ガスによって、南方の蚊や病害虫が北部にも侵入して疫病がはやる。砂漠化して飢餓が増える。台風やハリケーンが大型化し被害が甚大になる、等等。

最大二酸化炭素排出国のふたつは、アメリカと中国なのに、京都議定書に調印しなかった。石油産業などの圧力や、発展途上のエゴなどでうまくいかない。しかし問題は切羽つまっている。理論的には、このままでは地球が破滅するのは間違いない。できることをやっていくしかない。燃費のいい車に乗ろう、車はやめて自転車や公共交通機関を利用しよう、等等。

ゴア氏のノーベル平和賞獲得は民主党の力を強めるだろう。そうすれば、温暖化への対策が大きく進むかもしれない。

→不都合な真実

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2007.10.05

ラベンダー姉妹

ゆうべBS2でたまたま、『ラヴェンダーの咲く庭で』というイギリス映画をみた。原題は ”LADIES IN LAVENDER” というから、ラベンダー色の服を着た淑女たち、ラベンダーの花に囲まれて暮らす老姉妹、そんな意味だろう。もう少し穿ってみれば、ラベンダーは薄紫色だから、たそがれ色の女たちという意味にも取れそうである。

Image

海辺に暮らす姉妹が、ある嵐の翌日、海岸に青年が打ち上げられているのを見つける。青年は異国の人で英語がよく分からない。医者に見せたあと、ふたりは甲斐甲斐しく青年の面倒をみる。結婚していた姉は冷静だが、ずっと独身だった妹は、親子ほど年の離れた青年に恋心を抱くようになる。その心の乱れがていねいに描かれてゆく。

青年はバイオリンの名手で、休暇で海辺に来ていたオルガという若いドイツ人女性と知り合う。そのオルガの兄がオーケストラの指揮者で、ロンドンに来た。そこで、二人はロンドンに行ってしまう。ロンドンからの手紙を受け取った姉妹は、演奏会に向かう。

第二次大戦直前のイギリス、のどかな田園風景、突如舞い込んだ外国人、心ときめく夏の日。見終わったあと、なんともいえぬほのぼのとした気分になる大人の映画だ。この映画も、できたら映画館で見てみたい。

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2007.10.03

ニュー・シネマ・パラダイス

Cinemaレンタルビデオ屋で『ニュー・シネマ・パラダイス』という映画を借りてきて見た。題名は知っていたが、いろんな映画のオムニバスのようなものだろうと勝手に思っていて、いままで見ていなかった。たまたまmixiの知人の日記にこの映画のことが触れられていたので、どんな映画だか見てみたのである。

いろんな賞を取っているだけあって、この映画は想像した以上に面白かった。メイン舞台はシチリア島の小さな町の映画館、その名も『ニュー・シネマ・パラダイス』。映画好きの子供が、第二次大戦後の混乱した世の中を生き抜きながら、映写室のおじさんと仲良くなったり、恋をしたり、軍隊に入ったり、いろいろな経験を経ていく。映画の素晴らしさを訴えながら、大きな意味で、この映画も反戦映画のひとつではないかと思う。

監督はシチリア生まれのジュゼッペ・トルナトーレで、同監督の『マレーナ』は見たことがある。現在上映中の『題名のない子守唄』はまだ見ていない。この映画もおすすめらしい。

→ニューシネマパラダイス

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2007.09.22

ギャル曽根

Galsone_2キンスマという番組で、大食いで太らない若い娘さんのことを話題にしていた。以前にも、テレビチャンピオンで見たことがあるが、白いアイラインを引いた茶髪のかわいい女の子だが、とてつもない量の食べ物を食べて、大食い大会ではいつもぶっちぎりで優勝している。たとえば、お寿司を100貫食べて、大盛りの定食を5人前食べて、ケーキを10個食べて、さらにカレーライスを10皿ぺろりと平らげる。それもニコニコして、いかにも美味しそうに食べている。とても同じ人間とは思えない。

番組ではいろんな検査をしていた。空腹時血糖値と糖分を摂ったあとの血糖値をしらべると、ふつうは時間の経過とともにグラフが山型になるのに、ギャル曽根は水平線のままだった。つまり、いつも低血糖で、お腹がすいている状態なのだそうだ。だから、おいしく食べられるらしい。満腹中枢が満腹状態を認識しないのである。

圧巻は最新の三次元CTを使って調べた胃の大きさである。空腹時のギャル曽根の胃はふつうの人とほとんど変わらない。ところが、3.5㎏ぐらい食べ物を詰め込んだあとの胃のCT写真を見て度肝を抜かれた。胃袋が大隔膜から骨盤の下縁まで、目一杯ふくらんでパンパンになっているのだ。胃の入口と出口の位置は変わらないが、途中が腹部のすきまをすべて埋め尽くしているのである。

便通は、大きいほうは一日5、6回だという。検便をしてみると、ビフィズス菌が多いらしい。胃や腸の蠕動運動も活発で、入ってきた食べ物をどんどん送り出していると推定される。だいたい、ギャル曽根は一回の食事で、ふつうの女子の一日分の食事の12倍ぐらいを食べられるという。しかも美味しく、そして太らない。

なんでもギャル曽根はけっこう裕福な家の子で、小さいときから大食いだったそうだ。家族全員が大食いで、みんなそれほど太っていない。あるとき、ボーイフレンドが夕食に誘われたが、つぎつぎに出てくるハンバーガーを無理して8つまで食べ、以後、夕食に誘われても家に上がることはなかったという。そりゃあ、当たり前だ。

