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2009.05.05

神さま

神さま
神さまは本当に
おられるのですか
何度もたずねた
我が青春時代

これは『五行歌』三月号に投稿した私の作品の一つである。歌だけみると、いるかいないか分からない神に、いるかいないかを尋ねるというのは矛盾している。しかし、当時の私は神さまは存在すると思っていたが、確信がなかったのである。そこで、神さまがおられる証拠を見せてくださいと尋ねていたように思う。おととい届いた『五行歌』五月号の「作品評」の欄で、ある人が私の歌を取り上げて寸評を書いてくれた。それをここで引用する。

確かに、青春期には幾度となくこういう思いになった気がする。そして作者は他にも神について詠っておられ、それぞれ納得のいく作品だった。ただ神を詠うのは難しいし、神の字を使わずに神を表現したいというこだわりも私にはある。美しい、愛しい、そして驚き、喜び…人間が感動するもののすべてが神ではないかと思えている。

あまたある作品のなかで、私の五行歌に目をとめていただいたことが嬉しい。「神の字を使わずに神を表現したい」、という気持ちもよく分かる。私自身は、今では神の存在を確信している。ただ、それはキリスト教やイスラム教のような一神教ではないし、多神教でもない。やや多神教に近いかもしれないが、万物に神が宿っているという考えで、アニミズムといってもいいだろう。それも生物だけでなく、無生物にも、目に見えないものにも、神が宿り、その力が働いている。この宇宙を創造した力、万物を制御している無数の法則、細胞やDNAの構造や機能などをコントロールしているもの、それらすべてを神と呼んでいいと思っている。神ということばを使おうが使うまいが、そういう力が存在することは疑う余地がない。

きのう、大船植物園フラワーセンターでいろんな花を見てきたが、どの花も精緻をきわめ、色や香り、姿かたちも、可愛く、美しく、ユニークで、感動の連続だった。なにがそういうものを造っているのだろう。自然といえば自然だし、神といえば神である。いままで以上に、神を敬い、自然を愛し、わるいことをしないで生きて行きたい。


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コメント

先生へ
394pの歌評は見ましたよ。神の字を使わず、表現する。愛、美等で。共感しました。私見では全てに神が宿ると思います。花を咲かせたのが神でなく、花が神そのものでもあるとおもいます。また醜なるものも、神と思いました。美、善等の対する物もですね。
以前詠んだ歌です。

不良少女の
瞳の中に
ダイアモンドの
輝きが
あると。。

投稿: 10月のマルコ | 2009.05.06 09:53

★10月のマルコさん、
その通りですね。醜なるものも神なのですね。
たとえば、生物が悪臭を放って腐ってゆく。
それはバクテリアが働いて土に同化させると
いうすぐれた作業でもある。心にも髪は働く。
人がどう思っても自由だが、それにはそれなり
の結果がともなう。それも神のわざでしょう。

親鸞の、「~いわんや悪人をや」ですね。

投稿: ripple | 2009.05.06 16:53

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