キリギリス
玄関に迷い込んだ
キリギリスを
草むらに戻そうと
指でつまんだら
片足がもげてしまった
キキョウの
色は
限りなく
ブルーに近い
むらさき
人の目を楽しませ
虫や蝶に蜜を与え
無心に咲く花たち
そこに
さとりの境地を見る
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玄関に迷い込んだ
キリギリスを
草むらに戻そうと
指でつまんだら
片足がもげてしまった
キキョウの
色は
限りなく
ブルーに近い
むらさき
人の目を楽しませ
虫や蝶に蜜を与え
無心に咲く花たち
そこに
さとりの境地を見る
| コメント (4)
蒸し暑い一日だった。夕方すこし涼しくなったので、登戸神社の夏祭りに行った。7月はたった一日の祭りだが、すごい人出だった。自宅のほうの氏神様は枡形神社だが、治療室のあるのは登戸だから、ここの氏神様にはよく来る。
自分の信仰が何であれ、氏神様にお参りするのはいいことだと思っている。その土地の人たちが昔から心を向けてきた場所だから、大きなエネルギーが集まっているはずだ。江原啓之流に言えば、その地域のパワースポットになっている。そこに行って、お礼をしたり、報告をしたりすることは、いいことだと思う。
夏祭りはにぎやか
浴衣姿もちらほら
神様に
手を合わせる人少なく
平和だなと思う
クレオメ (西洋風蝶草:spider flower)
先日セレサモスで買ったクレオメの一つで、白に薄い紅を差している。これを見た人が花魁草(おいらんそう)だというので、ネットで調べてみた。そうしたら、花魁草はぜんぜん別の花だった。このクレオメは夕方咲き始めて、翌日の昼ごろ萎れる一日花だそうだ。この色の他に、ピンクと白があるが、花の勢いがないので写真に撮らなかった。夕方が見ごろらしい。英語では spider flower というそうだ。長い髭のような突起が蜘蛛を連想させるのだろうか。こわい名前を付けられたものだ。
洋花が増えて
名前が覚えにくい
クレオメは
「くれよ、オメー」
と覚えた
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神さまは
慈愛の波動を
送っているのに
受信機が壊れていては
どうにもならない
ひとの痛みは
分からないけれど
想像はつく
分かろうとする
心があれば
こころの芥が
少しずつ
洗われてゆくようだ
それを励みに
また五行歌をよむ
九羽のヒナは
離合集散
シンクロナイズ
カルガモの母の
その目は優しい
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草取りをしていると、雑草のなかにネジバナが一本混ざっていた。どこからか種が飛んできて根付いたのだろう。ピンク色の小花が確かに捩れて伸びてゆく。不思議な花だ。捩れることで何か得るものがあるのだろうか。
なぜ
らせんを描きながら
上昇してゆくの
そういうDNAを
持っているからさ
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録画しておいた「課外授業・ようこそ先輩」を見た。タイトルは、「みんな生きていればいい」だ。先生は東大助教授の福島智さんである。福島さんは3才から9才にかけて視力を失い、さらに18才までに聴力を失った。全盲ろうという重複障害者である。
1983年、都立大に入学し、盲ろう者として日本で初めて大学進学を果たした。大学では教育学を専攻し、卒業後、都立大助手、金沢大学助教授を経て、2001年、東京大学助教授となった。現在、東京大学先端科学技術センターにおいて、バリアフリー研究に力を注いでおり、2008年5月、博士号を取得している。
目が見えないということだけでも大変なのに、そのうえ耳が聞こえないとなると、自分と自分以外のものの接点は、触覚、嗅覚、味覚しかない。お母さんが指点字という方法を開発し、点字を打つ指を福島さんの指に重ねて打つようにした。それに慣れると、かなりの速度で話を伝えることができるようになった。福島さんは他の人とコミュニケーションがとれないのが一番つらかったという。