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2007.09.12

美術館は疲れる

美術館めぐりはなぜか疲れる。足が棒のようになる。それほど面白くないことが多いし、わけがわからないで出てくることもある。なんだか敷居が高い。なぜだろうか。そんな話題を、きょうの「ためしてガッテン」は取り上げていた。

美術館ではあまり大きな声でしゃべれない、囁くようにしか話せない。せっかく入場料を払ったのだから全部をよく見て帰ろうとする。とくに絵の意味を理解しようとして変に緊張する。立ち止まっている時間が長いので、どうしても足がうっ血して血の巡りが悪くなる。そんなことが、美術館に行くと疲れる理由でもある。

上手な美術館のめぐりかたは、まず大雑把に絵を見て歩き、そのなかで特に気に入った作品をいくつか見ればいい。ひとつかふたつ、いい絵だなと思ったり、感動できたらもうそれでいい。疲れたら休憩したり、外の空気を吸ったりする。ショッピング・コーナーなどを見て楽しむのもいい。

買うつもりになる
いちばんいいのは、自分がその作品群の中から一枚の絵を「買うつもり」になって見ることだそうだ。自分の部屋にどれか一枚を飾るとしたらどれにしようと考えてみる。好きな人に買ってあげるならどの絵がいいだろうなどと考えてみる。そうすると、いろいろなイメージが湧いてきて、絵の見方がかなり変わってくる。そして美術館をじゅうぶん楽しめる、というのである。

わたしはよく、自分が立って見ている所と同じ位置で、その画家も立っていたのだと想像する。その位置で、画家は対象と絵を見比べてあれこれ考えて、試行錯誤したりしながら絵を描いていったのだろうな、なんて考える。これもけっこう楽しい見方ではないかと密かに思っている。

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2007.09.05

映画「阿波ダンス」

台風9号の影響で天気が落ち着かない。とつぜん雨がふったり、急に晴れたり、風が吹いたり。そこで、久しぶりに映画に行くことにした。新百合ヶ丘のマイカルに電話をして内容をファクスで取り出てみたが、あまりパッとした映画がない。そのなかで『阿波ダンス』というのがあって、京子がこれが面白いかもしれないというので、それを見ることにした。

ヒップホップのダンス大会で優勝した女の子が、母の都合で徳島へ帰る。そこの高校のダンス部に入ったら、それが「阿波踊り部」だった。阿波踊りなんてダサイと思っていたが、みんなでヒップホップを融合させた見事な踊りをつくってゆく。画面いっぱいに繰り広げられる踊りはかなり迫力がある。なかなか楽しめる映画だった。

人生、阿呆になるのがむずかしい。
しかし、阿呆になって見えてくるものがある。

→阿波ダンス公式ホームページ

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2007.07.02

明日の記憶

ゆうべ『明日の記憶』という映画をテレビで見たが、これはなかなかいい。渡辺謙が主役で樋口可南子がその妻。働き盛りのサラリーマン戦士が、とつぜん若年性アルツハイマーにかかるという恐ろしい話だ。はじめは病気を認めたくないのだが、否応なしに症状が出始める。自分が痴呆症に向かってゆくと診断されたらどうだろう。人間はかならず死ぬと分かっていても、そんな形での死は受け容れがたいに決まっている。

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2007.04.23

白井貴子さん

Sirai録画しておいた課外授業「ようこそ先輩」を見た。今回はミュージシャンの白井貴子さん。女性ロック歌手の草分け的な存在だそうだが、ロックはうるさくて好きではないので名前だけしか聞いたことがなかった。ところが、小学生の前でギターひとつで歌をうたいはじめると、これがなかなかしっとりしていい。声も伸びがあっていいし、何よりも人柄がよさそうだ。

白井さんは、一時、心身ともに疲れきってイギリスに住んでいたという。そんなとき、無理に歌を作ろうとしなくても日常のなかに歌いたいことがいくらでもあることに気づいたという。野の花のように生きればいいんだと思うと、ふっきれたそうだ。以来、心に感じたままを歌う、それが白井さんのロックになったという。

小学生には「自分を励ましてくれるもの」を見つけさせ、それを書かせた。それがそれぞれの子のロックなのだ。「イッツ・マイ・ロック!」みんなが、白井さんのギターにのせて歌う。引っ込みじあんな子も、なにか自分の思いを表現するきっかけを得たようだ。やたら叫ぶロックは好きになれないが、思いを語るようなロックなら聞いてやろう、という気になった。こんど白井貴子のCDを聴いてみようと思う。

白井貴子のホームページ

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2007.04.18

雨に咲く藤

午前中、庭の草むしりをした。ムラサキツユクサやホトケノザ、ハコベ、繊毛があってズボンなどにからみつく草などを取った。毎年、草の種類がすこしずつ違う。かれらも勢力争いがあるのだろう。ジャガイモやサヤエンドウが育つ分、雑草も伸びる。このところ雨が多いので草の伸びも早い。午後からは雨になったので、やめた。庭木仕立てにしている藤の花が咲き始めた。もうすぐ、いい香りを放つことだろう。

Fuji01
藤の花

午後から雨になったので、大リーグ戦をテレビを見たり、録画しておいたものを見た。レッドソックスの松坂は味方の援護がなく2点取られて負け投手。ついてない。イチローはホームランを打ったが、シアトルはトロントに大差で敗れた。

