ブラスの響き
多摩川吹奏楽団定期演奏会
午後、多摩市民館大ホールでブラスバンドの演奏を聴いた。アマチュアのバンドだがいい演奏を聴かせてくれるので、ほとんど毎回聴きに行っている。クラシックからディズニー、坂本九のメモリアルメドレーなど、変化にとんだ演奏は聴く人を飽きさせない。また、ロビーでのクラリネット五重奏や木管楽器の演奏などもあり、ブラスの響きを身近に楽しむことができた。外は雨、こんな日は音楽を聴くのも賢い過ごし方だろう。
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多摩川吹奏楽団定期演奏会
午後、多摩市民館大ホールでブラスバンドの演奏を聴いた。アマチュアのバンドだがいい演奏を聴かせてくれるので、ほとんど毎回聴きに行っている。クラシックからディズニー、坂本九のメモリアルメドレーなど、変化にとんだ演奏は聴く人を飽きさせない。また、ロビーでのクラリネット五重奏や木管楽器の演奏などもあり、ブラスの響きを身近に楽しむことができた。外は雨、こんな日は音楽を聴くのも賢い過ごし方だろう。
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けさの読売の編集手帳は、森光子さんに国民栄誉賞が贈られることについて触れていた。いい文章なので、全文を載せよう。
名前を聞くと、ある年齢が浮かんでくる、そういう人がいる。「昆虫記」のファーブルならば56歳――不朽の名著全10巻の執筆はその年に始まっている◆やなせたかしさん(90)ならば54歳――漫画家としてなかなか芽の出なかったやなせさんが、アンパンマンを世に送り出したのはその年である。「てのひらを太陽に」は仕事もろくになかった冬の夜、ランプの電球に手をかざしていて浮かんだ詩であると、以前に本紙で語っている◆森光子さん(89)ならば41歳――なかなか役に恵まれず、〈あいつよりうまいはずだがなぜ売れぬ〉と嘆きの句も詠んだ森さんが劇作家菊田一夫の目にとまり、初の主役「放浪記」で女優開眼を遂げたのはその年である◆暗い地中にひとりじっと根を張った人だけが、やがては太い幹を天に伸ばすことができるのだと、その人たちの人生が語っている。「放浪記」の初演からほぼ半世紀、公演通算2000回の金字塔を打ち立てた森さんに国民栄誉賞が贈られるという◆いまもどこかで、不遇の身に耐えつつ悔し涙を肥料にして、志の根を地中深く張っている人がいるだろう。幸あれ。
一回の公演でも大変なエネルギーを使うだろうに、それを2000回とは気が遠くなりそうな数字だ。しかも現在89歳というから頭が下がる。体調のすぐれないときもあるだろう。雑事もあるだろう。その集中力たるや、執念に近いものがあるのではないだろうか。多くの人々を楽しませ、励まし、どれほど徳を積んだことだろう。ただただ健康で長生きされるよう祈るばかりである。編集手帳のメインのところを五行歌風にしてみよう。
暗い地中に
ひとりじっと
根を張った人だけが
やがて太い幹を
天に伸ばす
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二日目は上高地散策と乗鞍スカイライン、畳平の展望だった。朝は晴れていたが、上高地散策の途中から小雨が降りはじめた。去年の秋にも歩いたが、そのときはすっかり枯れ木姿だった木々が芽吹き、若葉のなかを歩くのは気持ちのよいものだった。
焼け岳と大正池
穂高連邦と大正池

木々の緑が初々しい
梓川と河童橋
乗鞍スカイラインを登って行くと、標高が高くなるにつれて雪が多くなった。いちばん上のほうは雪の壁の中をバスが走った。畳平に着くと、雪が降りはじめ、雷が鳴った。山の天気は変わりやすい。雷といえば、雪の上にライチョウの姿を見ることができた。もう夏毛に変わっているので黒っぽく見えた。冬は真っ白になって雪の景色に溶け込む保護色の鳥である。畳平の気温は5度だった。ツアーはいつも買い物をさせる。試食、試飲すると、ついいろいろ買ってしまう。まあ、信州の特産品を見るのも楽しみの一つだ。