小学生たちが耳にヘッドホンをつけ、さらにアイマスクをかけて、もう一人に先導されて飲み物を取りに行くシーンは感動的だった。目が見えないから思うように歩けない。耳が聞こえないから、言葉で注意しても伝わらない。先導する友達の手が離れたときの孤独感といったらない。
全盲ろうの人は自殺を試みる人が少なくないそうだ。福島さんもどん底に陥ったが、「これは神が私にくれた苦悩なのだ。この苦悩を一生懸命乗り越えていこう」と決めたそうだ。そうしたら気がらくになったという。
最後に子供たちからの質問があった。「いちばん辛かったことは?」という質問には、「人間はひとりでは生きていけない。なのに、コミュニケーションが取れなかったことです」と答えた。「いちばん嬉しかったことは?」とい質問には、しばらく考えてから、「いま生きていることです」と言った。目頭にツンと来るものがあった。
いちばん嬉しいことは何ですか
と小学生にたずねられ
いま生きていることです
と全盲ろうの東大助教授
生きていることは至福なのだ
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きょうの読売新聞に載るかもしれなかった歌、というか、われわれが投稿した二首を載せておこう。じつはボツだった。上の歌はわたし、下の歌は妻のもの。やっぱり入選した歌に比べると、なんとなくパッとしない。(^-^)
平凡であること
なにげないこと
それが最高の幸せ
そのことを
失う前に知ろう
あすは食べごろと
楽しみに残した
キュウリ二本
鳥に食べられ
ころがっている
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きょうは「新百合ヶ丘さつき五行歌会」の発会の日だ。おもに「よみうり五行歌」に投稿している人たちが招待を受け、約50人ぐらいが集まった。うち30人ほどが新しい人たちだという。場所は、新百合21(トゥエンティーワン)ビルの会議室だった。京子は、ラウンドのフラワー・アレンジメントをつくってお祝いに持って行った。
笑顔の絶えない草壁焔太主宰
わたしは五行歌を初めてもう5年ぐらいになるが、体調がいまいちすぐれなかったので、いままで歌会に出たこともなく、また主宰の草壁焔太先生にもお会いしていない。たまたま、この会が水曜日に開かれたおかげで、歌会に出席することができ、草壁先生にお会いすることができた。ふたつの願いがかなって、二倍うれしい。
盛況だった新百合ヶ丘さつき五行歌会の初日
はじめに一時間ほど、焔太先生の講演「誰の心にも名作がある」があった。先生はユーモアを織り交ぜながら、五行歌の由来、特徴、利点、効用などについて、楽しく講演をされた。印象に残った話は次のような内容である。
・古代の謡曲は天皇や位の高い人たちの歌が多く、自由律だった。
・漢詩が五言絶句、七言絶句などと、五文字や七文字で書かれているので、それにとらわれて、五七調・七五調が尊重され、それが延々と千年以上つづいた。
・五七調は哀調を帯びている。だから、どの歌も悲しく、寂しい歌になってしまう。
・思いを口語で表現するようになってから、まだ100年あまりしかたっていない。
・五行歌によって、思いのままを自由に歌にすることができるようになった。
・悲しい歌であっても、それに共感し、自殺を思いとどまった人もいる。
・思いを表現するとすっきりし、ストレスが解消され、健康になってゆく人が多い。
実作練習に入って、参加者が一首ずつ歌をつくり、それに焔太先生が講評を加えられた。うまい歌、楽しい歌、悲しい歌などがあったが、それぞれの歌にその人柄が出ているようで面白かった。京子の歌と私の歌はこんな風だ。ほとんど即詠である。
「うまい!」 京子
その一言で
むくわれる
一時間かかった
梅味噌づくり
毎朝 ripple
仏壇に手を合わせ
無数のご先祖様の
笑顔を見て
一日が始まる
他の人の五行歌も味のある歌が多かった。すこし紹介しよう。