だいぶ前に録画した「アメリカン・ビューティー」を見たが、理解できない映画だった。ホモ、浮気、麻薬などがオンパレードの映画で、こんな映画がなぜアカデミー賞を取ったのかさっぱり分からない。アメリカの恥部をアメリカの美点と皮肉ったのであろうか。劇場まで行って見なくてよかった。

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2007.04.14

みんなの手話

3shot_07教育テレビで「みんなの手話」のリニューアル版が始まった。先週の土曜日からだが、先週は見逃したので、きょうの再放送分ときょうの分を録画した。ことしから林家正蔵が出演する。正蔵は去年の大銀座落語祭で手話落語に初挑戦したそうだ。

それから「みんなの手話」のホームページに行ってきた。これがよくできている。まず「こんにちは」だが、分割写真で基本的な手の位置をしっかりしめす。それからこんどは有声と無声の動画で実際に動作をやってくれるのである。「はじめまして」「よろしくお願いします」なども、ていねいに動画で教えてくれる。

手話には東日本と西日本、あるいは外国などとの違いもあるそうだが、それは方言のようなものらしく、慣れればそうとう役に立ちそうだ。毎回、正蔵が小話を手話でやるという。言葉の落ちは手話では使えないが、内容の落ちは面白く伝えることができるらしい。あんなに忙しい正蔵が手話までやるというのだ。わたしも少しは彼を見習って、この番組を続けてを見てみよう

ちなみに放送時間はこうだ。
教育TV 土曜午後8:00-8:25 (再放送)翌土曜 午前11:15-11:40

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2007.02.17

喜怒哀楽の表現

録画しておいた「ようこそ先輩」を見た。異色の作家、志茂田景樹が小学生相手に授業をしていた。突飛な風貌が好きになれないので消そうと思ったが、どんな授業をするか見てみた。そうしたら、これがなかなかいいではないか。

志茂田は小説以外にも童話などを書き、全国の小学校を回って読み聞かせをしているという。そこで感じたことは、いまの子供たちに感情を表現する力がないということだそうだ。喜怒哀楽を出さない子が増えているという。そこで、授業は喜怒哀楽の体験を書き、それを発表するという方法をとった。

小学校の2、3年生まではけっこう感情を出しているのに高学年になるとそれを抑えるようになる。恥ずかしいということを覚えるからだ。それが昂じると自殺なんてことになってしまうのだろう。ためしに、腹が立つことを思い出して怒りを表現させる。なかなかうまくできないが、大声を出して怒りを出すと、それだけですっきりした表情になる。

子供たちが親から哀しみの体験を聞き、それを文章にして発表するときなど、自分も涙ぐんだりしている。そして、そのあと彼らの表情が柔らかくなっていくのがよく分かる。子供ながらに、いろいろ気を使って生きているんだな、などと思う。喜怒哀楽は人のつね。ぜんぶを抑え込んでしまうとストレスになる。大声を出すなり、ひとに話すなり、文章にするなり、考え方を変えて笑い飛ばすなりして処理しておかないと鬱積する。

授業を終わったあと、志茂田景樹に子供たちがまとわりついていた。背負っていた荷物を少しは下ろすことに成功したようである。

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2007.02.09

芋たこなんきん

田辺聖子の自伝的ドラマ、『芋たこなんきん』をほとんど欠かさず見ている。いわゆるNHKの朝ドラだ。放送時間に見られなくても、ハードディスクに録画して見ている。主役の花岡町子は藤山直美、夫徳永健次等郎は国村隼。町子の秘書は石田あゆみ。子供5人もいる医者に嫁いだ町子は作家だが、主婦業もこなすがんばり屋。さすが寛美の娘、うまい。それよりも国村隼がいい味を出している。いかつい顔で冷静だが情も深い。ふたりのコンビを軸に、いろんな事件が起きてゆく。

大阪弁が飛び交うが、標準語にくらべてなんと味があることだろう。言葉の数だけ感情や思いがあるのだから、会話がとっても豊かになる。むかしは関西弁は押しが強くて好きではなかったが、最近は方言というものの情緒がわかるようになってきた。東北弁なども、標準語では絶対出せない味がある。これはもう味としかいいようがない。

夜は、NHKスペシャル『日中戦争』を見た。軍部と現場の部隊との意思のすれ違いがあったり、同盟国ドイツが偽装して中国に武器を輸出していたり、南京では軍服を脱ぎ捨てて民間人になりすました兵士を捕らえるため、一般人をたくさん殺してしまったり、教科書的な知識以外にいろんな事実があることを知った。戦争はやってはならない。

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2007.02.07

藁の家

11日に人寄せがあるので、玄関や部屋の掃除をした。空気が乾燥しているせいか、たたきを水洗いしてもすぐ乾く。車も洗った。パッソは小さいけれど車高が高いので、屋根の真ん中辺までは手が届かない。柄のついたガラス拭きを使って洗った。どこもここもさっぱりきれいになって気分がいい。

Wara撮り溜めしておいたビデオを見た。夢の扉では「藁の家」というのをやっていた。普通の木造住宅の壁に、50cmぐらいの厚さの圧縮した藁ボックスを積んでゆき、外側を粘土のようなもので固める。すると外気温が30度以上あっても、内側は24度と快適。もちろん、冬は暖かい。省エネハウスであり、化学物質過敏症の人などにも向いている。昔の土壁に似ているが、すきま風がないのがいい。知恵も使いようだ。

