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2014.09.30

金木犀

  浮気した?
  エッ
  匂うわよ
  何が?
  キンモクセイ

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2014.09.29

森山良子・堀内孝雄ジョイントコンサート

月曜日は東京フォーラムに行き、森山良子と堀内孝雄のジョイントコンサートを楽しんだ。私と同世代の二人なので、ぜひ聴いてみたかったから。パフや500マイルなど、懐かしいフォークソングを二人のギターだけで聴かせるところなど、学生時代に帰らせてくれた。愛しき日々、禁じられた恋などもいい。が、やはり圧巻は「サトウキビ畑」だろう。

以前、渋谷の文化村オーチャードホールで森山良子のこの歌を聴いたとき、はからずも涙を流した覚えがある。「ざわわざわわ~」は、それだけ強烈だったのだ。何千回「サトウキビ畑」を歌っていることだろう。そのたびに心を込めて丁寧に歌い上げるところはさすがにプロ。若い人の軽い歌とは格がちがう。

こころ動かす歌
軽めのトーク
たくさんの人を
喜ばせる仕事って
いいなあ

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2014.09.28

お不動様の護摩

Goma1

28日は、お不動様の護摩があり、その当番に当たっているので大変だった。前もって注文をとっておいたお札に金色の帯をかけたり、交通安全のお札をたたんでケースに入れたり、お供え物をそろえたり、けっこういろいろやることがあって忙しい。

午後1時から護摩法要が始まる。お札を護摩の炎にあぶり、お不動様の力をお札にいただく。護摩のあとは、それぞれの人が自分のからだに煙を受ける。それから直会(なおらい)だ。前日の御嶽山の噴火ではだいぶ犠牲者が出たらしく、そんなことが話題になった。梨売りのほうは大かた終わったらしい。

天気に恵まれてよかった。後片付けをして、お札を配り、それから集計作業をした。護摩当番は、まだ暮れの大晦日と1月の護摩の仕事が残っているが、9月の護摩を無事終えたのでホッとした。

お不動様に
守られて
大過なく暮らせる
そう思えることが
ありがたい

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木曽の御嶽山が噴火

27日土曜日、お昼ごろ、とつぜん御嶽山が噴火した。紅葉を見に行った人たちがお昼を食べようとしている頃、惨事が起きた。まったく世の中、何が起こるか分からない。

秋晴れ
行楽日和が
暗転して
火山灰の
闇と化した

噴石の
直撃を受けたり
窒息したり
50名あまりの人が
安否不明らしい

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2014.09.27

銀杏(ギンナン)

道路で何か拾っている女性がいた。バーベキューなどで使う長い火鋏である。銀杏並木の下なので、「ギンナンですか?」と声を掛けると、「ええ、たくさん落ちているので拾っているのです」という。なるほど、まだ色づきは悪いが、銀杏らしき実が転がっている。上を見ると、たくさん実がなっている。「すこし早いんじゃないですか」と聞くと、「そうですね、いつもより早いと思います」。もう少ししたら、臭くて臭くて嫌でも気がつくだろう。

「いちょう」は漢字で、鴨脚樹、銀杏、公孫樹などと書く。

鴨脚樹は、葉っぱが鴨の足に似ているからで、「鴨脚」の近世中国音ヤーチャオが転訛してイチョウになったという。

銀杏は、「ギンアン」が「ギンナン」に転訛したらしく、銀色をした杏のような小さな実をつけるから。

公孫樹は、老木でないと実らず、孫の代に実る樹という意味らしい。

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2014.09.26

セアカゴケグモに注意

お彼岸でお墓参りに行ったとき、寿福寺の水場に「セアカゴケグモにご注意ください」というポスターが貼ってあるのに気が付いた。去年の10月に川崎市多摩区で発見されたという。たしか新聞で読んでいたと思うが、すっかり忘れていた。