乗鞍岳畳平。雪が降り、すぐ近くで雷鳴がとどろく。

証拠写真です。(^-^)

安曇野ワイナリーのお姉さんたち
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火曜と水曜の両日、長野の善光寺で阿弥陀如来が七年ぶりに御開帳になっているというので、一泊のツアーに参加して行った。御開帳は今月いっぱいとあって、平日なのにものすごい人だった。旅行社も参拝時間を少し遅めにしてくれたが、それでも参道の入口から歩き、前立(まえだち)本尊の右手人差し指にヒモでつながる回向柱に触れるまでは30分以上かかった。さいわい、閉館も近かったので前立本尊の阿弥陀如来を本堂の中で参拝する内陣参拝というのも20分ぐらい並んで拝顔できた。頭に数珠を触れてもらう「お数珠いただき」というお加持をやってもらうことなど及びもつかない。地下の真っ暗闇を歩く戒壇めぐりは一時間待ちといっていた。数年前お参りしたときは、待ち時間などなかったのに。

善光寺と前立本尊につながる回向柱

回向柱へと並ぶ人、人、人。

北向き観音(善光寺と合わせて参拝するお寺、別所温泉)

天然醸造の味噌蔵、甘味噌だれが入ったソフトクリームが美味。

小布施の町
小布施の街で藍染Tシャツ、栗の和菓子などを買う。
宿は白馬。白馬連邦に陽が沈む。
ホテルの裏の田圃は田植えが終わったばかり。久々に聞く蛙の大合唱。
白馬の朝
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ラジオで、小田島雄志先生の「シェイクスピアより愛をこめて」という講演を聞いた。先生は、早口で少し口ごもる、しかし親しみのある独特の話しぶりで、シェイクスピアの作品の魅力について語っていた。シェイクスピアは難しくない。当時の一般大衆が見て楽しめる娯楽的な芝居なのだという。みずからをシェイクスピアのセールスマンと呼んで、はばからない。
有名な台詞(せりふ)について解説していたが、もっとも有名なのは「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンだろう。ロミオが隠れているのを知らずに、ジュリエットがバルコニーに出てきてこんな台詞を述べる。「おお、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」と。ジュリエットの台詞は16行あって、そのなかで11回もロミオの名前を呼ぶのだそうだ。
わたしはジュリエットが悶々としてただ「あなたはどうしてロミオなの」と言っているのだと、軽く考えていた。ところが小田島先生によると、ジュリエットのキャプレット家とロミオのモンタギュー家は敵対関係にあるから、その名前が二人の恋の障害になるというのである。だから、名前がなければ二人はなんの障害もなく結ばれるのに、とジュリエットは嘆くわけだ。彼女は、名前と実体とは別のものであることに気がついたのである。バラはバラと呼ばなくても、そのままで美しい、というわけである。
わたしたちも名前に振り回されていることが少なくないように思う。会社や学校の名前、ブランド商品など、その本人を表すものではないものに翻弄されることがある。名前なんかより、その実体が重要なのだという指摘、これがこの台詞のカギであるというのである。そのほか、ハムレットの「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」などといった台詞についてもユニークな解釈をされていた。とにかく、シェイクスピアは思ったより身近な人間だったと思っていいらしい。そういえば、「恋に落ちたシェイクスピア」という映画でも、かなり軽い感じに描かれていた。「アマデウス」ではモーツアルトも音楽以外ではダメ人間だった。あんがい、そんなものかもしれない。
シェイクスピアは
近寄りがたい
存在だったが
どこにでもいる
愛すべき人らしい
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朝から小雨が降っている。かわしんの横の通りで、アルストロメリアの花が雨に濡れていた。以前は名前を知らなかったが、妻がフラワー・アレンジメントをやるようになって、この花をけっこう使うので自然に名前を覚えてしまった。アルストロメリアはスエーデンの植物学者アルストロメール氏の名前に由来するそうだ。別名、「百合水仙」とか「インカの百合」と呼ぶ。南米原産だそうだ。舌を噛みそうな名前だが、アルストロメリアで通すことが多い。わたしは「インカの百合」と呼ぼうかな。