本命の長男は まもる
音沙汰なし
大穴の二男から
芋焼酎
父の日に届いた
ご近所の しおん
強面のおじいちゃんが
孫と歌ってるキラキラ星
夕暮れと共に
優しく舞い込む
ごめんね 泰子
つらいよね
オムツ交換
寝たふりをして
あなたは受け入れる
なきがら 圭子
なりし愛娘の唇に
我れ
万感を込め
紅を引く
その後、「三色菫」で茶話会を開き、いろんな人と歓談した。きょうは、とてもいい気をめぐらすことができて幸せだった。
おととい撮ったヤマアジサイの写真を追加しよう。いずれも鎌倉は長谷の光則寺で撮影したものである。ヤマアジサイは本当にかわいい。
小振りの
ヤマアジサイは
どれを見ても
小憎らしいほど
かわいい
東雲(しののめ)
藍姫七変化
浜美人
ももいろ
普賢の華(ふげんのはな)
胡蝶の舞
ティアラ
瀬戸の月
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ひとは間違える
自分も間違える
おたがいさま
という心が
大切なのだ
なにごとも
自分自身が
体験したことだけが
真実となり
拠り所となる
まわりに
一人や二人はいる
嫌なやつ
自分がその一人である
可能性もなくはない
夕暮れの空は
神様のキャンバス
色も多彩だが
筆づかいも鮮やかだ
しかも変化してゆく
ー『五行歌』誌、6月号ー
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かわしんの前に、ツツジの花壇がある。そこを通るとき赤い丸いものが見えた、近寄ってみるとグミの実である。毎日ここを通っているのにグミの木があるとは気がつかなかった。もっとも、ここは露店の花屋さんが出る場所なので無理もないか。ネットで調べてみると、どうやらナツグミという種類らしい。
うちにもタワラグミがあったが、あまり実がつかないし、太い棘があって剪定しにくいので処分してしまった。もともと野鳥が糞を落とし、そこから生えたものだろう。花は地味で、たしか白い小さなラッパ状をしていたと思う。雨が降っているので味見するのを忘れたが、子供の頃はよくグミを食べたものだ。この赤い色がいろんな記憶を呼び覚ます。
ユスラウメ
グミにクワ
ちょっと失敬して
夏を走った
少年時代
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いま咲いてるのがサツキです
ツツジより葉が濃くて小さくて
産毛がみたいのが生えています
ついこのあいだ知ったことを
自慢そうに話す私が恥ずかしい
雨に誘われて
色づき始めた
あじさいの花
今年もまた
よろしく頼むね
| コメント (3)
ひさしぶりに、「よみうり五行歌」に入選した。だいたい毎週投稿しているのだが、このところずっと拾ってもらえなかった。また今回もダメだろうと思っていたところ、予想に反して入選したのでとくに嬉しい。
投稿歌には、自信のある歌もあるし、最初からこれはダメだなと思う歌もある。自信のある歌が入選しなかった場合は、選者と意見が合わなかったのだなと思うことにしている。もちろん、他の人のすぐれた歌があるので、すなおに納得せざるをえない場合も多い。とにかく五行歌づくりは楽しい。カルガモを詠んだ歌がもうすこしあるので、それを載せておこう。
母親に付き従う
九羽のヒナが
かわいくて
かわいくて
ひたすら後を追う
ちょこまか動く
九羽のヒナたちを
優しく気遣う
カルガモの母親
たいへんだねえ
すばしっこい奴
のろまな奴
すでに個性的な
九羽のヒナたち
カルガモの母はえらい
| コメント (4)
チェリーセージ ”ホットリップス”
庭のセージが満開だ。始めは真っ赤だったのがだんだん白が入り、いまは全部この色になった。なんともかわいい花である。
禁断の唇に
触れてみたい
そんな
気持ちにさせる
”ホットリップス”
| コメント (2)