セアカゴケグモは外来種のクモで、日本では1995年に初めて大阪で見つかり、この20年足らずの間に35府県に広まったという。毒があるメスの体長は1センチほどで、全体的に黒く背中に赤い帯状の模様があるのが特徴である。赤い模様は小さな砂時計のような形をしているらしい。噛まれると激痛が生じ、症状が重いときは痛みが全身に広がり、頭痛や吐き気を催すことがあるという。

きのう、三鷹市の団地でも何匹か見つかったらしい。温暖化というか、熱帯化というか、気温が上がれば昔とは違った生き物がはびこるようになる。植物にしても動物にしても外来種はしぶといやつが多い。

話は変わるが、経済界では労働力が不足しているので、もっと外国人労働者を入れようという考えが主流だが、どうだろう。一般的に言って、中国や韓国の人は自己主張がつよく、しぶとく、したたかである。お人好しの日本人など簡単に押し切られてしまうだろう。

労働力が少なければ少ないなりにやっていけばいいのではないだろうか。金儲けばかり優先させると取り返しのつかないことになりかねない。労働力として移民を受け入れてきたヨーロッパも、格差や福祉の問題に直面し、いま、その政策を転換しているではないか。

国際化というと
聞こえはいいが
国の持ち味が
どんどん
消えてゆく

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2014.09.25

酔芙蓉が色づかない

このところずっと涼しいので、酔芙蓉が赤くならない。天気がよく、気温が高ければ、お昼にはピンクになり3時ごろはかなり赤くなるのに、このごろはうっすらと色づくぐらいだ。まだ蕾がたくさんあるが、花を咲かせることなく散るものも多くなりそうだ。

うちの酔芙蓉は南側に松やカエデがあるのでいつも遅くさくが、もっと日当たりのいい場所に変えてやったほうがいいかもしれない。暑さ寒さも彼岸までというのに、彼岸前もずっと涼しかったしなあ。

あさ白い花が
夕べには赤くなる
それが売りの
酔芙蓉も
ことしは変

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2014.09.24

作品0031 ミニカボチャ

0031
ミニカボチャ(アクリル水彩)

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エンゼル・トランペット

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エンゼルトランペット(木立朝鮮朝顔)、ナス科

大きな花が下を向いてぶらさがるようにして咲いている。最近よく目にするエンゼルトランペットだ。白、黄色、オレンジ色それにピンクもあるらしい。ネットで調べると、キダチチョウセンアサガオとある。朝鮮朝顔といえば、花岡青洲が麻酔に使った曼荼羅華(マンダラゲ)のこと。そうなるとエンゼルなんて名前がついているが、なかなか妖しい花である。

下向きの花
エンゼルトランペット
そういう花なのだろうが
しゃんと上を向けよと
言いたくなる

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2014.09.23

きぬた(砧)

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NHK俳句 中央に砧を打つ木槌が置かれている

先日のNHK俳句の兼題は「砧」だった。

砧(きぬた)は衣板(きぬいた)が短縮された言葉で、槌(つち)で布を打ち、やわらげ、つやを出すのに用いる木または石の台、また、それを打つこと、と辞書にある。女の秋冬の夜なべ仕事とされた、ともある。

砧を打つという言葉は知っていたが、実際どういうものをいうのか分からなかった。石偏がついているから、本来は石の台だったのだろう。右側のつくりの占は「占める、占う」という字だが、一か所に決めるという意味らしい。

占の口は場所を示し、卜(うらない)との会意文字で、うらないで場所を決めるということ。それが占めるとなり、占領と占拠などに使われるようになったそうだ。砧を一か所に決めて置いておき、作業をしたのだろう。

布を叩いたのは記憶にないが、私が子供のころ、農家では稲藁(わら)を木槌で叩いてやわらかくし、いろんなものを作っていた。縄、筵(むしろ)、俵(たわら)、雨除けの蓑(みの)、おひつ入れ、藁人形など。どの場合も、ワラをやわらかく丈夫にするため木槌で叩く必要があったのだ。そういう場合、俳句では藁砧(わらきぬた)という言葉を使うらしい。

