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2019.01.09

昔の日記

昔の日記を
読みました
こんなこと
あんなこと
ありました

昔の手紙を
読みました
恋文に
胸がまた
昂ぶります


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コメント

昔のこと
あんなこと、
こんなこと
思い出しますね。
歌になりますね^^

投稿: 秋桜 | 2019.01.12 14:24

恋文には素敵な思い出があるのですね。
若き日のときめき。
今に感じ方と違って、新鮮な思いが蘇ってくるのではありませんか?
リプルさん~恋文読みながら、タイムスリップして下さい。

投稿: まこ | 2019.01.12 18:15

★秋桜さん、
思い出のアルバムという歌がありましたね。
そのパクリみたいになりました。(^-^)

いつのことだか 思(おも)いだしてごらん
あんなことこんなこと あったでしょう
うれしかったこと おもしろかったこと
いつになっても わすれない

投稿: リプル | 2019.01.13 09:02

★まこさん、
あなたなしの人生なんてかんがえられません、
なんて書いてあって、その当時の感情がよみ
がえってきます。まこさんにもあったでしょう、
そんな頃が。切なく苦しく、そして幸せな時期
でもありました。(^-^)

投稿: リプル | 2019.01.13 09:07

他人の過去は、たまに見ることができます。
若かりし頃の あの人とか 親とか
でも、それを見ている目は いつも自分の目
つまり自分の姿は見えないんです。
写真を見て 自分の姿が他人に見えることがあります。
昔の自分の書いたものでも 
第三者として落ち着いて見ることのできるもの
幽体離脱ではないですが 自分の姿を自分の目で見てみたいですね。
自分の声も ビデオなどで聞いてみても 機械を通しているので
自分の声とは違うように聞こえます。
自分の骨を通しての自分の声ではなく
みんなが効いている自分の声を聞いてみたいです。
感情的な感想でなくって ごめんなさいね。

投稿: メーメー | 2019.01.13 10:05

★メーメーさん、
他人の振り見て吾がふりなおせ、というように、
ほんと、自分は自分が見えていないものですね。
鏡を見ても、アルバムを見ても、自分を見ている
とは言いがたいところがあります。
そう、テープとなると、えっ、これ俺の声、
なんてことになっちゃう。

私はときどき坐禅をしますが、雑念の多いことと
いったらありません。もう、自分で自分を信じられ
なくなってしまいます。

恋は「はしか」みたいなところがありますね。
おたがいに、こんな人とは思わなかったなんてね。
ま、それも含めて認め合うのがいいのでしょう。

投稿: リプル | 2019.01.15 14:39

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