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2010.02.14

自我はとれない

Nisikawaoshou

名古屋の宋吉寺の前住職・西川玄苔さんが、教育テレビ「こころの時代」でいい話をしていた。この和尚さんは顔もいい。我(が)の少ない、優しい顔をしている。声も話し方もあたたかい。こんなふうに年を取りたいものだと思う。テレビ画面を写真に撮ってみたが、けっこうよく撮れるものだ。

西川和尚は座禅に没頭したが、いろいろ迷いに迷ったらしい。座禅をしているから自我がなくなっていくだろうと思ったが、とんでもない。思いもよらない時に自我がつよく顔をだす。自我がなくなったと思っていても、こころの奥底に鎮座ましましているのである。

自我は絶対なくならない。座禅をしていると、むしろそれをはっきり意識するようになる。生きているかぎり自我はなくならない。それで、いいのだ。自我に気づくことが大切なのである。こころを平静にして、欲望や自我を見つめたらいい。そうすれば少なくても自我に振り回されることはなくなる。鍛錬してそういうこころを作るのだ。そんな話だった。

生きているかぎり
自我はなくならない
こころを平静にして
自我に気づくこと
これが大切である


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コメント

宋吉寺の前住職・西川玄苔さん、良いお顔と思いました。
自我は、骨肉に絡みついた物と思いました。神経の様な物でしょうね。良いお話と思います。

投稿: 10月のマルコ | 2010.02.14 17:11

★10月のマルコさん、
自我があるから生きている、ようなところが
ありますね。その自我を自覚できるようになれば
問題解決の道が見つかるように思います。

投稿: ripple | 2010.02.15 08:49

私の今年の課題は「空」(くう)であります。
頭でっかちな性格に加え、心に暴れ馬を飼っているので、その日によって気持ちが安定せず。
随分長い間矯正を図ろうとしましたが、最近はもう諦め「お馬の御機嫌に任せて」と考えてます。

われ思う故に我あり

投稿: 茶ネコ | 2010.02.15 22:22

★茶ネコさん、
レスありがとうございます。
空(くう)は、とらわれのない心、
わたしにとっても理想ですね。
一つのことに没頭しているときも
他のことを忘れているという意味で
空に近い状態になっていますね。
さしあたって自分に気づくという
のが出発点でしょう。

投稿: ripple | 2010.02.16 11:00

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