   唇に黒髪かみて砧打つ  服部逸子

   嫁姑少し離れて藁砧    引地こうじ

最近は稲刈りも機械化され、稲を刈りながら脱穀し、藁は粉々にして堆肥にしてしまう。稲架(はざ)掛けを組んで天日干しをする光景も見られなくなった。縄も俵も蓑もビニールやプラスチックになってしまった。砧という言葉もほとんど死語である。

なんでも
便利になる
とてつもない
宝を
失いながら

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2014.09.22

マー君、神の子

Markun5回1/3を5安打1失点
4奪三振無四球と好投

マー君
復帰して
勝つ
よかった
よかった

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秋の墓参

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すじ雲

天高く
すじ雲走り
百舌が鳴く
今年もまた
曼珠沙華

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2014.09.21

ゼラニウム

花びらが
大きくて
オキザリス
のような
ゼラニウム

ゼラニウム
といえば
朱色という
時代は
過ぎたよう

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2014.09.20

スコットランドの選挙

スコットランドの
独立を問う選挙
民主的で
血を流さなかったのを
誇りにしてよい

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2014.09.19

女は用心深い

先週の「世界一受けたい授業」で、横浜市大の中野信子先生が、男女の脳の特長について話していた。

まず、女性は男性より記憶力がいいそうだ。これは女性の場合、感情をつかさどる偏桃体と記憶をつかさどる海馬の結びつきが強く、エピソード記憶が得意だからだという。女性は人間関係などにやたら詳しかったり、記念日もよく覚えている。男性はこれが苦手である。

それから、女性は男性より言語野が発達しているようだ。とくに言語コミュニケーションをつかさどる上側頭回が男性より大きくて、おしゃべりが好きである。子供のころから、女の子のほうがませているし、嘘も覚える。

好んで貯金をするのも女性らしい。家計をやりくりしたり、子育てをするには、細かな気配りが必要だからかもしれない。そこへいくと、だいたい男は大ざっぱである。

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脳内にはセロトニンという物質があり、それが安心感を高めるという。そのセロトニンの量が、男性に比べて女性では少ないそうだ。だから女性はいつも不安になりがちで、将来にそなえて貯金をするのだ。

恋愛をしていても、女性は「ふられるかもしれない」と最悪のことまで考えているので、それほどショックは受けないようだ。これが男だと、そういう心の準備をしていないので、ショックが大きく、落ち込みがはげしい。

男のほうが落雷に遭いやすいそうだ。雷が鳴ると、女性は不安になり用心するが、男性は楽観的なので、平気で外にいて雷に打たれてしまうという。

車を運転しているとき、前を行く車の運転手が女性の場合、だいたい見当がつく。交通ルールをきちんと守っているというか、思い切りがないからだ。車の流れなど関係なく、ゆっくり走っていることも多い。ま、これだと無理な運転をしないから、大きな事故を起こすことは少ないだろう。

もともと、男は外に出て狩りをして獲物をとってくるという役目がある。女は家を守り、子供を育てるという役目がある。その辺から、男女の脳の働きが違ってきたのかもしれない。

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2014.09.18

ムラサキシキブ

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ムラサキシキブ

散歩すると
あちこちに
秋が見つかる
ほら
紫式部が

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2014.09.17

しんゆり歌会(9月)

