シジュウカラ
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すなおな日記は
五行歌がいい
短歌や俳句だと
すこしばかり
肩に力が入る
思ったこと、感じたことを、すなおに書きとめるには五行歌がいい。4行でも6行でもいいけれど、口語、日常語で5行ぐらいにまとめるといい。それをちょっと歌らしく整えれば、たとえば、読売や朝日の五行歌欄に投稿できる歌になるだろう。
俳句は切れ味がするどいが、季語や切れ字などの約束事があるし、短すぎて難しい。十分に思いが伝わらない可能性が大きい。短歌も五七五七七にそろえるのが大変だし、古文の知識がないと先細る。それに俳句や短歌を詠むとなると、どうしても肩に力が入る。いろんな制約があるぶん嘘っぽくなる。そういう芸術だから仕方がないといえば仕方がない。
いっぽう、五行歌にはそういう制約が一切ない。一行が長くても短くても自由である。長ければ焦点がぼけるぶん、読み手が迷うかもしれない。短かければインパクトがつよいぶん、真意を伝えるのが難しいかもしれない。そこが書き手の腕の見せ所になる。
大昔、ことばを発するのに決まったリズムやメロディーはなかった。
だれが考えてもあたりまえのことなのに、五七調だか七五調だかしらないが、そういう制約から脱却できないでいる。まったく不思議でならない。
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後頭部のつぼ
スキンヘッドの男性が、首の痛みの治療にみえた。背中や腰も張っている。ふつう後頭部は髪の毛で覆われており、鍼を刺したところがうまく見えない。しかし、スキンヘッドは邪魔な毛がないのでいい。後頭骨の下縁にそって、耳の近くから、完骨、風池、天柱というつぼに鍼を打っている。つぼの名前はそれぞれ、カンコツ、フウチ、テンチュウと読む。風池と天柱はすこし上にも打っている。左右の肩は肩井(ケンセイ)。背中のいちばん上のぐりぐりの骨は第7頸椎のでっぱりで、その上下すこし開いたところにも打ってある。こちらはとくに名前はない。
頭の前傾を後ろで止める
首の後ろが張っている人は多い。仕事の大半は下を向くので、頭の重みが前にかかる。それを首の後ろの筋肉が絶えず引っ張っているからである。とくにパソコン仕事をする人は、画面を見るために目の位置を固定しなければならない。目を固定するということは頭を固定するということで、頭を固定するのも首の後ろの筋肉なのである。左右の肩や背中の筋肉がこれを補助している。後頭部や背中が長時間緊張をつづけると老廃物がたまり、いわゆる凝りや張りが生じるのである。
鍼を刺すとまわりが赤くなる
この部分に鍼を刺し、しばらく置いておくと、まわりの皮膚が赤くなる。これは鍼という異物を攻撃しようと血液が集まってきたところである。細胞や毛細血管が破壊されたので、そこを修復しようとして大量の血液が動員されるのだ。ある程度時間がたって組織が修復されれば、筋肉の緊張がほぐれてやわらかくなる。凝りや痛みの部分に鍼を刺すことで、鍼の痛みがそれらをまぎらわすこともある。鍼をすると赤血球やリンパ球、血小板などが増えるという研究報告もある。したがって鍼は短期的には苦痛をとり、長期的には免疫力を高める効果が期待できるのである。
うちでは局所だけの治療は行わない。たえず全身をみて、筋肉や皮膚の硬いところ、関節の動きがわるいところなどをチェックして全身をととのえるようにしている。硬いところをゆるめれば血の巡りがよくなり、より健康になるからだ。
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日曜の午後は、多摩市民館で多摩川吹奏楽団のファミリーコンサートを聴いた。陽気な行進曲や重厚な音楽を楽しんだ。今回はとくにテレビ番組の主題歌などを入れて、文字通り、ファミリー向けに仕立ててあった。大河ドラマの「龍馬伝」や「江」のテーマ音楽も、あらためて聴くとなかなかいい。作曲者の才能が偲ばれる。東日本大震災に向けて米人フィリップ・スパーク氏がつくった「陽はまた昇る」も、夜明けの様子がよく描かれていて、朝日が目に映るようだった。舞台の左袖にOHPで解説をつけるという工夫もいい。メドレー音楽など、曲がよくわかる。
ホルンやトランペット、チューバなど、生の音はいい。腹を揺すられる感じだ。ときどき小さい子が泣き声をあげていたが、自分がとても寛大になっているのに気がついた。年をとることは悪いことばかりでもない。
いい音楽を
聴くと
からだが共鳴する
ともに
波動だから
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長い時を 知子
玄関で眠っていた傘は