アルストロメリア
アルストロメリア
おまえの祖先は
インカの
人々の目も
楽しませていたのだね
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最近、朝ご飯前に草取りをしている。前回あたりから蚊が出てきた。襟首や耳の後ろなどを刺された。また、しゃがんでいるので、お尻の下のほうをズボンの上から刺してくる。パンツのところは厚いので、その下を狙って刺すのだ。そこで、きょうは前掛けをお尻のほうに掛けて、つまり後掛けにして防衛した。それから襟首には蚊避けのスプレーをかけた。これで、あとは蚊に刺されずにすんだ。
ドクダミの花が咲き始めた。白い十文字のかわいい花だ。花びらの大きさが均等でないところが面白い。ドクダミは独特の臭いがする。サロメチールのような、ハッカのような、一種の清浄な匂いといってもいいだろう。ドクダミの葉は乾燥させて利尿剤などに使われるが、その用途が広いので、薬局では「十薬」という名で売られている。むかしは軽く火であぶってしなっとさせて、血止めに使ったり、鼻に入れたりしたものだ。千葉の大多喜では、薬用のドクダミを栽培しはじめたところ、村の人たちがみんな健康になったという。さもありなん、と思う。

前、横二枚、そして後ろの花びら、という順に咲いていく。
木陰に白く
くっきり咲く
四弁の花
ドクダミには
薬効あまた
自然は
無駄なものは
つくらない
あらゆるものに
役割がある
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女性の患者さんが、「庭に咲いた茉莉花を持ってきました」といって、鉢植えをくれた。「種がこぼれて、いくらでも増える丈夫な花ですから地植えにするといいですよ」という。茉莉花といえばジャスミンのことだ。ところがこの花、まったくジャスミンには見えないのである。匂いを嗅ぐとたしかにジャスミンの香りがするが、見た目はほとんど日々草のような花なのだ。
匂番茉莉(ニオイバンマツリ)
少なくとも、わたしの知っているジャスミンとは似ても似つかない。さっそくネットで調べると、これはナス科の番茉莉、または匂番茉莉(ニオイバンマツリ)という花であることが分かった。別名、アメリカジャスミンともいう。たしかにジャスミンの匂いはするが、いわゆるジャスミンとは違う花なのだ。プレゼントの主は、「この花は白と紫を咲き分けるんですよ」と言っていたが、咲き始めは濃い紫色で、だんだん色褪せていって白くなるらしい。とにかく、庭に地植えしてみよう。

ニオイバンマツリ(アメリカジャスミン)、実際はこんな感じに咲くらしい。

一般的なジャスミンの花

カロライナジャスミン
中国料理には
不思議と
香りのつよい
ジャスミン茶が
よく合う
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庭のユキノシタが満開だ。まだ一つも花びらが落ちていない。近寄ってみると、ちょうど大文字草みたいに見えるが、大文字草もユキノシタ科なのである。わたしにはサーカスのピエロのようにも見える。足の長い小人のピエロが踊っているようだ。暗い所では白が際立ち、さながらたくさんの妖精が集まってにぎやかに騒いでいるようにも見える。ユキノシタのつぎはドクダミの花だ。もう早いのは咲き始めている。

ユキノシタの花


ユキノシタの葉は、この葉の特徴から虎耳草とも呼ばれる。
雪の下が
葉っぱの間から
長い茎を突き出し
たくさんの妖精を
遊ばせている
雪の下の花が
満開になり
暗がりが
ほんのりと
明るくなった
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朝5時ごろ雨戸をあけると、ブドウの葉に光るものを見た。ブドウの葉を縁取るように小さな水滴がついているのだ。他の植物の葉にはついていないから夜露ではないらしい。成長が盛んなブドウの新陳代謝の結果、このような水滴がついたのではないだろうか。それが朝の光に照らされて、キラキラ光っている。なんという美しさだろう。

