2017.05.07

境地

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魚との
無言の
会話
ひとつの
境地

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2017.04.07

ヴィパッサナー

ヴィパッサナーも
リコネクティヴ・ヒーリングも
からだの感覚を
淡々と観察し
真理にゆだねよという

https://www.jp.dhamma.org/ja/

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2016.12.04

よく見ると

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桜の枯葉が
逆光に
映えたりして
いつもの川辺が
別世界になる

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2016.12.02

ヴィパッサナー瞑想

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ゴエンカ師の
ビデオを見てから
久しぶりの
ヴィパッサナー瞑想
やはり落ち着く

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2016.11.25

ダニエル来る

Da

ヴィパッサナー瞑想のティーチャーであるダニエルさんが治療室に遊びに来た。来週から千葉で10日間コースを指導することになっており、その前に顔を見せてくれたのだ。アルゼンチン国籍だが、もともとドイツ人で、瞑想の指導者として世界中を飛びまわっている。私がまだ結婚する前からの知り合いで、最初は針治療の勉強に来たのだった。そのときすでにミャンマーでヴィパッサナー瞑想をやっていたらしい。

マレーシアから日本に来て、そのあとはフランス、さらにモロッコへ行くという。針治療はやめて、今はもっぱらヴィパッサナー瞑想の指導者として活躍している。一人を治療するより大勢の人の心を間接的に治療できるからね、という。私にも「自分のためでなく、他者が救われるような行動をしたほうがいいのでは」とアドバイスをくれた。とても考えさせられる問題だ。

私は自分が受けた最後の10日間コースがきつかったので、それ以後コースをとっていないが、「サンカーラは抑えつけず、けっきょくは解放しなければならないんだよ」とも言われた。サンカーラとは心の汚濁である。少なくとも、新しいサンカーラをつくらないことが肝心だ。心の乱れは、呼吸の乱れとからだの感覚に出る。それを淡々と見つめ、反応せずにやりすごす。これがヴィパッサナー瞑想の極意である。

心が乱れると
息が荒くなる
すこし待とう
嵐が
過ぎ去るまで

http://www.jp.dhamma.org/Introduction.940.0.html?&L=12

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2016.08.03

お墓そうじ

定休日。お盆が近いので、妻と寿福寺にお墓の掃除に行く。墓石の苔を落としたり、花立てを洗ったり、落ち葉を片付けたりする。地面に刺すタイプの小さな花立てがぐらつくので、当て木をしてハンマーで打ち込んだ。気温が上がり、湿度が高いので、すぐに汗だくになる。蝉が鳴き、蚊が飛ぶ。お墓がきれいになると気持ちがいい。ご先祖さまが喜んでいるからだろう。

魂は
千の風になっても
ご先祖さまとの
交流場所は
お墓

午後4時ごろ、中野島駅前の「ヒロ」に行って散髪をしてもらう。白髪ぼかしはもうやめようかと思ったが、いきなりだと白髪が目立つので軽くかけてもらった。だんだん自然な白髪に戻していこうと思う。

白髪ぼかしは
軽くかけ
少しずつ
自然な髪に
戻そう

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2016.03.29

ヴィパッサナー瞑想(Aさんの体験)

うちの患者さんで、ヴィパッサナー瞑想の10日間コースに参加したAさんに体験記を書いていただいたので紹介する。場所は京都の瞑想センター。コースの体験は百人百色だが、ヴィパッサナー瞑想のヒントになると思う。