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2007.01.30

不都合な真実

寒なのに暖かい。きょうなど気温が13度ぐらいまであがった。スキー場の雪が降らない。氷が張らない。典型的な暖冬である。

不都合な真実、という映画が話題になっている。はじめは政治家たちにとって不都合な真実かと思っていたが、どうやら人類全体にとって不都合な真実をあばいた映画らしい。極地の氷が溶ける、キリマンジャロの雪がなくなる、猛暑が襲う、巨大台風が多発するなど、いわゆる地球温暖化が思った以上に深刻であることを訴えているようだ。

炭酸ガスの排出規制を訴えた京都議定書にアメリカや中国が加わらなかったが、そのアメリカでこういう映画ができたことは喜ばしいことといえよう。自然の変化は徐々に起こるものもあるが、加速度的に、そしてとつぜん牙を剥くことがある。Global Warming (地球温暖化)というより Global Warning (地球規模の警告)とサブタイトルがついているが、その通りだと思う。

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2007.01.26

夢の言の葉

ラジオの「ときめきインタビュー」に山下景子さんが出演していた。『美しい暦のことば』とか『美人の日本語』の著者である。日本語の美しさを守ろうと、数年前からメールマガジンを発行しているそうである。日本語、いわゆる大和言葉の語彙は豊富なのに、若い人たちの使う言葉はごく限られており、ぶつ切り状態で文章になっていない。そんなことを話しておられた。まったく同感である。

この季節では、たとえば薄氷と書いて「うすらひ」と読む。そのウスライという音の美しさに触れていた。氷は氷室(ひむろ)などというように「ひ」とも読む。そこで、むかしは薄い氷を「うすらひ」と言ったのだそうだ。透き通った薄い氷が目に浮かぶようではないか。ウスゴオリでも悪くはないが、薄氷と書いて「はくひょう」ではまったく味気ない。そっちは「薄氷を踏む」ぐらいに限定してほしいぐらいだ。

山下景子さんは「夢の言の葉」というブログを発信している。さっそく、そこに行って無料のメールマガジンの購読申し込みをしてきた。それから、バックナンバーを探して、美しい日本の言葉の一部を読ませてもらった。まだ当分は読みきれない。

ブログ:夢の言の葉→http://plaza.rakuten.co.jp/yumenokotonoha/

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2007.01.18

傘寿であるく中仙道

J0354669_1 ラジオ深夜便の「こころの時代」を録音して聞いている。けさは、「喜寿で歩いた東海道・傘寿で歩く中仙道 」というタイトルで、元国鉄マンの加藤仲男さんというかたの話。喜寿といえば77歳。中高年といっても高年にはいる歳だ。その年齢で東海道を歩き通したという。傘寿といえば80歳。その年齢で、こんどは中仙道を踏破したという。スーパーおじいさんである。

住まいは真鶴で、電車で日本橋まで行き、そこから徒歩で東海道を歩きはじめる。1日6時間ぐらい歩くそうだ。そうしたら、また電車で家に帰り、翌朝、前日歩き終えたところまで戻って続きを歩く。やがて、日帰りできなくなるから、1泊したり、2泊したりして、歩く。そして京都まで歩いたそうだ。

その後、80歳になって、こんどは中仙道を歩こうと思ったそうだ。はじめは「奥の細道」を歩こうとしたが、ちょっときつそうなので中仙道にしたという。碓氷峠では足を痛め、霧に迷い、苦労したらしい。和田峠では宇都宮から来た人といっしょになり塩尻までたのしく歩いたという。

歩くことは苦にならないというが、年齢的にはかなりきついに違いない。三脚を持ち、写真を撮ったりしたそうだから、荷物だって軽くない。弁当に水も必要だ。それでも道々いろんな人の親切に出会い、感謝の思い一杯で旅を終えることができたという。すごい人がいたものである。ほんとうに理屈抜きにすごい。在家の千日回峰行だね、まるで。明日の朝、その2回目の放送がある。

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2006.12.30

金子兜太さん

きょうから冬休みなので朝9時半ごろまでゆっくり休んだ。録画しておいた番組を見たりして、くつろいだ。庭仕事は一時間ほどブドウの剪定をしただけだ。ことしは、どういうわけかブドウがまだ青いうちにカラスにみんな食べられてしまった。こんな年は初めてだ。

課外授業「ようこそ先輩」は、俳人の金子兜太とうた先生だった。いきなり、金子先生がふんどし姿で腹を乾布摩擦している映像が出た。大きな太鼓腹である。300回も腹をこするという。それから青竹踏みを始めた。これも300回やるそうだ。さらに庭のほうを向いて直立不動で、すでに亡くなった人たちの名前を頭で唱えるそうだ。トラック島で生き残った先生は、多くの仲間の死を見ている。その供養をしているのだ。その数は130人という。これが87歳にしてなお元気かくしゃくとしている先生の秘密だなと思った。

秩父の母校を訪れて、小六の生徒を相手に授業をする。まず、鞄から愛用している尿瓶しびんを取り出して、生徒に見せて回す。そこで一句「秋遍路しびんを手放すことはない」。金子先生が生まれたとしは1919年で一句一句だから、俳句をやることなったとか。