               
マリオネットの            中川宣義(一席)
演じ終えた
形をして
男が寝入っている
最終電車

              
肌がけの               とし子(二席)
たよりなさに
身をよじる
忍びこむ冷気
明けガラス鳴く

うなぎはしっぽが          京子(三席)
おいしいんだって
いつも私は
おいしいところを
食べていたんだ

踏切で                ripple(四席)
電車が通り終わるのを
待っている
枕木が
ホワンホワン沈む

かけ声そろえ            岩重美江
地響きたてて
走る少年の一団
目的達成し
大きな星になれ

弟妹に 親に 夫に         浅井淑子
つくし続けた長姉
病んで
初めて見せる
幼子の面ざし

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2014.09.16

鏡を見ると

鏡を見ると
おどけたり
気取ったりしてしまう
真実を受け入れのが
怖いのだろうか

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反るとらくなら反らせる

ギックリ腰をやって一週間あまり経ち、だいぶらくになった。毎日のように京子に針を打ってもらい、灸をすえた。そのほか自分でカウンターストレイン技法を使って治療してみた。

痛みが腰を反らせるとらくになるので、腰椎が仙骨の上で後屈していることが分かる。腰の一点に激痛が来たことからも後屈だと判断できる。前屈変位の場合は、前に曲げたほうがらくになるし、痛みが漠然として特定しにくい。

腰を反らせるには、腕立て伏せの姿勢をとるといい。事実、その姿勢をとると痛みがなくなる。圧痛点の圧痛も消える。ただ、この姿勢から元に戻るとき腰部の筋肉が緊張してしまうのでカウンターストレインの効きが弱まるのだ。できれば脱力した状態を保てるほうがいい。

仰向けになって腰を反らせる方法もいい。腰の下にクッションを敷いて反らせると、やはり痛みが軽くなる。rただ、もっと効果的にやる方法がある。それはベッドの下方に腰をかけて、下肢をベッドからぶら下げるようにして仰向けになる方法である。これだと戻るときに腰の筋肉が緊張しないので、カウンターストレインがよく効く。

痛みを取るには鍼灸がよく効く。しかし、腰の関節の変位を治すとなるとカウンターストレインがいい。私がやったこの「仰向け足ぶら下げ」療法は理想的な後屈姿勢がとれる。こんど後屈の患者さんが来たら試してみようと思う。

反るとらくなら
反らせればいい
からだに
どうして欲しいか
聴くことが大事

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2014.09.15

天神社のお祭り

9月の第2日曜日は枡形神社のお祭り。お昼ごろ神社に行ったら、女坂から御神輿が降りてきた。子供神輿を天神社から神酒所に移動しているところかもしれない。さいわい、天気があがり、それほど強烈な暑さでないのがいい。

天神社の境内は、午後1時半から始まる演芸の準備や、売店が並んでけっこう賑やかだった。焼そばと焼き鳥を買って食べる。

エコ座というテントがあって、紙芝居でエコの啓蒙活動をしているらしい。紙芝居をやるのは91歳の男性。その方と話したが、戦争に行って、シベリアに抑留され、復員してからはレッドパージに遭い就職もできなくて苦労したという。それから日活に入って俳優業をやり、今は世の中のためにとエコロジー運動に参加しているということだ。頭が下がる。

まだ腰の調子が万全ではないので、午後の催し物は見ないで帰った。今年は神社総代の小川聖子さんも歌を披露するという。専修大学のジャズバンド、地元のおやじバンド、菅の祭囃子、長尾子供太鼓など、出し物は多い。異常気象とはいえ、この地域は大過なく過ごさせてもらっている。これも氏神様のおかげと思う。

なんでも
いいほうに
解釈する
それも
生きる知恵

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2014.09.14

今の子は足が長い

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日曜日は
塾通いかな
それにしても
君たち
足が長いね

米と芋で
育った
おじさんは
呆れるほど
短足だよ

でもね
胴が短いのも
コンプレックスだって
栄養コンサルタントの
エリカさん

たしかに
振袖なんか
足が長いと
バランスが
わるいね

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2014.09.13

モズも面喰う

Mozu
モズ(百舌、百舌鳥、鵙)