雪の朝
羽を広げて
白鳥になった
けさの読売新聞五行歌欄の特選歌。座間の神川知子(のりこ)さんの作品。神川さんはまた「しんゆり五行歌会」の会員でもある。いろんな歌会に顔を出すことがあるそうだが、神川さんの作品はいつも上位に選ばれている。観察力があるし、着眼点がいい。こういう歌は短歌では歌えない。七五調ではこういう格調の高い歌は出ないだろう。文語でなく口語で書かれているのがいい。神川さんがいてくれるおかげで、わが「しんゆり五行歌会」も伸びているような気がする。
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2、3日前、郵便受けにチラシが入っていた。近くの電気屋さんが週末にセールをやるらしい。チラシのタイトルはあさひでんき、節電・節水・安心フェアとある。裏を見ると「あさひでんき:いろいろなサービスのおさらい」とあり、たくさんの項目が並べてある。
いちばん下の項目は「その他こまったこと」とあり、①不用品の処分、②水漏れの修理・交換、③クロスの張り替え、④網戸・ふすまの張り替え、⑤庭木の簡単剪定、⑥ちょっとした大工工事、とある。
上の二つの項目は電気に関係しているが、下の項目はまったく電気に関係しないものばかりだ。そして、「電気屋さんにlこんなこと頼みずらい・頼んでもいいのかな?笑われちゃうかな?等ということはありません! 困ったことがありましたらまずご相談下さい。「あさひでんき」が必ず解決します!」と駄目を押す。男手がない家や一人暮らしの老人などは大いに助かるだろう。あさひでんきの社長さんは、まったく商売の極意を掴んでいる。
商売のコツは
ひたすら
客を喜ばすこと
これが
あんがい難しい
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水曜日は定休日、車で木更津に行った。森田健作が千葉県知事になって800円に値下げしたので、アクアラインもすこし車が増えていた。木更津の八幡様をお参りし、妻の両親のお墓参りをした。あっちは暖かいのでアロエが咲いていた。あいかわらず風は冷たい。帰りもアクアラインを使ったが、春節なので横浜に寄ってみることにした。
首都高を山下公園で降り、はじめに「港の見える丘公園」に行った。高台から横浜港が一望できるが、昔ほどの景観ではない。高いビルが増えて、あまり海が見えなくなってしまった。ベイブリッジがすぐ近くで手に届くようだ。
それから元町を通って中華街に行った。まだ春雪だが、催し物は土日にしか行われないそうだ。それでも春節の飾りが出ていたり、いつもよりにぎやかだ。肉まんや小龍包を蒸かす煙りが温かそうだ。甘栗売りは前もいたが、占い師が増えたのに驚いた。食事をした店の人に聞くと、不況だから占いが流行るのだという。

セットメニューが驚くほど安い。1600円ぐらいの食べ放題もある。
単品はふつうだが、セットメニューにすると恐ろしく安く食べられる。個人旅行とツアーの違いみたいだ。 以前よりこういう看板が多いのは、やはりここも不況の波を受けているのだろう。
中華街を歩くのは楽しい。目先の変わったものがあるし、赤や緑、黄色など、派手な飾りが楽しい。ま、けばけばしくもあるが、たまには刺激的でいい。
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銀座線は日本で最初の地下鉄である。いや、アジア・オセアニア地区でも最初の地下鉄だ。1927年(昭和2年)、浅草ー上野間で開業し、徐々に延びて今は浅草ー渋谷間を走っている。銀座線と次にできた丸の内線は後続の地下鉄とは軌道や電力方式が違うので、相互乗り入れはない。トンネルや車両も後発のものより小さいらしい。
車内にはドアの上に駅名案内板があり、現在地を緑色の矢印で示してくれる。わたしの記憶ではこの案内板は40年近く変わっていないのではないだろうか。上の写真に見るとおり、都心の主要部分を走るので利用客も多い。地上から駅までのアプローチが短いことも特長といえる。後発の地下鉄駅は、たとえば「新お茶の水」とか「六本木」とかは恐ろしく深くて何度もエスカレーターを乗り継いだりする。最初にできた地下鉄は浅い所を走れたのである。オフ会のときは、表参道から浅草まで18駅を乗り越した。
オレンジ色の
銀座線が入ってきた
この電車には
いろんな思い出が
詰まっている
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土曜日は浅草でシニアナビのoff会があったので参加した。みぞれまじりの小雨で寒かったが34名が参加した。王子駅前の火災で電車が止まり、そっち方面の人が来れなかったり、遅れたりした。夏に初めてオフ会なるものに出たが、ヴァーチャルな人と直接お会いするのはなんともスリルがあっておもしろい。