教室の外に出て、長瀞ながとろの河原で俳句をつくる。ちょっとした吟行だ。そのとき金子先生は「石も枯れ葉も、すべてに命が宿っている。そういう想像力を働かして句を作ってみなさい」という。対象をじっと観察していて、そのときにわいてくる言葉を句にすればいい、とも。ただ見るだけじゃなくて、抱き合ったらいい。抱き合っていると、かならず何かが伝わってくるはずだ。熱いものがわいてくる。そのときに頭を使って言葉にしたらいい。

Touta

俳句は季語を使うので花鳥風月を歌う傾向があるが、金子兜太先生はもっぱら人間の命を詠ってきたという。人間のいのちを詠ううちに、ものにはみんな命があることがわかってきた。だから、そのいのちを詠ったらいいという。ときには季語などなくてもいい。五七五に囚われなくてもいい。87歳にしてこの自由な発想力を持っていることに畏れ入る。

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2006.09.13

チョコレート

Halleberry_l雨なのでビデオを借りてきた。DVDで『チョコレート』なるアメリカ映画を見たが、タイトルが暗示するほど甘くなく、かなり苦い映画だった。オスカーを取った黒人女優ハル・ベリーが美しかった。

祖父、父、息子、と三代にわたる刑務所の刑務官の父が主人公。人種差別のつよい地域である。息子が自殺したあと、父は、電気椅子で処刑された黒人の妻とだんだん親しくなっていく。そして、ある日、黒人女は相手が自分の夫を処刑した刑務官であることを知る。こわくはないが、やたらと哀しい映画である。夫婦とは、親子とは、人間とは、・・・

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2006.09.10

白いカラス

Eigaアンソニー・ホプキンスとニコール・キッドマンが出演しているというだけの理由で、『白いカラス』というビデオを借りてきて見た。ふたりのファンだからだ。映画はやや暗く重い内容だったが、アメリカの人種問題の根深さを思い知らされた。かぎりなく白人に近い黒人の悩みがテーマである。

大学教授コールマンは差別発言で辞職し、その日妻が急死する。その後、偶然出遭ったファーニャと恋に落ちる。ファーニャにも辛い過去がある。クリントンのスキャンダルやベトナム帰還兵のPTSDなどを織り込んだ大人の映画である。

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2006.08.24

父と暮らせば(2)

BS2で『父と暮らせば』をやっていたので、今回はじっくり観た。7月19日に横浜の県民共済ホールに行って見たのに、寝不足のせいと薬のせいでほとんど寝てしまったからだ。しかし、問題は映画のほうにもある。井上ひさしの芝居を映画化したものなので場面転換や動きがすくなく、もっぱら台詞をきかなければならないからだ。

それに3年たって現れる父の幽霊があまりにリアルすぎる。生きているのか死んでいる人が演じているのか分かりにくい。娘もまた自然に対応しすぎてピンとこない。「わたしは幸せになってはいけないのよ」というのも「そうだろうか?」と思ってしまう。亡くなった人のぶんまで幸せにならないと、というのが自然のようにおもうのだが、生き残った人の負い目はそんなにつよいのだろうか。広島弁でずっと通したのは成功していると思う。一度、舞台を観てみたい。

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2006.07.19

名画・父と暮らせば

県民共済の会員に映画『父と暮らせば』を見せるというので申し込んでおいた。横浜の県民共済ホールだが、名画を600円で見られるというので今日行ってきた。宮沢リエと原田芳雄、そして浅野忠信が好演している。井上ひさしの舞台を観た黒田和雄監督が内容にほれこんで映画化したものだ。原爆が投下されてから3年目の夏のこと、原爆で死んだはずの父が幽霊になって現れる。その娘との愛情あふれるやりとりが面白く哀しい。全編が広島弁で語られるのもいい。おとったん、なんてじつに味のある方言だ。

ところが、ところがである。最初のうちは映画に集中していたが、舞台を映画化したものだけに台詞が多く、大きな場面転回が少ない。そこで後半、わたしは不覚にも居眠りをしてしまったのだ。なんども京子に肩をつつかれる始末である。見たい見たいと思っていた映画を見に行ったのに、居眠りをしてしまったとは面目ない。帰ってから一生懸命カタログを読んで、話を追いかけることになった。

言い訳はある。朝4時半に起きて30分以上散歩し、早めに「みなとみらい」に行って、そこいらじゅうを歩き回り、雨のなか大観覧車に乗り、さらに20分も歩いて赤レンガ倉庫に行き、そこで中華料理を腹いっぱい食べてしまった。さらに、そこから馬車道までもけっこうな距離を歩き、そうとう疲れていたのである。観たい映画を見たのはいいが、居眠りを漕いでしまったのには自分ながら呆れる。

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2006.05.22

芸能人社交ダンス大会

シャル・ウィ・ダンス?~オールスター社交ダンス選手権」と銘打った番組がある。芸能人がプロのダンサーと踊って優劣を競うもので、なかなか見ごたえがある。芸能人は見られるのが商売だからもともと表現力が豊かだ。そのうえ振り付けがやたらと派手なので、あれは社交ダンスというよりもショーダンスである。しかし、私も一時は社交ダンスにのめり込んでいたので、こういう番組を見ると少なからず興奮する。

