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2009.07.18

お葬式

14日、火曜日の朝、市立多摩病院で叔父が亡くなった。78歳、肺炎だった。わたしは朝5時半ごろ病院に行ったが、もう意識はなく、荒い呼吸を繰り返していた。それでも一日ぐらい大丈夫かなと思ったが、9時15分に息を引き取った。

Tamakaido_2きのう多摩会館でお通夜が、きょうは告別式が行われた。父の弟でいろいろお世話になった方だが、病気には勝てなかった。ただ、死に顔が悟りをひらいたようにおだやかだったので救われた。また数日前の猛暑が雨のおかげで一段落したのもよかった。これがあの猛暑では会葬の客も楽ではない。多摩会堂はうちから近いので、きのうは自転車で行き、きょうは雨がぱらついたのでPASSOで行った。葬儀専用の建物だから、非常に合理的にできている。

いつも思うことだが、遺族は病院で介護した挙句、故人を失って辛いのに、葬儀の準備に神経を使わなければならないのはちょっと酷な話だ。変に形式的なことが多い。その点、キリスト教の葬儀は割りにすっきりしていているし、故人を悼む気持ちがこもっている感じがする。しかし、いずれにしろ故人との別れの儀式はけじめとしてやらなければなるまい。

津田山の火葬場で荼毘に伏し、多摩会館に戻って初七日の法要を行った。天台宗のお坊さんがお経をあげてくれたが、まじめで丁寧で、いい法要だった。葬儀では数十年ぶりにお会いする人などがいて、やはり、故人を介して親交を温めるいい機会となった。人間は誰でも死を迎えなければならない。


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コメント

叔父様のご冥福お祈りいたします。
葬儀は別れですが、なにか神聖な気持ちになりますね。天台宗のお坊さんのお経、これも心と言うか魂に響くと思います。

投稿: 10月のマルコ | 2009.07.19 12:01

★10月のマルコさん、
葬儀はいつも、死について考えさせますね。
死ってなんだろう、家族ってなんだろう、
人間ってなんだろう、人生ってなんだろう。
もっとも、いまではリアルな死を目の当たり
にすることは少なくなってしまいましたが。

投稿: ripple | 2009.07.19 13:12

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