         *     *     *     *     *

昨年の年末から正月にかけての、ヴィパッサナーの10日間瞑想コースに参加してきました。巷やネットで噂される所の、体が洗われる・砂の体が溶ける、などといった神秘的な体験は一切ありませんでした。しかしながら、協会のホームページに書かれているところの、 「ヴィパッサナーは宗教ではない、ただ、今を観るだけ」とい考え方を、自分なりに理解しようとし、有意義な10日間を過ごすことが出来ました。
 コースの前半は、アーナパーナという呼吸方法を実践し、鼻の下辺りの感覚を養うのですが、この際の感覚の持ち方が正確ではありませんでした。 コースの後半になり、体が正しい(と、自分で考えている)方法・感覚を教えてくれたのですが、そう思えた時には、既に7日目が終了していました。
 この辺りになると、ただ実践するという感覚になっているのですが、最初の10日間コースは、何が何だか良く判らない・すこしキッカケが掴めたか もしれない、という所でタイムアップとなってしまいました。言葉では素気ないものですが、特に後半の3日間は、 納得の時間でした。もっと、続けられれば宜しいのですが、勤め人では10日の休みを確保するだけでも大変です。
 言葉で現わそうとしても、するだけ、その現実が逃げてゆくばかりであると考えます。興味のある方は、是非、参加されると宜しいのではないかと、考えます。また、下に、私の受講までの経緯などを書かせて頂きました。

[1. 何故、参加したの?]
10数年前、鍼灸師の太田先生より、このコースの事を教えていただきました。本を読んでの感想は、宗教そのものではないのか? とか、たった10日間で人世を変えるのか? それは危ないのでは? といった見当外れの感想しか持てませんでした。時折、このヴィパッサナーの事を思い出し、知らない間に、太田先生のページのヴィパッサナー体験記を読むようになり、数年後にはコースへの参加を検討するようになっていました。何故、そのように思えるようになったのかは明確には言えませんが、とにかく、そのようになったのです。また、私は、アトピー・アレルギーに苦しんでいました。この数年、症状が回復してきた為、10日間コースへの参加を最終的に決断致しました。

[2. コース参加への障害となったモノは?]
残念な事に、私の周囲(家族)にヴィパッサナーへの理解をしてもらえる人はおりませんでした。特に、家族で集まることの多い、長期休暇にしかコースに参加出来ない賃金労働者、周囲の理解が得 にくい場合は、それも障害の一つになると思います。
 初めて鍼灸治療をして頂いた時もそうだったのですが、周囲からは、ニセ医学に係わるなと引き止められ、大変でした。初めて決心して治療に行った時は、大変なストレスを抱えていたものです。でも、最後に決めるのは、自分です。百聞は一件に如かず。何でも試してみるのが重要だと思います。
 どうしても、周囲の理解が得られない場合のとっておきの言い訳を提供いたします。キッパリ、座禅のコースに京都の山奥に行く、との一言で済むと思います。座禅でしたら、社会的な認知が得られています。嘘も方便、無用な摩擦を無くすのも、立派な修行の一部だと思う次第です。

[3. 不健康でも参加可能か?]
健康は重要です。ネット上には様々な見解が載せられておりますが、心や体に不安の有る方は、参加を避けた方が良いと思います。僕は、アレルギー・アトピーに苦しんでおりました。時折出る湿疹は大変に痒い上に、リンパ液が浸出します。このような状態では、10日間、集中を保つことは難しいと思います。色々な見解はございますが、これはあくまでも、私の考えです。(ゴエンカ師は、頭痛を抱えながらの入門であったよう ですが)

[4. 睡眠はどうなの?]
一部屋に複数人の方が入って、寝る訳です。気になる方もおられるかもしれません。実際に、最終日に話してみた所、最初の数日は眠れない方もおられたようです。また、マイ枕持参の方もおられました。僕は、初日からグーグー十分に寝れたので、良く判りません。

[5. 夕食が無いって本当?]
本当です。ありません。最初に参加される方は、バナナなどが出ます。私の場合、朝や昼に沢山食べたりもしたのですが、すぐに止めました。かえって、調子が変になったからです。また、まったく、運動をしないので、夕食を食べなくても、何とも思いませんでした。これは、人それぞれでしょう。夕食が無いことが辛い方もおられるかもしれません。ただ、人は水だけでも一ヶ月生きられるそうです。ビパッサナーに縁の有る方は乗り越えられると思います。

