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2019.10.31

むかしの五行歌

古いホームページやブログを読み返している。2001年頃からのものが残っているから、20年近い記録になる。野鳥や花、旅行や行事の写真などを見ていると、すぐ時間がたってしまう。随所に五行歌が詠みこんであるが、それを書いたときのこともよく思い出すことができる。五行歌は2003年の2月4日、「五行歌の会」のホームページに行き、翌日あたりから掲示板に投稿をはじめた。主宰のえんた先生から丁寧なレスをいただいて、とりこになっていった。

私の五行歌は、そのほとんどが毒にも薬にもならないような歌だが、それはそれで私の足跡をしめすものである。だから、自分の分身のようなところがある。どれも、その時々の自分の表れなのだ。五行歌は自由なだけに評価基準のようなものがない。それが、俳句や短歌のように広く普及しない一因になっているのかもしれない。パターンや約束事を持たず、自由に歌うのはかえって難しいのだ。

古い五行歌に
目を通して

変わった自分や
変わらない自分と
再会している

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コメント

こんばんは♪
>パターンや約束事を持たず、自由に歌うのは
かえって難しいのだ。

おっしゃる通りで、ここのところ、言葉が浮かんで来ず、
創作を休憩しています。
師匠のように、20年間、毎日のように五行歌を作り続けて
いらっしゃる姿には感服以外にはありません。

最近はテレビの影響もあって、俳句がブームですね。
私も興味を持って見ていますが、なかなか難しそうです。

投稿: うきふね | 2019.10.31 20:27

★うきふねさん、
ひっそりブログにコメントありがとうございます。
初めて五行歌にであったとき、これは爆発的に流行る
と思いましたが、そうはなりませんでした。マスコミ
がもっと取り上げてもいいと思うのに、短歌や俳句に
はとうてい及びません。だれか著名人でも始めれば
とも思いますが。

添削されて
本人の作品が
跡形もなく変えられる
俳句や短歌は
なんかおかしい

俳句や短歌は古典芸術としてはいいだろうけど、
真実が表現されることは少ないですね。そこへ行くと、
尾崎放哉の自由律俳句?なんかのほうがはるかにいい。
たとえば「咳をしても一人」なんて好きです。
嘘がないでしょう?

五行歌もほんとは五行でなくてもいいということに
なっています。ただバランス的に五行ぐらいがいい
として、五行にしているだけです。

本当の
ことは
わたしに
だけ
言う

という歌がありますが、これなど二行ぐらいでも
書けますね。やはり、これも真理を歌っています。

ま、身近な何でもないようなことを五行歌にしたい
と、私は最近思っています。

投稿: リプル | 2019.11.01 09:48

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