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2011.01.16

歴史的かなづかい

毎週、NHK俳句を見ている。瞬間を切り取る文芸としては俳句ほど鮮やかなものはないだろう、と思っているからだ。きょうは三村先生で、季題は「雪達磨」だった。雪だるまという季語はやさしいので作りやすいだろう。「声出せばきっと低音雪だるま」なんて面白い。

俳句はまず季語について勉強しなければならない。それから短く「けり」などと言い切るために文語の知識も要求される。ふだん古文に縁のない人は、これも勉強しなければならない。そこで先生の添削というのが入る。たとえば、こうだ。

雪だるま 作っている子に もっと降れ     もと歌

雪だるま 作りゐる子に もつと降れ      添削歌

なるほど「作っている子」より「作りゐる子」のほうが格調が高い。しかし「ゐ」というひらがなは日常ではお目にかからない字である。だから古語を勉強しなかればいけない。それから「もっと」というのは歴史的仮名使いでは大文字でつを書くのが正しいそうだ。だから「もつと」となる。口語の俳句も許されるが、「~や」「~かな」などの文語表現が俳句の主流だ。もうひとつ、三村先生の添削をみてみよう。

ぼた雪をみる 目の黒し 雪だるま       もと歌

降る雪をみる 瞳濃し 雪だるま         添削歌

ぼた雪」は春の雪の感じがするから「降る雪」のほうがいい。黒しより瞳のほうがいいだろう、とのこと。けっきょく俳句は、俳諧味あるというぐらいで、多少嘘をついてもいいのである。創作でいい。この句など五七五にして「雪だるま降る雪をみる瞳濃し」としてもいいのだろう。

そこへいくと五行歌はやさしい。易しいし、優しい。日常語で書いていいし、季語や文語の知識がなくてもいいし、字数も自由でいい。思いをほとんどそのまま書いていいのである。

感動を
思いを
そのまま
五行に
書いてみよう

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コメント

 あー、面白いですね〜。
 ルールで制約してある世界って個人的には好きです。
 いや、五行歌のことをどうのという訳ではなく。
 この世界ではこういうシステムになっているので、頭をひねってそのシステムにしたがいつつ、自分の表現したいものを生み出す、みたいな。
 難しいもののほうが面白いって言う人、いますよね。それかなぁ。

投稿: ぐん | 2011.01.16 17:21

そうかな~?
私は「目の黒し」の方が雪だるまを端的に表現し、
色彩的にもその状況が目に浮かぶ様に思いますけどね・・・。

投稿: A.A. | 2011.01.16 23:13

★ぐんさん、
季語や文語文法を勉強するのは楽しくもありますね。
五七五と指を折って納めるのもゲームみたいで面白い。
だから俳句はいわば古典芸能のような形で残ると思います。
だから私もこの番組を見ているのです。

★A.A.さん、
雪だるまはたいてい炭団(たどん)か炭で作ります
から、瞳とまで言う必要なないような気もしますね。
俳句は俳句の楽しさがあるということは認めます。
しかし五行歌は懐が深い。

投稿: ripple | 2011.01.17 09:05

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