あさ、チョンチョンチョンとやや大きめの澄んだ声、それから天を引き裂くようにキーキッキッキッキッと高鳴きが始まる。モズである。ことしはすでに7月にも8月にも聞いているが、9月に入ってからはさすがに高鳴きっぽくなっている。縄張りを宣言しているのだろう。ここのところ涼しいので完全に秋が来たと思っているらしい。もっくん(われわれのモズの愛称)も異常気象に振り回されているようだ。

北のほうのモズは南に渡るものもあるが、多くは留鳥らしい。夏の暑いときは山に入り、涼しくなると里山に姿を見せるようになる。かっこいい鳥だ。

今年は
モズの高鳴きが
早い
この陽気じゃ
無理もない

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2014.09.12

剣岳(つるぎだけ)

Tsurugi

録画しておいた映画『剣岳』を見た。二度目になるが、じつに感動的な映画である。地図を作るために剣岳周辺の山に三角点を立てる男たちのドラマが淡々と綴られていく。知的な浅野忠信、山男香川照之のコントラストがいい。なにより自然の景観がすばらしい。雲海、日没、あらし、紅葉、雪原、氷河、雪崩、岩場など。

明治時代なので、登山装備もあまりなく、足袋に草鞋といいういでたちで残雪の山を登る。たとえ装備があっても難しいだろう。俳優さんたちも大変だが、撮影機材を担ぎ上げて登るスタッフも想像以上に苦労したことだろう。こんど、「映画『剣岳』のメーキング」のほうも見てみたいと思う。

三時間の長編
『剣岳』を見て
再認識する
自然の大きさ
人間の小ささ

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2014.09.11

確信犯って?

どこかのテレビで、確信犯という言葉を取り上げていた。
確信犯の意味はつぎのどちらか?

 A 自分のやっていることは正しいと確信してやる犯罪

 B 自分のやっていることは間違っていると確信してやる犯罪

わたしはてっきりBだと思ったが、Aが正解だった。自分の思い違いに唖然とした。たしかに「間違っていると確信する」というのはちょっとおかしい。しかし誤用されることも多いらしい。「情けは人のためならず」の類といっしょだ。

辞書を引くと、確信犯はこういう書いてある。

 自己の信念に基づき正当な行為と信じて行う犯罪
 〔特に、宗教的・政治的な義務感・使命感に基づくものを指す〕
                          ー新明解国語辞典第5版ー

これによると、イスラム原理主義者がジハード(聖戦)を掲げて自爆テロを行うなんていうのが確信犯というところだろう。ただBの意味で使う人も多く、辞書によっては二つの意味を挙げているものもあるらしい。

原発を
推進してきた
連中は
どっちの
確信犯だろう

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2014.09.10

ぎっくり腰

日曜の午後、草取りをしていて、ぎっくり腰をやった。長時間しゃがんだり、中腰になっていたところ、急に立とうとしてギクッと来た。俗に「魔女の一撃」というが、ほんとうに槍を突き刺されたような痛みだった。

カウンターストレインの原理にしたがって、痛みが消えるような姿勢をさがして休むと少しらくになった。だが、月曜になっても火曜になっても痛みが取れない。京子に鍼や灸をしてもらうと楽になるが、いまいちすっきりしない。きょうは一日横になっていた。患者さんの痛みが分かるから、こういうのはいい体験になる。

ひさしぶりの
ぎっくり腰
からだに
どうして欲しいかを
よく聴く

自分で
痛みを体験する
これほど
格好の
実験材料はない

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2014.09.09

錦織選手やぶれる

錦織選手やぶれる
それにしても
相手の
クロアチア選手の
でっかいこと

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お釈迦さま

生き方を
やさしく説いた
お釈迦さま
膨大な経典を見たら
どう思うだろう

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2014.09.08

登戸神社の秋祭り

日曜日、午後3時ごろ、雨が上がったので自転車で登戸神社のお祭りに行った。この土地で治療をさせてもらっているので、そのお礼である。雨が降っていたせいか、お参りの人は少なく、お店の人も手持ちぶさたのようだった。ここのお祭りは9月の第一日曜なので猛暑のときが多く、焼き鳥やお好み焼きやさんが熱中症にならないか心配になるが、今年は雨模様で、涼しい。わたしも長袖を着て行ったぐらいだ。