今回はブログをやっていない人も多かった。だから、ほんとに初対面の人も多かったが、みんな50代、60代、70代の人たちだからすぐに打ち解けた。若い人がアイパッドを持ってきたので、それぞれのブログを見たり、写真を見たりして楽しんだ。いきなり会って、いきなり歓談する、不思議な光景である。
オフ会の前に観音様をお参りしたが、仲見世はまだお正月ムードが残っていて、すごい人だった。西洋人だけでなく、中国語や韓国語が飛び交い、一瞬ここはどこだと迷う。
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今年、うちは初午の当番に当たっている。初午(はつうま)は2月最初の午の日で、京都の伏見稲荷代謝の神が降りた日がこの日だったということで、全国でお稲荷様を祭る習慣がある。当番は、お稲荷様を祀っている家を朝のうちにまわり、お神酒を供えながらお詣りをする。そして午後からは初午講を開いて小宴となる。その連絡や準備、集金などをすることになっている。

京都伏見稲荷大社の初午祭
今年は2月3日が初午だが、立春のあとの午の日ということになっているので、二の午の日にすることになる。二の午は2月15日だ。それで集会場の予約をしようとしたら、責任者の人が「2月15日は「ひのえうま」だから、つぎの午の日になる」と言う。そこで三の午である2月27日に初午講を開くことになり、回覧板をまわした。
丙午(ひのえうま)というのは敬遠されがちだ。丙は五行では火の兄で、火だから熱を持つ。午は真南であり正午であるから、やはり熱がきわまる。熱と熱だからこれはアツイ。そこで、丙午の年は火事が多いという。また丙午生まれの八百屋お七が江戸の大火を起こしたから、この年生まれた女性は「男を食い殺す」と言われるようになったとか。これはまったくの迷信である。その年に生まれる子は百万人は超えるだろう。その子たちがみんな気性が激しいとは考えられない。にもかかわらず、「さわらぬ神にたたりなし」という風潮がある。女の子は嫁にも行けない。
そんなわけで、丙午の日もあまり縁起がよくないとされ、祭りを避けろというのである。こういうのは日常生活でもけっこうある。友引の日はお見舞いに行かない、葬式をしない。葬式の場合は、だいいち火葬場が休みである。仏滅には結婚式などの祝い事を避ける。五黄の寅の女性は気が強いから嫁にもらうな。西洋でも13日の金曜日などというのがある。これら根拠もないこと漠然と信じていることはあまりいいことではない。
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けさ来た患者さんが、静電気のせいでパソコンが壊れてしまったと話していた。話には聞いていたが、実際にそういう体験をしたという話は初めて聞いた。ハードディスクが損傷したらしい。以前、メモリーを増設するとき、友人に静電気を放電させてから取り付けるようにと注意を受けたが、パソコンは静電気に弱いらしい。もちろん、落雷で壊れることも少なくない。わたしは他人より静電気を帯電する体質らしいので気を付けなければいけない。
USBメモリーなども静電気の電圧で壊れてしまうことがあるそうだ。パソコンをつくっている工場では、従業員が腕輪をしてアースさせているという。しかし、きょうは昨日より静電気が起きにくい。思い当たるのは「ひだまり肌着」なるベストを着ていないからかもしれない。ずいぶん前に巣鴨の地蔵通りで買ったものだが、けっこういい値段だった。漫才をやっていた春日三球の店で買ったものだ。とても温かいが、綿のシャツより静電気が起きやすい。生地の相性などもあるのだろう。パソコンに向かう際は、まめに放電作業をしよう。
天気予報では、今夜あたり一雨くるらしい、いや、気温が低いから雪になるかもしれない。どっちでもいい。すこし降れば静電気もおさまるだろうに。
部屋の電気を消して
ドアノブに触れると
バチッと青い閃光
イタッ
放電を忘れてた
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私のかわりに 中川(一席)
溜息をつくように
プップッとふくれて
餅が二つ
焼き上がる
いつもの散歩道の 島田(二席)
ポンプ式の井戸に
小さな「お飾り」が…
日本の正月の
良き風習
乳飲み児に 清水(二席)
うたがいと不安の中
ミルク含ませ
あまたの神に祈る
命育む母心
口も手も足も とし子(四席)
脳の指令に
従わなくなって
ずる休みする
老いの冬
今日という 神川
手付かずの未来が
いま始まる
掌に
朝の光を受ける
二十一秒の 京子
くやしさが
区間新記録を
