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2010.01.16

阪神大震災15年

この13日、カリブ海のハイチで起きた大地震は死者が最大20万人に上るかもしれないという。首都は壊滅し、救助の手が回らない惨状になっているらしい。こうなると善人も悪人もない。神様はいったい何をなさるのだろうかと思ってしまう。

あす17日、阪神淡路大震災から15年になる。テレビでもいろんな特別番組をやっている。地震と地震後の火災などで6000人あまりが犠牲になった地震である。私はちょうど信州の旅行に行っており、上山田の旅館でニュースを聞いた。別所温泉に寄り、帰路についたとき、バスの中で地震による死者が数十人から数百人、さらに千人を越すのを聞いて、とんでもない災害が起こったと知った。

Sinsai

けさのラジオ深夜便「こころの時代」では、1歳半の子供を亡くした上仲まさみさんが体験談を語っていた。

ドーンと音がして、二階がそのまま落ちてきた。飛行機が墜落したかと思った。となりに寝ていた一歳半の大志は梁の下敷きになって即死。うまく言えないが、直感的に大志が死んだのを悟った。反対側に寝ていた4歳のお姉ちゃんはわずかな隙間に助けられて無事。自分は上半身を挟まれて足だけ動く状態だった。夫は「階段が消えた」と叫ぶ。やがて人々が救助に来てくれて、夫とお姉ちゃんは助かった。自分は身動きできず、足で大志くんに触れると、だんだん冷たくなっていった。夫とお姉ちゃんが無事なので、私と大志は一緒に死んでいこう、と考えた。4、5時間して、やっと自分が助け出された。胸の骨が折れていたが、痛みは感じなかった。

しばらくは大志とおない年ぐらいの子を連れた家族を見ると、腹が立った。なぜ私だけがこんな目に会うのかと。悲しみは癒えない。「がんばって」と励まされるのが辛かった。その体験を朝日新聞に投稿したら、同じような体験をした人たちからたくさん返事が来た。10年ぐらいたったある日、入道雲を見ていたら、「私はもうだいじょうぶ」と浮かんできた。それからは地震で助かった人たちを見ても恨まず、心から「よかったね」と思えるようになった。以後、童話を書いている。こんな話だった。

太平洋戦争でもたくさんの悲劇が起った。いまも中東やアフガンの戦争で、何千人何万にもが命を失っている。自分がおそろしく恵まれていることを自覚し、かつまた、日本にも世界にも無数の苦しむ人々がいることを忘れないようにしなければならない。

震災は
善人も
悪人も
区別なく
襲う


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コメント

生死を彷徨った体験、心身に負った深い傷、10年目でその傷が入道雲を観ているうちに、自分はもう大丈夫になった。年月が自然治癒を生んだと思いました。

投稿: 10月のマルコ | 2010.01.17 10:17

★10月のマルコさん、
問題解決というわけにはいかないけれど、
時間が苦痛を軽減することは確かですね。
それにしても、こんどのハイチはすごい。
想像がつきません。

投稿: ripple | 2010.01.17 12:16

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