ブドウの葉を
縁取るように
水滴がつき
朝の光を受けて
煌めいている
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渋谷駅で井の頭線から東横線に乗り換えるとき、コンコースに壁面に飾りつけられた「明日の神話」を見た。岡本太郎の絵で、彼の死後メキシコで発見されたものを修復したものだ。わたしはこの原画を川崎市の岡本太郎美術館で見たことがある。中央に骸骨を廃止、第三次世界大戦を想像させるような、なんとも不気味な絵である。原爆が爆発したのだろうか。鮮やかな色遣いが初めてここを通る人の度肝を抜く。
岡本太郎は生前、「絵はきれいであってはならない。なんだこれは、というように見ている人が驚くような絵がいい」と常々言っていた。大阪万博の太陽の塔もそうであったが、この明日の神話にも、その精神が如何なく発揮されている。岡本太郎はこの壁画を通して、戦争のむごたらしさ、恐ろしさを人々に伝えているのだろう。

将来のある日
原爆が炸裂し
ありとあらゆるものが
破壊され
燃やし尽くされるだろう
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きょうは真夏のように暑くなった。午前中は草取りをしたり、梅の剪定をした。午後からは「新百合ヶ丘さつき歌会」に出かけた。今回から、新百合ヶ丘の昭和音楽大学のそばにある麻生市民交流館「やまゆり」の集会室を借りることになった。駅から五分ほどのところにある新しい建物で快適だ。新会員も二人加わった。高得点の歌を挙げておこう。
さやさやと 知子
生きよう
まだ
出来ることがある
あしたがある
舞い上がる噴水 とし子
水の粒子が
幼子の歓声と
空で交じり合い
初夏が光る
初夏の風は 光恵
緑と一緒に
ウツも連れてくる
たぶん一生
変らない行事
年頃とはいえ 圭子
生意気な奴
別れ際に見た
まろやかなその眼差し
それですべてを許してしまう
次に、わたしと京子の歌を載せる。ともに内容は簡潔明瞭であるが、若干深みに欠けたかもしれない。
ぬるめのお湯に ripple
沈んでいると
フハーッ
いい気持ち
子宮の中にいるみたい
チョコチョコと 京子
草を取る私に
近づいてくる
人なつっこい
セキレイの子
わたしの歌は、こちらのほうがよかったかもしれない。
ぬるめのお湯に ripple
沈んでいると
なんともいえない
心地よさを感じる
子宮の中にいるみたいだ
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黄花藤
この花はどうみても藤に見えるが、藤ではない。マメ科の植物で、どちらかというとエニシダに近い。英語では Golden Chain (金鎖、キングサリ)と呼ぶそうだ。葉を見ると藤ではないことが分かるが、ちとややこしい。そういえば、ニセアカシア(ハリエンジュ)なども豆科で、このような白い房をたらす。キバナフジはヨーロッパではよく見られるようだが、日本ではあまり見かけない。
毎年
かならず
めずらしい花に
出会い
感動がある
去年
見た花も
今年はまた
新しい顔で
ほほえむ
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ヘビイチゴの実 (クローズアップ)
巨大隕石が
地球にぶつかる
という映画があった
ヘビイチゴのアップで
思い出した
宇宙から
地球を見ると
先進国は
夜でも明るいそうだ
なにかおかしい
ひとは
自然から
遠ざかり過ぎたよう
温暖化異変は
天の怒りか悲しみか
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海桐花(とべら)の花
歩道の脇の植え込みに白い小さな花が咲いていた。甘い匂いがする。葉っぱは放射状に出ていて車輪梅のようだが、ちょっと花が違う。みかんの花のようでもあるが、花びらが太い。いろいろ考えていたら、ふと「トベラ」という名前が浮かんだ。以前、鎌倉の鶴岡八幡宮で、植木屋さんがこの木の剪定をしていたので名前を尋ねたら、「トベラ」だと教えてくれた。そのとき、「いい匂いがしますね」と言ったら、植木屋さんは笑いながら「そりゃあ好き好きだよ」と言っていたのを思い出したのだ。なんとなくその笑い方が気になって、トベラという名前が記憶に残っていたのだ。
インターネットで調べてみると、漢字では海桐花と書くそうだ。茎や葉に一種異様な臭気があり、むかし、除夜や節分の日に扉に挟んで、疫鬼を防いだという。トビラノキがトベラになったらしい。ニンニクの臭いででドラキュラを防ぐようなものだ。それで、あの時、植木屋さんが変な笑い方をしたわけが分かった。花は甘い香りがするが、トベラの木自体は悪臭を持っているのだ。わたしが「いい匂いがしますね」といったので、それを否定するわけにもいかず、「そりゃあ好き好きだよ」と言ったのだ。とべらの葉っぱは、また靴べらにも見える。
除夜の鐘で
厄を払い
とべらを
扉に挟んで
厄をよける
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録画しておいた「課外授業・ようこそ先輩」を見た。今回は、お笑い芸人のエドはるみだった。サブタイトルが「無我夢中ってグ~!」だから、見る前から楽しそうだ。生徒は母校の小学六年生。教室へ入ると、いきなり服を脱いで赤シャツと黒いスパッツ姿になり、例の「調子はどう~」という掛声とともに、グーッを連発して生徒たちを笑いの渦に巻き込んだ。
そして、黒板に「無我夢中」と書き、その面白さを伝えるというようなことを話した。「頭で考えるより、実際にやってみよう。そうすればいろいろな発見があるから」と言い、まずは生徒たちに雑巾がけをさせることになった。長さ120mもある廊下を休まず一気に拭いてゆくというのだ。最初にエドさんが手本を見せる。息も絶え絶えになんとかこなす。それから、生徒が一人ずつ雑巾がけをする。途中で膝をついてしまったり、止まるものもいたが、なんとか全員クリアする。やればできる、達成感がいいなどと、生徒からプラスの感想も聞かれた。