大会新記録を生む
駅伝の面白さ
年が明けた ripple
というだけなのに
去年の出来事が
いっぺんに
遠ざかってゆく
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「とおりゃんせ」という童謡がある。子供の頃よく歌って遊んだ。歌詞もそらんじていたが、「いきやよいよい帰りはこわい」というのが分からなかった。先日BSでその解説があった。いろいろ言われがあるらしいが、そこでは川越城の場合を説いていた。
『通りゃんせ』 作詞・不詳 本居長世 編・作曲
通りゃんせ通りゃんせ
ここはどこの細通じゃ
天神様の細道じゃ
ちっと通して下しゃんせ
御用のないもの通しゃせぬ
この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります
行きはよいよい帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ通りゃんせ
それによると、川越に三芳野神社というのがあり、菅原道真をお祭りしていた。これが天神様である。子どもが生まれると天神様にお詣りし、その子が7歳になったとき御札を返しにいったそうである。ところが川越城をつくるとき、この三芳野神社が城内に入ってしまっに行ったという。一般庶民は城内には入ることができない。ただ七五三のお参りのときだけ入ることが許された。
上の図を反転させると 、下の地図と同じになる。赤が参拝路。
神社に行くには、まず南大手門を入り、田郭門を経て天神様の細道を通って、さいごに天神門をくぐる。行はお札を納めるのが分かるが、帰りは警護の侍たちに密偵ではないかと疑われることもある。そこでビクビクしながら早足で細道を通らなければならなかった。そこで、「行きはよいよい帰りはこわい」となったそうだ。
けっこうローカルなものが全国区になってしまったらしい。
ほかに、小田原の菅原神社と関所の話に由来する説もあるという。
★遊び方
「親」を2人決める。2人は両手をつないでアーチを作る。
他の人たち(子)は歌に合わせてアーチをくぐっていく。
「親」は歌の最後にアーチを下げて、
アーチの中を通る「子」を捕まえる。
「子」は、歌の最後にアーチの下にならないよう
すばやくアーチをくぐり抜ける。
つかまった子は「親」の腕の中で揺さぶられる。
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モズというと、宮本武蔵が描いたというこの一幅の絵を思い出す。NHK時代劇「蝉しぐれ」のタイトル画面にも使われた。そのときの主題歌「遥かな愛」というのもよかった。普天間かおりが伸びのある声を聴かせていた。
モズは高い所が好きで、木のてっぺんなど止まって、孤高を気取っている。秋に里に下りてきたときは、キーッキッキッキッと空を切り裂くような鳴き声で縄張りを宣言する。肉食でスズメなどより大きい。だからモズが来ると、小さな野鳥は蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。悠々と高い枝にとまり、ゆっくりと長めの尾をまわす。小憎らしいくらい格好いい鳥である。
バードウォッチングをやるようになって、まだ身近にモズが見られることを知った。野鳥の生息地はひどく狭くなったが、注意をしていればけっこう見つかるものだ。先日野川で見たのはオスだが、モズのメスもとてもかわいい。愛くるしいというべきだろう。
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9日の野川ではクイナに出会うことができた。写真では背中の模様がきれいに写っており、オレンジ色の嘴も見える。しかし肉眼でクイナを見つけるのはなかなか難しい。第一、この鳥は用心深くてなかなか姿を現さない。だいたい、いつもアシの群生した湿地に入り込んでいる。鳥の影を見つけてカメラで追っても、こんどはアシの茎や葉が邪魔してなかなかいい写真が撮れない。その上、外に出てくるとけっこう動きが速いので、カメラを構えているうちにどこかにもぐりこんでしまう。なかなか手ごわい相手である。
大江健三郎の息子さんで、作曲家の大江光さんは知的障害があるが、音の記憶に関しては並はずれた能力を持っていたという。CDに録音された野鳥の声をみんな覚えてしまったそうだ。あるとき、父は軽井沢で6歳の息子が「クイナ、です」と言うのを聞いて驚いた。それが光さんが生まれて初めて発した言葉だったからだ。たしかめると、実際にクイナが鳴いている。そのとき光さんのずば抜けた音感を発見し、音楽の勉強を始めさせたという。大江家にとっては忘れられない鳥だろう。
