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2010.08.30

石工・左野勝司

Sanoラジオ深夜便「こころの時代」は「明日へのことば」と改名されている。ことしの4月ごろからだったろうか。朝4時すぎから始まる早朝番組だがファンが多いらしい。わたしはこれをタイマーで録音し、その日の夜、眠る前に聴いている。きのうと今日は、奈良の石工(いしく)・左野勝司さんが「石と向き合った半世紀」というタイトルで話をしていた。仕事柄、地味な話だろうと思っていたら、これがけっこうインパクトのある内容だった。

石屋のせがれは父の姿を見ており、その仕事のつらさを知っているから、あまり石屋にはなりたくなかった。しかし、石をノミで削る音が好きになり、あとを継ぐ決心をした。まずは修行に出る。奈良の冬は寒い。冷たい鉄のノミとハンマーを握り、手袋なしでこれも冷たい石を相手に修業に励む。手は荒れてアカギレになり、痛くて風呂にも入れない。それでも、やると決めた以上は一生懸命がんばった。

18歳?のとき、苦労してためたお金でフランスへ行く。ルーブル美術館に行くと、その裏手の大理石の階段を修理していた。その仕事を何時間も見ていた。そして手真似で道具を借りて石を削った。それがぴたりと目的の場所におさまる。次の石もきれいにはまる。そうしたら工事の親方が仕事に入れてくれ、夜は親方の家に泊めてくれた。けっきょく、ルーブル美術館に入ることもなく、2週間ほど階段修理の仕事などを手伝った。そこからイタリアへ飛んだ。

イタリアではポンペイに行き、ぐうぜん発掘の現場に出くわし、やはり手真似でそれに参加させてもらった。そこで働きながら、古代の建物の基礎や装飾、また発掘の仕方などを学んだ。日本に変えると、すすめる人があって奈良県庁の仕事にたずさわった。それが唐招提寺の基礎石づくりだった。その後、飛鳥石舞台の復元、モアイ像の復元、高松塚古墳の解体など、すぐれた業績を残している。

地道に
一つのことを
続けてゆくと
神が
後押しをする


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コメント

こうした地道でコツコツと技術を磨いて来た人の技は素晴らしいですね。
先日もTVで編笠を作って居る人のドキュメンタリーをやっていました。花笠音頭などの笠も全部そこで手仕事で作られています。それぞれ分業になって居り、笠の骨組みを作る人、藁をその骨組みの上に糸で絡ませながらしっかり被せて行く人・・・。
皆70~90代の年配者で後継者の居ない中、お互い無くてはならない存在である事は有り難い事で、感謝の気持ちでいっぱいです、と驕る事無く淡々と仕事をしているその姿は、自分の忘れかけて居る何かを見た様な気がしました。

投稿: A.A. | 2010.08.30 22:42

私もラジオ深夜便を聴いていました。「明日へのことば」で
石工の二代目の方の人生・・・いたく感銘した次第です。

投稿: 季良 | 2010.08.31 08:15

★A.A.さん、
わたしは石のことしかしらないと言っていましたが、
それで十分すぎるぐらい、石のことを熟知している。
広く浅い知識もいいけれど、やはり、その道のプロ
というのはすごいですね。数をこなし、年月を重ね
ると、達人の域に達するのですね。魅力的です。

★季良さん、
なんか素朴で、純朴で、嘘がなくて、いいですね。
石にかけては誰にも負けない自信があり、それこそ
どっしり構えている。りっぱですね。

投稿: ripple | 2010.08.31 09:40

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