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2009.10.26

毎日の瞑想

Centerもう二カ月ぐらいになるだろうか、毎日朝晩1時間ずつ瞑想をしている。これはヴィパサナ瞑想の10日間コースをとったときに毎回指導されることだが、コースを終えてしばらくすると怠けてしまっていた。ところが、なんとなく座り始めたら、これもなんとなく調子がいいのである。京子も10日間コースを3度とっているので、二人で瞑想している。もちろん、別々に座ることも少なくない。(写真は京都の瞑想センター)

はじめにアナパナ瞑想をおこない、それからヴィパサナ瞑想に移る。アナパナは鼻を通る呼吸を観察する瞑想法である。空気は右の孔を通っているだろうか、左の孔を通っているだろうか。入ってくる空気は冷たく、出てゆく空気はなま温かい。入ってくる空気は鼻の奥に当たり、出てゆく空気は鼻の孔の出口あたりで感ずる。鼻の下では息が当たると同時に拍動を感じたりする。ときにはそこがムクムクしたり、モゾモゾしたり、ピクピクしたりする。最初は雑念がわくが、だんだん呼吸を意識し続けることができるようになる。集中力が高まってくるのだ。そうしたらヴィパサナ瞑想に移る。

ヴィパサナは「ありのままを見る」という意味だが、アナパナのように呼吸だけでなく、全身の感覚を追ってゆくのである。頭のてっぺんから始め、足の爪先まで意識をめぐらせてゆく。頭のてっぺんは、くすぐったかったり、痒かったり、拍動したりしている。何も感じないときは、その位置を確認して次に移る。頭の前、後ろ、横と感覚をみてゆく。ひたい、こめかみ、後頭部などの感覚を追う。耳や目、頬など両側にあるものは、同じ感覚なら左右同時に感じることができる。唇や口の中、舌や歯茎もよく感じ取ることができる。こうして、上肢、体幹、下肢と感覚を追い、足先までゆく。わたしは片道しか行けないことが多いが、少しスピードアップすれば往復あるいは二往復ぐらいできることもある。

うまく集中できると、1時間があっという間に過ぎてゆく。だが、雑念が多いときはこの1時間が恐ろしく長い。へたをすると、雑念だけで終わってしまうこともある。人間の心というものはそれだけ不安定で気まぐれなものなのである。そういうことを知るだけでも瞑想する価値はある。ヴィパサナ瞑想によって全身の感覚を追っていくということは、絶えず「いま」に居つづけるということである。

「いま」に居つづけて、どのようなことが起きても反応しないで、心を平静にしてやり過ごしていると、心の汚れが浄化されてゆく。心が澄んでくれば、ものを見通す力がつく、判断力や処理能力がます。したがって、ものごとが順調にゆくようになるのである。いまのところ、この瞑想が習慣になってきた。瞑想をすると「こだわり」が少なくなってくる。細かいことなど気にかけなくなる。テレビも新聞もどうでもよくなる。そのかわり、感覚が鋭敏になってゆく。ほんらい、いきものとはそういうものなのだろう。

いま
この瞬間に
居つづければ
怖いものなど
何一つない

いま
この瞬間に居つづけ
心を平静にしていれば
心はどんどん
浄化される

→日本ヴィパッサナー協会


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コメント

最近エチオピアに在住しているダニエルからメール来ました。瞑想の重要性を説いています。宗教の違いは表札、大切なのは、その中に住んでいる人の生活と思いました。

投稿: 10月のマルコ | 2009.10.27 21:34

なかなか深く瞑想できません。
なんとか、アーナパーナをやるのが精一杯で、
なかなかヴィパッサナーまでいきません(´・ω・`)
もう一度、瞑想合宿に行かないとかな。

投稿: たにやん | 2009.10.28 10:56

★10月のマルコさん、
ダニエルはいまエチオピアにいるのですか。
文字通り、世界中にヴィパッサナー瞑想法を
広めているのですね。頭が下がります。
彼こそ人生を有意義に生きていますね。

投稿: ripple | 2009.10.28 21:05

★たにやんさん、
わたしもそんなに深くはしていません。
アナパナだけで終わることも多いし、
それも雑念ばかりのこともあります。
ヴィパッサナーに入っても片道だけとか。
それでも毎日つづけていれば心が確実に
浄化されていくでしょう。
ATを取り入れると、瞑想が一段とうまく
いきます。やはり姿勢は大切ですね。

投稿: ripple | 2009.10.28 21:08

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