その日の宿題は、生徒の親から無我夢中になった体験を聴くこと。仕事に夢中だった、恋に夢中だった、子育てに夢中だった、など、ふだん聞けないようなことも両親から聞き出した。
さて、翌日は玉拾いのゲームだった。丸い円のなかに玉入れで使う赤い玉を100個ばらまき、1分間で何個入れることができるかというゲームだ。手近なものから拾って中央の篭に入れるもの、赤い玉を篭のまわりに集めてから入れるもの、いろいろだ。それでも6人だったかな、ぜんぶ篭に入れることに成功した。最後にエドさんが挑戦。大人であることもあるが、左手に篭を持ちながら、40秒ぐらいでぜんぶの玉を拾いあげてしまった。もちろん、これは競争でなく、自分との戦いを体験させたのだ。
一生懸命やること、無我夢中でやること、そこから新しい発見が生まれ、新しい自分が見つかる、そんなようなことを知ってもらいたかったのだ。文字通り、からだを張った授業である。最後に、エドはるみは自分の半生を語りながら涙を流していた。一緒に雑巾がけをし、一緒に玉入れをした生徒たちも大きく心を動かされたのが分かった。とにかく、考えるより行動に出ることの大切さはじゅうぶん伝わったのではないだろうか。
からだを張って
子供たちに
無我夢中を教えた
エドはるみは
無我夢中だった
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あんどん仕立て
野菜作りのプロの畑を見ると、ナスやトマトの苗に一つずつ丁寧に風よけのあんどんが掛けられていた。四本の支柱に肥料の袋などを巻きつけるようにして張り、風や寒さから守っている。その数がまた半端ではない。ここのナスなど2メートルを越すほどの丈になり、遅くまで実をつけている。いいものを作るには、それだけ手をかけなければならないのだ。わたしみたいに休日菜園ではこうはいかない。だから収穫も味もイマイチだ。ま、新鮮さだけが取り柄かな。
野菜は
手を掛けただけ
味や
かたちで
答えてくる
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きのうの夜、読売ランドのゴルフ場の山道を走っていたら、車を止められた。「この先で車が燃えていて通れないから、ここでUターンしてください」という。「どうしたんですか」と訊くと「交通事故です」という。そう教えてくれた人は事故のうしろを走っていた人らしく、みんなに迂回するように知らせているらしかった。Uターンしてすぐ警察官のオートバイと救急車にすれ違った。そういえば、何かが燃えているような臭いがする。
読売ランド駅のほうに向かっているとき、五行歌の仲間が近くでケーキ屋さんをやているのを思い出した。名前は忘れたが、場所はだいたい知っていたので注意して走ると、そのケーキ屋さんが目に入った。そうだ、「パルテール」という名前のお店だ。たしか、フランス語で「花壇」という意味だと聞いている。

