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2009.05.25

ロミオとジュリエット

ラジオで、小田島雄志先生の「シェイクスピアより愛をこめて」という講演を聞いた。先生は、早口で少し口ごもる、しかし親しみのある独特の話しぶりで、シェイクスピアの作品の魅力について語っていた。シェイクスピアは難しくない。当時の一般大衆が見て楽しめる娯楽的な芝居なのだという。みずからをシェイクスピアのセールスマンと呼んで、はばからない。

有名な台詞(せりふ)について解説していたが、もっとも有名なのは「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンだろう。ロミオが隠れているのを知らずに、ジュリエットがバルコニーに出てきてこんな台詞を述べる。「おお、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」と。ジュリエットの台詞は16行あって、そのなかで11回もロミオの名前を呼ぶのだそうだ。

わたしはジュリエットが悶々としてただ「あなたはどうしてロミオなの」と言っているのだと、軽く考えていた。ところが小田島先生によると、ジュリエットのキャプレット家とロミオのモンタギュー家は敵対関係にあるから、その名前が二人の恋の障害になるというのである。だから、名前がなければ二人はなんの障害もなく結ばれるのに、とジュリエットは嘆くわけだ。彼女は、名前と実体とは別のものであることに気がついたのである。バラはバラと呼ばなくても、そのままで美しい、というわけである。

わたしたちも名前に振り回されていることが少なくないように思う。会社や学校の名前、ブランド商品など、その本人を表すものではないものに翻弄されることがある。名前なんかより、その実体が重要なのだという指摘、これがこの台詞のカギであるというのである。そのほか、ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」などといった台詞についてもユニークな解釈をされていた。とにかく、シェイクスピアは思ったより身近な人間だったと思っていいらしい。そういえば、「恋に落ちたシェイクスピア」という映画でも、かなり軽い感じに描かれていた。「アマデウス」ではモーツアルトも音楽以外ではダメ人間だった。あんがい、そんなものかもしれない。

シェイクスピアは
近寄りがたい
存在だったが
どこにでもいる
愛すべき人らしい


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コメント

シェークスピア、まともに読んだのは、リチャード三世くらいです。もちろん、ロミオとジュリエット、オセロ、ベニスの商人、など、子供向きの本で読んだり、なんとなく知ってるお話は多いですね。

ロミオとジュリエットと言えば、私にとっては、ウエストサイド・ストーリーにつながります。中学生のころ、夢中で何回もみました。あれから映画好きになったような気がします。

アマデウスも面白かったけれど、恋に落ちたシェークスピアも面白そうですね。天才も、すべての面で天才ではありえないし、むしろ人間的にだらしなかったりすると、かえって親近感がわきますね。

投稿: めろん | 2009.05.26 22:18

★めろんさん、
わたしは一冊も本で読みとおしたものはありません。
戯曲だから、映画か芝居ですね。
ジュリエットのオリビアハッセイは可愛かったなあ。
そうか、ウエストサイドのマリアの場面でしたね。
「恋に落ちたシェイクスピア」は分からないところが
多かったように思います。もう一度みないと。(^-^)
ま、芸術家は常識はずれが多いですね。だから、また
面白いのでしょうが。

投稿: ripple | 2009.05.28 13:05

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