青色申告会の会報に「なかま」という欄があって、そこに「ベーグルカンパニー」というお店が紹介されていた。ベーグルがピンとこなかったが、京子が「ほら、あのもっちりしたパンよ」という。きのう枡形神社に行った帰りに寄ってみた。セサミ、サラミチーズ、シナモンレーズンを買い、おやつに食べてみたが、これがうまい。ずっしりと重みがあり、もっちりとした歯ごたえのあるパンだ。牛乳やバターを使っていないのでヘルシーでもある。
焼きたてのベーグルが並ぶ
きょうの昼休みにタネ屋さんに行った帰り、また「ベーグルカンパニー」に寄って、ダブルチョコ、チョコバナナ、オレンジと、菓子パン風のものを買った。これもいいが、わたしはやはり、オーソドックスなベーグルのほうが好きだな。
立て看板、右は旧登戸病院へ向かう道
ちょっと分かりづらいが、五反田川を渡って旧登戸病院に行く道をすこし行き、すぐ左に曲がって坂道を下ると、右側に「ベーグルカンパニー」がある。曲がり角に、BAGEL COMPANY と小さな看板が立っている。土日祝日は休み。
「ベーグルカンパニー」は坂の下にある
ずっしり重く
もっちりした食感
なぜか懐かしい味
ベーグル
くせになりそう
| コメント (3)
黄色のオキザリス
花びらの付け根が赤い
芸が細かいね
マクロ写真を見て
ひとり呟いた
花が終わったあと
かたばみの莢に触れると
種がパッと弾けとぶ
子供のころ
これでよく遊んだものだ
| コメント (3)
あれこれ
思い悩むより
野の花のように
無心に
生きればいいのだ
鳥のさえずり
花の香り
小さな幸せを
見つけてゆけば
それが至福になる
髪はたまに切る
髭は毎朝剃る
眉はそのまんま
当たり前だけど
不思議なことだ
呼吸ができる
ものが食べられる
おしっこが出る
ありがたいことは
山ほどある
| コメント (6)
天才も
バカも
凡人も
生きて死ぬ
可もなく不可もなく
万物は
同じ宇宙エネルギー
からできている
なのに
私は私であろうとする
親は大切
子は宝
誰にもあった
いるだけで
喜ばれる日々
受け容れる
ということを
実行できれば
平和への道は
遠くない
| コメント (4)
かわしんの東側のマンション、ハイデンスの駐車場の階段に黄色い花が咲いている。遠目には、ヤマブキのようにも見えるし、蔓バラのようにも見える。そこで、けさ小雨が降っていたが、近寄って写真を撮ってきた。そばに行くと、なかなかいい香りがする。インターネットの図鑑で調べてみると、カロライナ・ジャスミンという花だそうだ。ジャスミンとは関係がないが、米国カロライナ州原産のジャスミンのような香りのする花というので、そう名づけられたらしい。
カロライナ (or カロライン)・ジャスミン
殺風景な階段に
香りのよい
黄色い花を
這わせた人
やってくれるじゃん
| コメント (5)
素粒子の向こうは
無の世界
愛の世界
無が有をつくる
南無阿弥陀仏
自然の作るものは
ひとつとして
同じものがない
それらがすべて
傑作ぞろいときた
ひとつの言葉が
刃にもなれば
宝石にもなる
受け手の
こころ次第で
汽車の絵を描いて
褒められたから
何枚も何枚も描く
褒めることは
育てることである
| コメント (2)
大江健三郎がノーベル文学賞をとったとき、受賞者の演説が行われたが、そのタイトルが、たしか「あいまいな日本」だったと思う。英語では Ambiguous Japan だ。曖昧というのは明確でないという意味だから、あまりよくないことである。しかし、見方を変えればそうとばかりはいえないように思う。
日本人は
曖昧なところがある
その曖昧さが
醸し出す
魅力もある
日本人は
曖昧だといわれるが
なんでも
白黒をつければいい
というものではない
和を以って
貴しと為す
というのも
けっこう
曖昧である
神前結婚
クリスマス
仏式葬儀
曖昧であって
融通無碍でもある
| コメント (5)
五行歌誌3月号への投稿歌。3首目が佳作入選。
湯たんぽの
残り湯で
顔を洗う
寒い朝の
ちいさな幸せ
枯れた
石蕗の花 (石蕗:つわぶき)
一仕事終え
至極
満足そう
寡黙な男の
一言は雄弁で
饒舌な人の
何倍も
説得力がある
食道がん
と告知された友
淡々と
