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2013.03.30

山崎方代の『こんなもんじゃ』

図書館から山崎方代歌集『こんなもんじゃ』を借りてきて読んだ。口語で飾り気がなく、どの歌もわかりやすい。どの歌にも哀愁が漂うが、ユーモアもあって救われる。山崎方代(ほうだい)は、戦争で右目をつぶされ左目は極度の弱視となり、傷痍軍人として恩給を受けながら、生涯無職で独身を通したという。『こんなもんじゃ』から気に入った歌を拾ってみる。

手のひらに豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る
こんなにも湯呑茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり
卓袱台の上の土瓶に心中をうちあけてより楽になりたり

なるようになってしもうたようである穴がせまくて引き返せない
こんなところに釘が一本打たれていていじればほとりと落ちてしもうた
わからなくなれば夜霧に垂れさがる黒き暖簾を分けて出で行く

茶碗の底に梅干しの種二つ並びおるああこれが愛と云うものだ
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
くちなしの白い花なりこんなにも深い白さを見たことがない

ねむれない冬の畳にしみじみとおのれの影を動かしてみる
このように生きているのを何となく心苦しく思わないでもない
しあわせは朝の寝覚めにもどかしく放つくしゃみの中にありたり

こともなくわが指先につぶされしこの赤蟻の死はすばらしい
戦争が終ったときに馬よりも劣っておると思い知りたり
人間が人間をさばくまちがいを常識として世は移りゆく

手のひらをかるく握ってこつこつと石の心をたしかめにけり
石の上に雪がひそひそつもりおるかたわらに立つ吾すらもなし
いつまでも握っていると石ころも身内のように暖まりたり

遠い遠い空をうしろにブランコが一人の少女を待っておる
かぎりなき雨の中なる一本の雨すら土を輝きて打つ
馬の背の花嫁さんは十六歳方代さんのお母さんなり

このように
なまけていても
人生に
もっとも近く
詩を書いている

山崎方代の作品はとにかく読みやすい。文語や難しい言葉をつらねた歌集が多いなか、その簡潔さが際立っている。俵万智は『サラダ記念日』で大ブレークしたが、ひょっとすると彼女は山崎方代の口語短歌をヒントにしたのではないかとさえ思える。

方代が
歌を五行に
書いたなら
それも破調で
書いていたなら

   破調:七五調からはずれること、自由律。

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コメント

どれも分かりやすくて胸にしみじみかんじますね。
五行歌がだんだんむずかしくなっているということを
聞きました。

投稿: kei | 2013.03.30 10:19

★keiさん、
飾らないで淡々と述べているところがいいでしょう。
いい歌をつくろう、なんて邪心が入るとだめですね。

投稿: ripple | 2013.03.30 12:21

歌の事はわかりませんが、これは本当にわかりやすいです。ほんわかとあったまる歌ばかりです。題材は普段の生活のちゃぶ台の上にもあるんですね。

投稿: エノコロ | 2013.03.30 17:09

好きな歌があります。山崎方代の代表作でしょうが「あきらめは天辺の禿のみならず屋台の隅で飲んでいる」。
私も、天辺あたりが薄くなってきましたので・・・

投稿: 放心 | 2013.03.30 17:47

方代さんに一時期夢中になっていたことがありまして
山梨県立文学館の「山崎方代展」に行ったことがあります。
作品に見られる、また、書き伝えられている方代像よりは
かなりsensitiveな人だったのだろうと思ったことを思い出しました。

http://blog.goo.ne.jp/ezn03027/d/20100625

投稿: kikkoro | 2013.03.31 00:40

★エノコロさん、
石川啄木も口語の歌が多いけれど、
それよりもくだけて親しみが持てます。
なによりも「つたわる」のがいいですね。

★放心さん、
あきらめ、これも大いなる処世術でしょう。
ある意味、さとりの境地ですね。

★kikkoroさん、
お国のために駆り出され、右目を失い、
左目も弱視。貧乏暮し。どうにもならない
やりきれなさを歌で笑いとばす。痛快です。
この本のすべての歌が傑作に思えます。

投稿: ripple | 2013.03.31 09:05

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