自家製洋菓子の店、「パルテール」
ご主人は驚いていたが、とても喜んでくれた。奥さんも感じのいい人だった。店内にはご主人の趣味の絵てがみや水墨画などが貼ってあった。母の日でケーキの売れ行きがよかったらしく、陳列棚には少ししか残っていなかった。それだけ、お得意さんが多いのだろう。うちでも、シュークリームやアップルパイなどのケーキを五つ買った。交通事故のせいで迂回をしたおかげで、この店に寄ることができたというわけだ。

アップルパイ、シュークリーム、チーズケーキ、コーヒーロール、ブランデー入りのチョコレートケーキ
こちらが、そのケーキ。だ。母の日だから、まず仏壇にお供えし、ほどなくして我々がご馳走になった。シュークリームのクリームがとろけるようで、うまい。チーズケーキが濃厚で、うまい。ショコラはブランデー入りで、少し苦味のきいた大人の味で、これまたうまい。きょう、アップルパイを食べたが、酸味のきいたリンゴとパイの焼き加減が抜群で、うまい。コーヒーのロールケーキも外側にナッツの粗挽きがまぶしてあって、バタークリームがうまい。 歌会の仲間だからというわけでなく、お世辞抜きに美味しいケーキだ。

■パルテール: 麻生区高石3-35-25、水曜定休、(道路の反対側にPあり)
美味しいものを
いただくと
つくった人の
優しさが
伝わってくる
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バラ(大船フラワーセンター)
母とは生き別れ
義母はよく
陽ちゃんは
ピンクのカーネーションだね
と言っていた
わたしを
産んだ日
母は
命がけだった
かもしれない
義母を
お母さんと
呼んだことはない
おばちゃんだった
自然だった
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栃木県は知っているが、栃の木を知っている人は少ないかもしれない。マロニエといったほうが分かるだろう。マロニエもトチノキ科だから葉っぱが似ているが、あちらは棘がある。ともに大きな葉をつけるので、夏はいい日よけになる。栃の木の花となると、あまりお目にかからない。これはきのう帰りに見つけた栃の木の花だ。甘い匂いがするのでミツバチなどが舞っている。白花もある。栃の木は里山の暮らしに密着していたらしい。この実を粉にして栃餅などを食べたという。そう、栃の花のハチミツも多い。
木の花は
高い所にあるし
地味なので
見過ごしがちだが
発見の喜びが大きい
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きのう、たまたま関口宏のバラエティー番組を見た。あとでサブタイトルを見ると、「ついに実現!関口宏の東京フレンドパークⅡ今夜限りの夢の競演!フィギュアスケーターTOP4華麗なる挑戦スペシャル」と、こちらが恥ずかしくなるほど大げさだ。
それはともかく、浅田真央、安藤美姫、織田信成、小塚崇彦の4選手が出場した。小さいころから合宿などで行動を共にしてきたという4人は、兄弟姉妹のように仲がいい。からだを使ったいろんなゲームに挑戦していたが、さすがに運動神経がいい。スケートのときの表情とは打って変って、大はしゃぎだった。