身辺整理をしなくちゃ
と呟く
つぎの歌は「よみうり五行歌」に投稿してボツになったもの。
自分ではなかなかよくできた作品だなと思ったのだけれど。
女らしさ
男らしさ
その
らしさがいい
雛人形
| コメント (2)
素粒子の向こうは
無である
ブッダは
これを
自分のからだで体感した
自然の作るものは
ひとつとして
同じものがない
それがすべて
傑作ぞろいときた
受け容れる
ということを
実行できれば
いさかいは
解けるものだ
天才も
バカも
凡人も
生きて死ぬ
可もなく不可もなく
同じような
くしゃみを
耳にして
おお、君も
花粉症か
| コメント (2)
千葉の美伊奈栖さん主催の「花笑みメール歌会」に参加した。お題は雪。先日、結果が届いたが、わたしの歌はもう一人の人と同点で二席をいただいた。ここに歌と講評を載せておく。
雪の夜
寒さを
口実にして
ふたり
抱き合う
【歌評抜粋】
・リアル感のある歌、個人的には4行目と5行目を入れ替えたほうが、
やわらかくなるかなって思いました。
・デート中、自然に抱き合ってしまったふたり、そんなふたりを折からの雪が
ふんわりぼかしてくれる。恋するふたりはいつも一緒ですよね。
・これは夫婦でしょうか、今はあまり抱き合わない夫婦で、寒い日に
抱き合って、お互いの体温でからだを温めている、そんな光景。
パッと頭に浮かんだのを歌にしたもので推敲が足らない感じがするけれど、分かりやすいのがいいと自分では思った。一席は、花笑み歌会の主宰の美伊奈栖さんで、すてきな恋歌を披露した。恋の歌を作らせたら、この人の右に出る者はない。
窓に
吹き寄せる雪
指で追いかける
ガラス一枚
あなたに渡れない
このあいだも、こんな歌が「恋の五行歌展」の秀作に選ばれていた。
気球が二つくっついて空に上がろうとする写真に添えられた歌だ。
あなたに
飛んで
キスしたまま
上昇気流に
乗る
美伊奈栖さんへの返歌として、以前、こんな歌を作ったことがある。
これは三日月を見て作ったものだ。まだまだ修行が足りない。
今夜の月は
ヴィーナスに
導かれて
夜空をすべる
ゴンドラ
| コメント (4)
ものが豊かになった
時代だなあと
つくづく思う
それでも幸福感が弱い
人間の欲が深いのだ
ふつうだと
思っていることが
奇跡ばかりだ
と気づいて
たじろぐ
疎抜きのかぶらたち
発育盛りをごめん
美味しく食べるから
わたしの中で
もう一度生きて
電車が着くたび
向ヶ丘遊園
向ヶ丘遊園
とアナウンスが流れる
遊園地はもうない
| コメント (5)
寒さに耐え
けなげに咲く
水仙の
ふくよかな
かほり
枯れた
石蕗の花
一仕事終え
至極
満足そう
石蕗:つわぶき
よみうり五行歌に応募したけれど、みごと落選した歌。
上は妻の、下はわたしの五行歌。(^-^)
| コメント (5)

legwarmer
いきなり足の写真などを出して恐縮だが、 これはわたしの左足である。底冷えする日が続くので、数日前にレッグウォーマを買ってきて履いている。タイツの上にかぶせているが、とにかく暖かい。柄が派手だが、ズボンの裾を下げれば見えなくなるから問題ではない。
エアコンの暖房で部屋は暖かくなるが、天井が高いのでどうしても熱が上にたまり、足もとが冷える。人工の暖房は熱が上下に分離してしまうのだ。サーキュレーターもあるが音がちょっとうるさいし、足もとが狭くなるので使っていない。最初は京子がレッグウォーマを使い始めた。そうしたら調子がいいので、わたしも使うことにしたのである。
病の大半は
冷えと疲労
が背景にある
大切なのは
保温と休養
| コメント (4)
開業以来つかっていたブラインドの紐が擦り切れた。暮れに「インテリア宮前」に修理を頼んだが、新しいのを付けた方が早いという。今日その取り付けをした。業者は30年近く持ったことに感心していたが、複雑な構造ではないので無理をしなければ長く使えるものだ。ブラインドが新しくなると部屋まで新しくなったように思える。
工事の前に、ブラインドまわりや机や本棚のまわりを掃除した。また仕事がしやすいように大きなものを移動した。工事が終わってからも掃除をした。
