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2016.03.13

「いただきます」の練習

録音しておいた文化講演会を聴いた。エッセイスト・高田都耶子(つやこ)さんの話で、タイトルは「後生大事に~父・高田 好胤の教え」。これがじつにいい。

私は中学二年のとき、修学旅行で京都と奈良に行った。川崎市内の中学校が数校合同で国鉄を借り切って行ったと思う。京都では金閣寺、龍安寺、延暦寺などを回った。旅館で騒いだことや、新京極で買い物をしたのを覚えている。

奈良は東大寺、正倉院、法隆寺、唐招提寺などを見物したが、薬師寺がいちばん記憶に残っている。それは高田好胤さんの話が面白かったからだ。古い建物の前で辻説法のような格好で、話をされていたと思う。

その好胤さんの娘だけあって、高田都耶子さんの話も面白い。お父さんが野球好きだったこと、薬師寺伽藍の再興のために百万巻の写経をあつめたこと、日本語のみだれについてなど、ユーモアを交えてテンポよく話された。

小さい頃からお巡りさんが好きで、交番に花を持っていったり、机を拭いたりしたそうだ。その縁で、いまでは警察学校で講義をしているという。「職務倫理」だったかな。そこでは「エライお巡りさんになんかならなくていいから、ええお巡りさんになってください。」と話しているそうだ。

最後に「いただきますの練習をしましょう」という。「めしを食う」ではなく、「ごはんをいただく」と言え、というのが父の教えだった。食べ物は米も野菜も、肉も魚も、もともと命あるものをいただくのだから。父は禅語の教えを縮めて、こんな言葉にした。

 よろこびと
 感謝と
 うやまいの
 心をもって
 いただきます

これを会場の人たちに、大きな声を出して三度ほど繰り返してもらう。これが「いただきますの練習」だった。私もゆっくり大きな声を出して三唱した。そうしたら、声を出しているうちに不意に涙が出てきた。しばらく、その涙が止まらなかった。

https://www.youtube.com/watch?v=08Wisjk6gdw


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コメント

遠い昔の話ですが 私の父がいつも言ってました。
「なんでも、自分が 自分が!って考えたらあかん 『させていただく』んや」って。
あるところへ「行く」というと 「行かせていただく」
行けん人もおるんやからなぁ〜って。
「食べる」は「食べさしていただく」「食べさせてもらえる」
なんでも自分中心でなく させていただける事に感謝せんとあかん!って。
めんどくさい父ちゃんや!って 思ってましたが 今となっては その通りだと解ります。

投稿: メーメー | 2016.03.14 12:01

★メーメーさん、
コメントありがとうございます。
毎日同じことを繰り返しているとありがたさを
忘れてしまいますね。水も食べ物も空気も、
それらがなければ私たちはすぐ死んでしまうのに。
震災があって5年、なんでもないことがどれほど
ありがたいか思い出したばかりですね。

投稿: リプル | 2016.03.14 18:37

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