準決勝では、松本伊代、角田信朗、レイザーラモン、高橋惠子、の4組が出場した。角田さんはキューバン・ルンバを踊ったが、意外にからだが柔らかく、なめらかに踊る。だが、その努力たるや大したものだと思う。ずんぐりした体系はダンス向きとはいえないが、基礎をしっかり踊っているのできれいだ。児玉麻里子先生を軽々とリフトするところなど、筋力があるので安心して見ていられる。本人が「格闘技よりたいへんです」と言っていたが、実感だろう。角田信朗さんのホームページの日記にその苦労が綴られている。5月15日の日記にはルンバの動画も載っている。

Kakuta2  Kakuta3  Kakuta1 角田さんのHP

私の経験から言うと、社交ダンスにはほとんど色気がない。ステップを覚える、姿勢を保つ、曲に乗る、相手に合わせる、次のステップを考える、他の人とぶつからないようにリードするなど、やることがたくさんあって色気どころの騒ぎじゃない。なめらかに優雅に踊るためにはステップにメリハリをつけ、大きく踊るように心がけなければならない。重心線をしっかり保たなければ回転がぶれる。1曲を踊ると、汗が吹き出す。これはもう立派なスポーツである。

★5月27日の決勝戦で、角田児玉ペアがみごと優勝した。
 審査員票は高橋ペアが一位だったが、観客票で逆転勝ち。
 角田さん、児玉さん、おめでとうございます。

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2006.05.13

セントラル・ステーション

Brasil録画しておいたブラジル映画「セントラル・ステーション」を観た。第48回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞している作品だ。導入部が強烈だったが、最後はなかなか心温まる話になっている。もう一度、見てみたい。

リオデジャネイロの中央駅で手紙の代書屋をやっているおばちゃん・ドーラが主人公。ちょっと綾戸智絵に似ている。母親を亡くし、父親の姿を追いかける少年・ジョズエは、大人顔負けのしっかりもの。ふたりのやりとりが面白い。ひょんなことから、ドーラが父親探しを手伝うことになる。ふたりの珍道中を描いたロードムービーである。

観客の期待を上手にはぐらかしながら、ストーリーが展開してゆく。底辺の人々の葛藤を描きながら、マリアや巡礼、聖地の祭りなどを挿入し、神は試練のなかに愛を与える、とでも思わせるようだ。 カメラワークが凝っていて映像が美しく、音楽もいける。ブラジルの空はカッと晴れて、青い。

原題「Central Do Brasil」は、ブラジルの真ん中、ブラジルの臍、ブラジルの心、などと訳せそうだ。邦題の「セントラル・ステーション」はずいぶん大胆な意訳だ。中央駅は最初に出てくるだけだもの。いかにも商業的な手法だが、その映画を見たくなるようなうまいタイトルだなとも思う。

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2006.05.04

鄭和(ていわ)

録画しておいた番組「偉大なる旅人・鄭和」を見た。歴史の授業で、明の時代、1400年ごろ、鄭和という人物がアラビア方面へ大航海をしたことは習ったが、その詳細を知って度肝を抜かれた。つぎのようなことが印象に残った。

・鄭和の父は元の時代に中国に来たイスラム教徒である。
・子供の頃、異教徒狩りに遭い、宦官にされた。
・永楽帝のとき武勲を立てて、軍司令官に抜擢された。
・200隻以上、20,000人以上の大船団で航海をした。
・陶磁器、絹などを積んで朝貢外交を行った。
・香辛料、宝石、象牙、生きたキリン(麒麟)まで持ち帰った。

・アジアからアフリカにまたがる大貿易圏をつくった。
・仏教、ヒンズー教、イスラム教などを共存させた。
・異文化の共存共栄、友好交易、平和外交に徹した。
・ヨーロッパ列強のように植民地政策はとらなかった。
・鄧小平が鄭和を再評価して「改革開放」路線をとった。
・バスコ・ダ・ガマは残酷で、虐殺をくりかえした。

コロンブスがアメリカ大陸を発見する100年前に、200隻、2万人規模の大船団を率いて、インド洋へ計7回も大航海を行い、圧倒的な軍事力を背景に、しかしそれを行使することなく、平和共存を実現させた。りっぱな人物がいたものである。

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2006.04.12

トレモロ

朝方は雨が残っていたが、午後は上がったので草取りをした。それから、サトイモと生姜の苗を植えた。2週間前に蒔いた小松菜やチンゲンサイがかわいい双葉を出している。適当に雨が降ってくれるのはいいが、気温が上がらないので育ちがわるい。

Muraji夕方テレビをつけたら、BS2でクラシック・ギターのコンサートをやっていた。村治佳織さんという若い女性が弾いていた。小さい頃からギターを習っていたらしく、おそろしく上手い。私も高校生のとき、小原二郎先生のところでクラシックギターを習っていたことがあり、少しは聴く耳を持っているつもりだが、こんなにきれいな音を出す人は少ない。自分でもよく練習した曲だからなおさらだろうが、村治さんの「アルハンブラ宮殿の思い出」は宝石が光り輝くような音がする。とにかく、一つ一つの音をいたわるように大切に弾いているのがわかる。

ギターの場合、同じ弦を右手の薬指、中指、人差し指の順にすばやく弾くのをトレモロという。同じ音を三連符のように弾いてゆくのだ。「アルハンブラ宮殿の思い出」は、メロディーをすべてこのトレモロで奏でるように作られている。村治さんのトレモロはじつに美しい旋律を奏でている。音も割れない。いろんなギタリストの「アルハンブラ宮殿の思い出」を聴いているが、これほどきれいなトレモロは聴いたことがない。私もこのトレモロではずいぶん苦労した思い出がある。「ルルル・ルルル」と行かず、どうしても「パカパッ、パカパッ」と馬が走るようになってしまうのだ。