来週は、うちのほうの枡形神社のお祭りだ。外の行事は天気しだいなので晴れてほしい。そういえばデング熱が拡がっており、代々木公園だけでなく新宿中央公園や新宿御苑まで立入禁止になっている。秋はいろんな催し物が計画されているだろうから、あれこれ予定が狂ってしまうな。

お祭りに
水を差すのは

放射能
デング熱

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2014.09.07

錦織圭、全米テニス決勝へ

Nisi
セルビアのジョコビッチを破って決勝へ

攻めて
守って
一球一球に
魂を込める
錦織選手

同じ錦織も
にしこり
に霞む
にしごり
にしきおり

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2014.09.06

17年ゼミ

セミの一生について、われわれは大ざっぱに「地中7年、地上7日」などと言っている。だから「八日目の蝉」などというドラマができるわけだが、実際はそうでもないらしい。きのうの「夕刊フジ」で生物学者の池田清彦さんが書いている。

セミは長いあいだ地中にいて、地上に出てきて長くて1か月弱で死んでしまうが、地中にいる時間も種によりさまざまなようで、ツクツクボウシは1~2年とセミの中では最短なようで、ミンミンゼミ、クマゼミ、アブラゼミは2~4年で、ニイニイゼミが一番長くて4~5年と言われている。(中略)

北アメリカにいる素数(周期)ゼミは、同じ場所では13年あるいは17年に一度しか出現しない不思議なセミで、その間は全く発生しない。しかし発生年に出てくるセミの数は膨大で、2013年にアメリカ東部で発生した17年ゼミの総数は70億匹に達したという。同じ場所ではほとんどのセミは同じ日に発生し、その数はものすごく、1本の木に数万匹のセミが止まっている程だ。鳴き声もすさまじく、住民の中には発生時だけ他所に避難する人もいる。

なんで同時にたくさん出るかについての最も有力な仮説は満腹戦略である。捕食者の鳥は17年に一度の大発生を予測できないため、大量に発生しても捕食できる数は限られている。このセミはまったく逃げないが、鳥はすぐ満腹になってしまい、食われなかった大量のセミは交尾をして卵を遺して死んでしまうというわけだ。

17locust_2
17年ゼミ

1970年の夏、私はアメリカのインディアナ州にいたが、そのときこの17年ゼミに出くわした。知人とピクニックに行ったのだが、森がゴーゴー鳴っている。なにか工事をやっているのだろうと思ったら、このセミが大発生しているところだった。森にはおびただしいセミの抜け殻が転がっていた、というより地面に敷き詰められていた。インディアナでは 17year locust と呼んでいた。1970年の次は1987年、それから2004年、そして2021年だ。自然界にはまったく不思議なやつがいる。

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2014.09.05

ヤブラン(藪蘭)

生田緑地の菖蒲園のまわりに、ヤブランが咲いている。ミズヒキも咲いているが、そっちのほうはコンパクトカメラでは写りにくいので、ヤブランだけ載せる。寿福寺には葉が斑入りのものがあるが、こちらは地味な葉だ。

藪に咲くから
ヤブランとは
いかにも軽い
春蘭に対して
秋蘭ではどうだろう

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2014.09.04

ripple (リプル)

掲示板やブログ、あるいはいろんな登録で、ripple というハンドルネームを使っている。もう10年以上rippleで通している。rippleとは「さざなみ」という意味で、ripplesと複数形で使われることが多い。五行歌の会では、ほとんどの人が日本語の筆名を使っているから、私もそうしようと思うのだが、なかなか思い切れない。