[6. 自分のリズムが肝要です]
最初から飛ばしては駄目だと思います。言葉は悪いのですが、最初の数日に意気込んでしまうと、本質とは違う部分に集中してしまい、最後が辛くなるのではないでしょうか。周囲に、そのような方がいらっしゃったようです。最初の3日程度は、ユックリし、段々と、ペースを上げてゆく程度の考え方が良いような気がしています。

[7. 足は痛くなります]
僕は一番これに悩みました。10日間コース終了後、マットを買いました。次回、参加することがあれば、必ず持参しようと思っています。柔軟性のある方は別でしょうが、私は膝が痛くて痛くて、最終日でも30ー40分程度しか、我慢できませんでした。アレルギーが完治すれば、体が柔らかくなる見通しがあるのですが、まだまだ年単位の時間が必要な状況であり、一番の見込違いでした。古傷のある方などは、市販の座禅用のマットなどを持ってゆかれると宜しいかと存じます。

[8. 経験者が多い]
僕は、座禅の本は読んだことがありますが、一冊のみです(井上希道 さんの書籍)。これといって、瞑想のような体験はしたことが無いのですが、座禅やその他の瞑想に参加したことのある方が多く、初日は圧倒されました。まったくの初心者だった私は、大いに面喰いましたが、まぁ、そんな事もあったなぁという話です。

[9. コース後の実践は?]
僕は全く不信心な生徒で、週に3~4回ていど、時間の都合のつく際に、15ー30分程度坐っています。朝・晩、毎日一時間はとても無理で す。無理なく、自分のペースで継続しています。そのうち、慣れてきたら、時間・回数を増やしてゆき、数年のうちに、次のコースに参加してみようかなと、思っています。

繰り返しになりますが、百聞は一見に如かず。気持ちと時間の都合がつきましたら、是非、一度、参加してみたら、如何でしょうか?

→日本ヴィパッサナー協会

→ヴィパッサナー瞑想体験記

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2016.03.24

別れと

別れと
出会いに
心が
さわぐ

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2016.03.13

「いただきます」の練習

録音しておいた文化講演会を聴いた。エッセイスト・高田都耶子(つやこ)さんの話で、タイトルは「後生大事に~父・高田 好胤の教え」。これがじつにいい。

私は中学二年のとき、修学旅行で京都と奈良に行った。川崎市内の中学校が数校合同で国鉄を借り切って行ったと思う。京都では金閣寺、龍安寺、延暦寺などを回った。旅館で騒いだことや、新京極で買い物をしたのを覚えている。

奈良は東大寺、正倉院、法隆寺、唐招提寺などを見物したが、薬師寺がいちばん記憶に残っている。それは高田好胤さんの話が面白かったからだ。古い建物の前で辻説法のような格好で、話をされていたと思う。

その好胤さんの娘だけあって、高田都耶子さんの話も面白い。お父さんが野球好きだったこと、薬師寺伽藍の再興のために百万巻の写経をあつめたこと、日本語のみだれについてなど、ユーモアを交えてテンポよく話された。

小さい頃からお巡りさんが好きで、交番に花を持っていったり、机を拭いたりしたそうだ。その縁で、いまでは警察学校で講義をしているという。「職務倫理」だったかな。そこでは「エライお巡りさんになんかならなくていいから、ええお巡りさんになってください。」と話しているそうだ。

最後に「いただきますの練習をしましょう」という。「めしを食う」ではなく、「ごはんをいただく」と言え、というのが父の教えだった。食べ物は米も野菜も、肉も魚も、もともと命あるものをいただくのだから。父は禅語の教えを縮めて、こんな言葉にした。

 よろこびと
 感謝と
 うやまいの
 心をもって
 いただきます

これを会場の人たちに、大きな声を出して三度ほど繰り返してもらう。これが「いただきますの練習」だった。私もゆっくり大きな声を出して三唱した。そうしたら、声を出しているうちに不意に涙が出てきた。しばらく、その涙が止まらなかった。

https://www.youtube.com/watch?v=08Wisjk6gdw

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2016.02.29

神と人間

人間を
つくったのが

そう考えたのが
人間

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