ジャズやロックを弾くギタリストとの合奏もあった。二つのギターの掛け合いのようなところがあってとても面白かった。ジャズギターのほうは即興が入ったりして自由な味わいがあっていい。しかし、音色はやはりクラシックギターのほうに軍配が上がる。音の奥行きに大きな違いがある。

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2006.03.01

単騎、千里を走る

senri雨の定休日。新百合ヶ丘でまた映画を観た。きょうは映画の日なので誰でも1000円だ。チャン・イー・モウ監督、高倉健主演の「単騎、千里を走る」である。中国シーンの映像がとてもきれいだった。麗江の古い街並み、石頭村の奇岩渓谷、仮面踊り、中国の監獄など、見るだけで感動する。

親なし子を村全体で育てる温かさ、たった一人の日本人のために村じゅうで歓迎の宴を開く人情なども胸が熱くなる。ただ、高倉健演ずる高田が息子とどういうふうな軋轢を持っていたのか、なぜとつぜん中国に行く気になったのか、その辺がうまく描ききれていないように思う。ちょっと消化不良を起こしたかな。

映画のなかの通訳、蒋さんの日本語がとてもていねいだったのが印象的だった。透き通るような彼女の声がまだ耳に残っている。それにしても、いまのケータイはすごい。中国の僻地から東京へ電話がかけられるのだからね。「単騎、千里を走る」のに、ケータイは必要だったろうか。

夕方、親戚のお通夜があり、幕張本郷まで出かけた。雨はつよくなった。

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2006.02.26

THE 有頂天ホテル

新百合ヶ丘のマイカルで映画「THE 有頂天ホテル」を観た。
雨の日曜日の午後、映画館は満員だった。

uhoteru「有頂天ホテル」は大晦日のホテルのどたばた喜劇だが、なかなかよくできた楽しい映画だった。いまNHK大河ドラマ「功名ヶ辻」に足利義昭役で出演している三谷幸喜の脚本・演出だが、こんなややこしい映画をつくる彼の頭は一体どうなっているのだろう。数年前の「ラヂオの時間」も面白かったが、それ以上の出来だった。

役所公司、松たか子、佐藤浩市、唐沢寿明、香取慎吾、戸田恵子、オダギリジョー、原田美枝子、伊東四朗、西田敏行、篠原涼子、YOU、津川雅彦、角野卓造など、キャストも豪華だった。大晦日のカウントダウン・パーティーの準備を進めるなかで、ホテルスタッフと珍客たちがいろいろと騒動を起こし、それらが同時進行してゆくのである。

謹賀新年の垂れ幕が謹賀信念になったり、悪徳政治家が身を隠したり、財界人が愛人を囲ったり、死にたがる演歌歌手が出てきたり、腹話術師のアヒルが逃げたり、コールガールが忍び込んだり、それはもう大変だ。この映画を大晦日に見たら最高だろう。

観客はけっこう受けていたが、それでも日本人の笑いは控え目だ。お行儀がいい。大声で笑ってはいけないかのような雰囲気がちょっぴりある。アメリカの映画館だったら大歓声があがり、拍手が沸き起こるだろうに。

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2006.01.19

ほんもの

録画しておいた「オーラの泉」を見た。上原さくらがゲストで、前世、花街に売られたとか、丑三つ参りをした、などという話をしていた。

そのとき、霊媒師や占い師がたくさんいるが、その中からホンモノを見極める方法について触れていた。江原さんによると、謙虚か傲慢か、が目安になるという。神様や自然の前に人間は小さな存在であるから、謙虚でなければならない。人を脅したり、威張ったりする傲慢な指導者はニセモノだと思っていいという。わたしもそう思う。このことは、どの分野でも同じではないだろうか。

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2006.01.14

やっぱり五行歌

録画しておいた「俳句王国」を見た。きょうの主宰は中原道夫、兼題は凍蝶。恥ずかしながら、凍蝶という字を見てすぐにイテチョウとは読めなかった。冬の蝶のことである。洒落た季語ではあるが、季語の知識がなければ俳句が読めないというのも悲しい。それだけに、俳句は限られた人にしか楽しめないものだなあと思ってしまう。

印象に残ったのは、主宰の「凍蝶に胸算用といふがあり」。蝶は意外に寒さにつよく、冬でもすこし暖かい日なら飛びまわる。飛ぼうか飛ぶまいか胸算用しているというのが面白い。しかし、他の参加者はだいぶ手こずっていたようである。

短歌も文語がメインだし、字数の約束があるので、ある程度は勉強しないといけない。そこへいくと、五行歌はいい。思ったことをそのまま表現できる。口語で自由に五行に書けばいい。草壁えんた先生の言葉を借りれば、

五行で
自由に
書けば
それが
五行歌

だから、

五行歌なら
凍蝶を
いてちょうと
読めなくても
だいじょうぶ

道端に
白い小さな花が
咲いている
冬の蝶のために
咲いている

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2005.12.15

アーミッシュの人々2

amish2池田智著『アーミッシュの人々ー従順と簡素の文化』を読み終えた。そこで、もう一度、映画『刑事ジョン・ブック 目撃者 』をビデオで観てみた。一度見た映画なのに、なぜ刑事が追われる羽目になったかなどまるで覚えていない。それほどアーミッシュのことが気になっていたらしい。