なぜrippleという名前にしたかというと、瞑想で体験した「さざなみ」のような感覚が忘れがたかったからである。20年以上も前のことだが、ドイツ人の友人に紹介されて、ヴィパッサナー瞑想の10日間コースに参加した。1日10時間から12時間ほど瞑想する。食事は朝と昼だけ、会話は禁止。お尻が痛い、足が痛い、眠い、妄想がわく。どうなるかと思ったが、あんがい慣れてしまうものである。奉仕を含めて8回ほど瞑想コースに参加した。

瞑想を深めていくといろんなことが起こるが、私がかならず体験したことがある。それは、からだ全体が静電気の膜のようなものに包まれ、ジーンと軽くしびれたような状態になることだ。その微細な振動が潮の満ち干のように寄せては返す。サワサワサワと寄せて来るかと思えば、ジワーッと引いていく。この細やかな振動が「さざなみ」のように感じられたので、その英語であるrippleをハンドルネームとして使うことにしたのである。

→ヴィパッサナー瞑想体験記

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2014.09.03

『五行歌』誌9月号、投稿歌

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黒と
鮮烈な緑が
おしゃれ
揚羽の子は生来の
スーパーモデル

福島も
暑いだろう
防護服の
作業員を
思う

病院の
待合室に
知人の姿を見かけたが
声をかけずに
帰る

こだわると
不満が生じるが
こだわらないことに
こだわるのも
あぶない

俳句も短歌も
つくれないから
五行歌というわけ?
まあ
それもある

草の根が
がっちり
大地を掴んでいる
これが
根性といういやつだな

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2014.09.02

セレンディピティー

セレンディピティーという言葉がある。辞書を引くと、思わぬものを偶然に発見する能力、幸運を招きよせる力とある。イギリスの小説家ホレス・ウォルポールが「セレンディップの三王子」というペルシャの童話をもとにしてつくった言葉だそうだ。そこで、この童話を紹介しよう。

セレンディップの三王子(ペルシャの童話)

むかし、セレンディップ(スリランカのペルシャ語)に三人の王子がおりました。王様はこの三人を鍛えるため旅に出しました。王子たとがペルシャに来ると、一人の男に出会いました。

男はひどく落ち込んでおり、王子たちが訳をたずねると「ラクダがいなくなったんだよ。 ラクダを見なかったかね」と言います。王子たちは、まるでそのラクダを見たかのように話し始めました。「そのラクダは片目が見えないでしょう」「歯が一本抜けてるでしょう」「足が一本悪いでしょう」と。

これがすべて当たっていたので、男はびっくり。王子たちが本当にラクダを見たのだと思って、言われたところを探しましたが見つかりません。しかたなく戻ると、また王子たちと出会いました。「あんたら、ラクダはいなかったよ。 本当にラクダを見たのかね」とたずねました。

すると、王子たちはまた話し始めました。「ラクダが背負ってる荷物は、バターとハチミツでしょう」「女性が乗っているしょう」「その女性は身ごもっているでしょう」と。

これもすべて当たっていたので、男は三人がラクダを盗んだに違いないと思い、皇帝に訴え出ました。「あいつらはラクダ泥棒です。私の大切なラクダを盗んだに違いありません」と。王子たちは捕らえられ、なんと皇帝から死刑の宣告を受けました。そんなときラクダが見つかり、王子たちの疑いが晴れました。

皇帝は不思議に思い、王子たちに「どうして見たこともないラクダのことを知っていたのだ」とたずねました。王子たちはこう答えました。「道端の草が左側だけ食べられていたので、右目は見えないと思いました」「草を噛んだ後を見て、歯が一本ないと思いました」「道に片足を引きずった跡があり、足が悪いと思いました」と。

さらに「道の片側には蟻の行列が、反対に蝿が飛び交っていたので、蟻の方がバターで蝿の方がハチミツだと分かりました」「ラクダが座った跡の近くに、用をたした跡があったで女性だと思いました」「女性が座ったであろうところの近くに手の跡がついていて、おなかの大きい女性だと思いました」と。