そのうち、ガスのファンヒータが止ってしまった。マニュアルで点滅信号を調べると、不完全燃焼かフィルタのつまりとある。ところがフィルタを掃除しても点滅が止まらない。これも10年以上使っているから寿命かもしれない。あしたは雪が降るというから、エアコンだけでは寒いかもしれない。ま、なんとかなるだろう。
形あるものは
壊れる
他人事のように言うが
自分自身も
例外ではない
| コメント (3)
久しぶりに私の五行歌が新聞に載った。あまり自信がなかったので「特選」とは驚いた。最初の三行は決まっていたが、あとがなかなかできなかった。この歌に決める前は、こんなのもつくった。
湯たんぽの
残り湯で
顔を洗う
やわらくて
温もりいっぱい
湯たんぽの
残り湯で
顔を洗う
なんと優しい
温かさなのだろう
湯たんぽの
残り湯で
顔を洗う
寒い朝の
小さな幸せ
| コメント (7)
去年の11月ごろに買ったミニシクラメンが、まだ元気に咲いている。蕾が次から次へと上がってきて、真っ赤な花を咲かせてくれる。シクラメンという花は下向きに咲き、花びらを反らせるようにして上にまとめていく。西洋名ではブタクサなどとも呼ぶそうだが、和名は「かがりびばな」だ。篝火の炎のように見えるからだが、なかなかお洒落な名前ではないか。このごろは色も種類が増え、ちりめんもあれば八重もある。このミニシクラメンなんか外の寒さにも強いし、部屋の暖房にも負けない。
強いといえば、きょう夕方みえた患者さんは肩こりがひどかったが、お正月休みを利用して一人でモロッコを旅してきたという。あのカサブランカやマラケシで有名なところだが、広い砂漠の、しかもイスラム教の国である。バックパックを背負って、かたことの英語とフランス語で、あちこち旅をしてきたという。おとなしそうに見えるが、やることがでかい。最近の女性はいろんな意味で強くなった。男性が弱くなったのかもしれない。世の中、人間が中性化していく傾向があるようだ。
うつむいてはいるが
人目を気にすることもなく
ひたすら自分を
咲ききろうとする
健気なシクラメン
| コメント (3)
観察力がつき
小さなことにも感動し
よく考えるようになり
毎日が豊かになった
五行歌のおかげ
寒い夜は
熱燗もいいが
ほんものの
人肌が
もっといい
愛することで
歓びも味わえば
哀しみも味わう
恋は
心を豊かにする
なければ
なくてもいい
そんなもので
世の中は
いっぱいだ
| コメント (4)
朝はかなり寒く、庭には厚い霜柱が立っていた。先日雨が降ったおかげで、地面に水分が多かったせいもあるだろう。みごとな氷柱が小石を持ち上げていた。それが朝日を受けて輝いている、
寒気に
力をもらって
ぐいっと
背伸びをする
氷柱群
| コメント (3)
けさは比較的あたたかかった。週末は天気が荒れるというので、第六天神の注連縄や、門松、自転車と自動車にお飾りをつけた。29日は苦しむの「く」がつくからだめ、31日は一夜飾りになるからだめ。そうなると、お飾りをつける日は28日と30日ぐらいしかないのである。車飾りをつけて通勤してきたが、お飾りを付けた車には一台も遇わなかった。もっとも最近は、正月になってもお飾りを付けた車は少ない。すべてに神様の力が働いているのに。ものが豊かになったぶん、無信心の人が増えているのだろう。
パッソに付けた正月飾り
ものが豊かになった
時代だなあと
つくづく思う
それでも幸福感が薄い
人間の欲が深いのだ
| コメント (5)
食道がん
と告知された友
淡々と
身辺整理をしなくちゃ
と呟く
死は誰にでも
やってくる
だが
本当にやってきたら
どうなるだろう
絶対わるいこと
ばかりではない
マルセ太郎さんなんか
がんでよかったと
何度も言っていた
| コメント (7)
さくら葉の赤もいい
公孫樹の黄色もいい
それよりも
柿の紅葉がいい
やわらかな色だもの
みんな
五角形の星を
描いたりするけど
月も星も
本当は丸いんだよ
やわらかく
なびいて
風をやり過ごす