アメリカ映画は無理やり恋愛を挟む傾向があるが、この映画でも刑事ジョン・ブック(ハリソン・フォード)とアーミッシュの未亡人レイチェルが恋に落ちる。そういう場面がないと映画にアクセントがつかないのだろうが、アーミッシュの実情にはまるでそぐわない。

古いドイツ語、アーミッシュの服装、馬車、ランプ、揺り椅子、キルト、納屋のことなどが、こんどはよく理解できた。オルドヌングという言葉も聞こえる。オルドヌングとは英語のオーダーのことで、規律とか秩序という意味だろう。厳しいオールド・アーミッシュの規律を、池田さんの本から抜粋してみよう。

慣習として守るべきもの
・服装の色と形を守る。
・バギーの色と形を守る。
・農作業に馬力を利用する。
・バギーや荷車に鉄の車輪を使う。
・ペンシルベニア・ダッチを話す。
・礼拝の順序を守る。
・宗派内で婚姻関係を結ぶ。

絶対に守らなければならないもの
・トラクターを使ってはならない。
・都市電気、ガスをひいてはならない。
・訴訟を起こしてはならない。
・軍事関係の仕事についてはならない。
・高等教育を受けてはならない。
・装飾品をつけてはならない。
・航空機を利用してはならない。
・化粧をしてはならない。
・女性は髪を切ってはならない
・離婚をしてはならない。
・写真を撮っても、撮られてもいけない。

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2005.12.11

必見、「三丁目の夕日」

午後、新百合ヶ丘で「Always 三丁目の夕日」を観た。聞きしに勝るいい映画だった。CG合成だろうか、昭和30年代の東京の街並みがうまく再現されていた。都電、昔のクラウン、三輪トラック、ミゼットなどが走っている。とくに上野駅は、外観も構内もほとんど当時のままだ。東京タワーが建設中で、少しずつその高さを増してゆくのが時間の経過をうまく表している。

ストーリーもなかなかよくできている。戦後十数年の貧しき時代ゆえの人情があふれていた。だが、どうしても小物に目が行ってしまう。駄菓子屋の店先なんか、じつに懐かしい。フラフープが流行った頃は、たしかホッピングなんていうのもあったように思う。湯たんぽの残り湯で顔を洗うシーンなんかもいいね。もう一度、いや何度か観てみたい映画である。

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2005.11.25

三丁目の夕日

西岸良平の漫画『三丁目の夕日』が映画化されたそうだ。さっそく、ワーナーマイカルのページに行って予告編を見てきた。画面には懐かしい昭和30年代はじめの世界が広がる。丸い卓袱台(ちゃぶだい)。都電やミゼットが走る。テレビが出始めた頃だ。これはぜひとも映画館に足を運ばなければいけない。

3chome

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2005.11.17

腹式呼吸

きのうの「ためしてガッテン」は呼吸法。腹式呼吸を行うと血行がよくなり、ストレスが緩和され、冷え症や不眠症にも効果があるというような内容だった。呼吸を脳と自律神経のはたらきで説明していたのが面白かった。

ストレスを受けると交感神経が優位にはたらき、筋肉が緊張し、血行がわるくなる。これが続くと、不眠、高血圧、胃腸障害など、さまざまな問題が起こる。リラックスした状態になると副交感神経が優位にはたらき、血行がよくなる。

ヨガや座禅の呼吸法は、意識的に吐く息を長くすることでリラックス効果を高めている。吸うと吐くの割合は1:2ぐらいにするといいそうだ。

  息を吸う  → 交感神経(筋肉を収縮させる)
  息を吐く   →  副交感神経(筋肉をゆるめる)

腹式呼吸のやり方は、手をお腹に置いて、ゴムボールを押しつぶすようなイメージでできるだけゆっくり息を吐く。息を吐き切ったら、ゴムボールに勝手に空気が入ってきてふくらむようなイメージを浮かべて息を吸う。

ヴィパッサナー瞑想法ではできるだけ自然な呼吸を観察するが、眠気や雑念が多いときはすこし強めの呼吸に変える。呼吸に意識を集中させるためだ。わたしはこの時、吐く息をできるだけ細く長くするようにしている。吸う息と吐く息の割合は3:1ぐらいになっていると思う。そうしているうちに心が落ち着いてくる。

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2005.10.27

「チャングムの誓い」最終回

BS2の宮廷女官ドラマチャングムの誓い』が終わった。全54回の放映で、なんと1年以上も続いた番組である。録画したりしながら、けっきょく、1度も欠かさずに見てしまった。京子が韓国ドラマにはまり、最初はそのお付き合いで見始めたのだが、私もけっこう楽しんだ。

changum

なによりも、映像がきれいだった。子役たちの可愛さ、娘たちの美しさ、宮廷、衣装、料理など、じゅうぶん堪能できた。後半は漢方薬や鍼灸が出てくるので、とくに興味深く見ることができた。ストーリーは、陰謀あり、理不尽あり、いじめありで、全編を通じて暗く悲しいが、映像の美しさに救われるところが大きかった。最後は、ま、ハッピーエンドになっている。

チャングムのおかげで、朝鮮の歴史が少し分かったのもよかった。
近くて遠い国、韓国が少し近づいてきた感じがする。

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2005.10.25

世直し順庵

先週、偶然『世直し