皇帝は王子たちの話を聞いて、その洞察力におどろきました。そして自分のそばに置き、さまざまな問題を解決させたそうです。やがて、三人の王子たちはペルシャからセレンディップへ帰り、それぞれ別の国の王となって、幸せに暮らしたそうです。

「セレンディピティー」は幸運を招きよせる力で、多かれ少なかれ誰もが持っている。それに気づいていないだけで、感性を研ぎ澄まし、おだやかな心で世の中を見ていけば、きっと煌めくなにかを見つけることができるに違いない。   

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緑の矢印信号

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緑の矢印、指定方向外進入禁止(左折と直進可、右折不可)

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右折のみ可。対向車の直進、左折がないから、安心して右折できる。

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ところが、すぐ黄色になるので、2、3台しか右折できない。

きのう昼ごろ、ダイエーのところの信号を民家園のほうに渡ろうとしたら、新しく緑の矢印信号がついているのに気がついた。向ヶ丘遊園駅の方から来て右折する車が多いので。右折信号を設け、右折しやすいようにしたのだろう。これはいいと思ったが、その右折矢印が点灯している時間がひどく短い。3秒ぐらいしかない。これでは2、3台しか右折できない。市バスなら一台で終わりだ。ダイエーの前の渋滞がひどくなる。

こんなに短いのなら、場合によっては右折信号がないほうたくさん右折できる。ベテランの運転手と対向車の左折が譲り合えば交互にさばけるからだ。右折の矢印信号があると、そのときだけしか右折できなくなる。直進と左折信号(指定方向外進入禁止)のときは右折禁止になるからだ。

ただ、右折矢印がないと、女性ドライバーなどが右折しないでじっと待っていることがある。黄色になってその車が右折できても、あとに続く車が右折できない。だから、たった一台しか右折できないことがある。そこでこの右折信号が設置されたわけだ。

もうすこし右折矢印の点灯時間を長くすれば問題は解決すると思う。まあ、いまはテスト期間で、ようすを見ているのかもしれない。警察もいろいろ考えてはいるのだろう。

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2014.09.01

下駄箱

玄関には下駄箱がつきものだ。しかし、そこに下駄が入っている家はないだろう。あっても使わないで、しまいこんである程度だ。

考えてみれば、学校でも下駄箱といいながら、そこに下駄など入れた覚えはない。小中高と通ったが、下駄箱はずっと靴入れだった。もちろん、明治大正の頃は下駄を入れたのだろう。昭和初期もたぶん下駄だったろう。しかし、戦後はもっぱら靴になってしまった。

Geta

だいぶ前のことだが、桐の下駄が履きたくなって購入した。最初は鼻緒がきつかったが、なれると軽くて歩きやすい。下駄は多少とも足の指に力を入れないと脱げてしまうから、足の指もその本来の役割を果たすことになる。ただし、それは家の周りを歩くぐらいのときだ。土の上を歩くときにかぎる。

あるとき選挙があって、近くの中学校に下駄を履いて投票に出かけた。しかし、歩き始めて数分で、下駄が現代社会には不向きであることを悟った。アスファルトの道がいけない。コンクリの道はもっといけない。舗装道路が硬くて、下駄が路面に当たるショックが強く、それが脳天に響くのである。もちろん、カッカッと音もうるさい。それからは下駄を履くのを諦めた。

下駄や草履は何百年ものあいだ日本人が履いてきたものだ。靴になったのはまだ百年足らずである。靴のほうが丈夫だし、圧倒的に動きやすい。しかし、下駄や草履の文化も捨てがたい。だから下駄箱を靴箱と呼ばないで、言葉だけでも下駄箱と呼びつづけるのはいいことだと思う。

下駄箱に
下駄はない
靴ばかりだが
下駄箱と
呼び続けよう

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