ススキのような
人生もわるくない
人生に
無駄はない
無駄があるなら
それを知ったことが
すでに有益
| コメント (4)
12月に入ったら、とたんに、あちこちでクリスマスのイルミネーションが灯り始めた。マンションの上階を一回りするような大きいものもあれば、一戸建ての庭木に飾り付けているところもある。それらが点滅するのでとても綺麗だ。雪だるまやサンタさんの人形もあって、孫のために飾っているのだろう、豊かな時代になったものだとつくづく思う。そのうちがクリスチャンであるかないかなど問題ではない。
貧乏性のわたしは、他人のことながら、電気代を心配したり、植木はだいじょうぶなのだろうか、などと気を揉んでしまう。街では星も見えないから、子供に夢を与えるにはこういう方法も仕方ないのだろうが、モンゴルやアフリカの大地で、本物の天の川を見られる子どもたちのほうが幸せではないかなどと考えてしまう。
世の中には
物があふれている
でも
本当に必要なものは
すくない
なければ
なくてもいい
そんなもので
世の中は
動いている
| コメント (5)
乗馬をやっている40代の女性が治療に来ている。二度落馬して左でん部を傷めて、ときどき左の足底にしびれが走るという。検査をすると坐骨神経痛に似た症状が出ている。鍼ででん部の痛みを取り、左骨盤の前転と、腰椎のねじれを矯正する。落馬してから時間がたっているので、腰椎のわきに温灸をする。きょうで8回目の治療をした。
初めて治療してから
どのぐらいよくなりましたか
九割ぐらいよくなりました
そうですか
それはよかった
医者も同じだろうが、治療家にとって、患者の苦しみの軽減ほど嬉しいものはない。だからまた、仕事をつづけられるのだ。
寒い朝だ。窓を開けると、畑がうっすらと白くなっている。霜が降りているのだ。きのうも寒かったが風があって霜が降りなかったようだ。タマネギのほうは霜柱が立って、植えたばかりの苗がかなり持ち上げられている。ま、11月は霜月というから、このぐらいの気候がふつうなのだろう。最近は暖かすぎる。
初霜が降りて
畑は薄化粧
冬に備えて
清めの塩が
撒かれたよう
| コメント (6)
きょうは11月20日。わたしの誕生日。それがなんと還暦を迎えることとなった。京子が朝、お赤飯を炊いてくれた。神棚、仏前、それに第六天神さまに挨拶をし、きょうまで無事過ごすことができたことを感謝した。童謡にも「村の渡しの船頭さんは、ことし60のお爺さん」とあるが、お爺さんのほうに近くなった。嬉しいような、悲しいような、ちょっと複雑な気持ちである。しかし、まあ人生の再出発と考えて、ますます前向きに生きていこう。人生、どれだけ楽しく生きたかがカギだろう。
きょう
還暦を迎えた
赤飯を供え
神仏に祈る
ただただ感謝
きょう
還暦を迎えた
若者と年寄りの
境目あたり
と思うことにしよう
寒い朝だ
風もつよい
きっと
木枯らし一号
にちがいない
掃いても
掃いても
枯れ葉が落ちる
カラカラカラっと
せせら笑うように
鼻水が
お湯のように
流れてこまる
ブタクサだろうか
秋の花粉症
けさは寒かった。北海道や東北では雪が降って、真っ白だ。
自転車にしようかと思ったが、車で来てしまった。
先週、那須・塩原に行ったが、あそこも雪らしい。
けさ自転車に乗って来たが、登戸の長念寺のあたりでいい匂いがした。「あっ、ヒイラギだ」と気づいて、自転車を止め、コンパクトカメラを取り出した。ヒイラギはモクセイの仲間なので、つよい香りを放つのだ。ここのヒイラギは大きな塀の屋根から頭を出すほどの大木だ。大木のゆえに老木であり、おおかたの葉は棘がなく丸まっている。ひこばえだけがとげを持っている。若いときはトゲトゲしく突っ張っており、歳をとると丸くなるのは人間に似ている。
長念寺の掲示板には、こんな言葉が貼ってあった。
いかにもその通りだ。世の中で本当に必要なものは少ない。
ほとんどが、無ければ無くてすむものである。もったいない時代だ。
なければ
なくてもいい
そんなもので
世の中は
いっぱいだ
| コメント (5)