クイナは水鶏と書き、その名の通り、湿地帯を好む。むかしは田んぼにたくさんいたらしい。文部省唱歌「夏は来ぬ」には、なんと、その4番と5番の歌詞にクイナが出てくる。それだけ身近にいた鳥なのだろう。なんとかクイナの姿を見ることはできたが、まだその鳴き声は聴いていない。その大きさからして、あまりきれいな声ではなさそうだが。
夏は来ぬ
(佐々木信綱 作詞 小山作之助 作曲)
卯(う)の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ
さみだれの、そそぐ山田に
早乙女(さおとめ)が、裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ
橘(たちばな)の、薫るのきばの
窓近く、蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる、夏は来ぬ
楝(おうち)ちる、川べの宿の
門(かど)遠く、水鶏(くいな)声して
夕月すずしき、夏は来ぬ
五月(さつき)やみ、蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす、夏は来ぬ
→夏は来ぬ
関東合同新年五行歌会(1月8日、於いて市ヶ谷レインボーホール)
1月8日は午後1時から、関東合同新年歌会があった。関東地方の歌会だけでなく、静岡や長野の歌会からも参加者があって、140人ほどが集まった。会場に入ってまず気がついたのは、男性がかなり増えたなという印象である。これは五行歌がホンモノとして認識されつつある証拠ではないだろうか。女性はだいた情緒的だから「あらいいわね」でとびつくが、男性は冷静というか疑り深いからそう簡単には仲間に入ろうとしない。男性が増えたということは、五行歌のよさが理解されてきたことを示していると思われる。
草壁えんた主宰は、あいさつで「七五調のメロディーから抜け出し、新しいものを生み出そう」と説いた。七五調の歌はそのメロディーが哀しい。それを超えて、活力ある歌を書こうというのだ。五行歌ならそれができるというのである。
全員の自己紹介のあと、十人ずつのグループで小歌会を開いた。前もって提出しておいた各自の五行歌を互いに評価し合うのである。最初に目を通してあまり印象に残らなかったうたが、こんどはとてもいい歌に見えてきたりするから不思議だ。人間の心の感受性というものは、きわめて不安定である。それだけに自分の歌をわかってもらうということは難しい。だから、わたしはいつも、歌の選はゲームのようなものだと思っている。
義母(はは)の残した 今南道也(一席)
釘字のメモを広げ
女房が年の瀬に
儀式の如く
黒豆を煮る
母の笑顔は 守谷美智代(二席)
大きな拡大鏡
子の小さな喜びさえも
何倍にもして
写し出す
田畑を家を 中込加代子(五席)
愛する人までさらったのに
今朝の海は
そうしてこんなに
美しいのでしょう
ようやく 音羽ゆき(印象歌)
気がついた
いやなことを
さらりと忘れるのも
才能だ
日本より ripple(わたしの歌)
ブータンのほうが
幸福だという
物カネじゃ
ないんだよなあ
歌の締め切り間近にブータン国王夫妻が来日していたので、ほとんど即興で歌をつくった。日本人よりブータンの人のほうが、とやるべきだったろう。歌としてはあまり面白くないものになってしまった。何か具体的なものを載せるべきだった。
歌会のあとは、飯田橋駅そばの「素材屋」という居酒屋で懇親会。2時間半ほど、いろんな人と歓談した。人はみんな違う。だからこそ、人との出会いは面白い。五行歌という共通の話題があるから、よけい楽しい。ほろ酔い加減の頬を冷たい風がなぞる。
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生田緑地の日本民家園でお正月の催し物があるというので自転車で行った。年間パスポートを買ったが、今年の11月からは65歳になるので川崎市民なら無料になるそうだ。いわゆるシニアである。映画も半額になるらしい。ありがたいやら、悲しいやら。
白川郷の建物の前の広場ではお餅つきが行われていた。子供の餅つき体験などもあり、搗いたお餅はみんなに振る舞われた。お餅つきはとにかく盛り上がるものだ。その先の佐々木邸では羽根つきや独楽まわし、おはじきや折り紙などを教えていた。わたしも独楽を回してみたが、子どものころのようにうまくはいかなかった。羽根つきもなかなか羽子板に当たらない。年ですかな。
ある民家では囲炉裏を囲んでの昔話が披露された。遠野生まれの遠野育ちという語り部さんが、いろんな昔話を聞かせてくれた。最後はみんな、どんと晴れ。
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