最後のゲームはダーツだったが、ここで奇跡が起こった。まず、4人がそれぞれ賞品として欲しいものを告げる。浅田真央は大型冷蔵庫、安藤美姫は家族温泉旅行、織田信成はノートパソコン、小塚崇彦は液晶テレビを希望した。ダーツ投げの権利は9回である。最初に小塚が冷蔵庫を当て、つぎに織田が自分の希望のパソコンを当てた。さらに浅田が家族温泉旅行を当てたかと思うと、こんどは安藤が液晶テレビを当ててしまった。つまり4人が全員、希望の賞品を獲得することになったのである。
高速で回転する円盤にダーツを投げるのだからヤラセなど考えられない。外れるほうが多いはずなのに、4人が4人とも賞品を当て、それもダブることがないなんて。これはほとんど奇跡としか言いようがない。それが証拠に、二順目は4人とも的を外してしまったではないか。最後の一本はリーダーの織田が投げたが、これがタワシだった。ちゃんと落ちまでついている。
京子が、「ふだん一生懸命練習して大勢の人を喜ばせているから、きっと神様がごほうびをあげたのね」と言った。わたしも、「偶然にしても出来すぎだよね」と返した。
| コメント (4)
古都のあけぼの(大船フラワーセンター)
passing sixty
before I knew it
I still have
burning
passion inside
知らぬ間に
還暦を越したが
まだまだ
燃え上がる
情熱はある
火の色
血の色
恋の色
そして赤は
危険信号でもある
| コメント (6)

妻のフラワー・アレンジメント、作品77。"Flower Box"
シルバーデイジー、ヘリクリサム、サリグヌム、ムルニア、シトリフォリア
干からびて
なお
人の目を
楽しませる
花もある
| コメント (3)
人混みの中に
いるのに
いや、だからこそ
たまらなく
寂しいことがある
子供のころ
掛けてもらった
優しい褒めことば
いまでも
胸が熱くなる
深呼吸して
心を落ち着かせよう
すると
見えないものが
見えてくる
怒ってなんかいない
と怒鳴る人がいる
泣いてなんかいない
と涙を流す人がいる
心はままならない
突っ張らないで
しなやかに
生きるほうがいい
春の嵐になびく
草木をごらん
やったことの
結果は出る
もちろん
やらなかったことの
結果も
| コメント (4)
きょうは、ほとんど一日中雨だった。先日野菜の苗を植えたので、いいお湿りをもらってホッとしている。長いあいだ降ったので、かなり水が地面に浸み込んだと思う。
出光美術館
昼ごろ、水墨画展を見に日比谷の出光美術館に行った。となりの帝国劇場では森光子の「放浪記」が上演されていた。出光美術館は立派な美術館で、展示されている水墨画も、雪舟、阿弥派、狩野派、富岡鉄斎、尾形光琳、浦上玉堂、仙涯、俵屋宗達、長谷川等伯、北斎、などそうそうたる面々の作品ばかりだ。大胆な渇筆、たらしこみ、緻密な線画など、達人たちの意気込みを感じさせてもらった。南画の遠近法などにも味わいがあった。水墨画を鑑賞したあとは、皇居の見える展望室で休憩した。桜田門や富士見やぐら、お濠(ほり)、霞が関の官庁街などが小雨に煙っていた。
左から、合同庁舎ビル、警視庁、皇居と桜田門

内濠、中央右は帝国劇場
山野草展
ひさしぶりに日比谷に出てきたので、日比谷公園に足をのばした。雨も小降りになってきた。小さなレストランを借り切った結婚式が行われていた。また「山野草の展示会」も行われていて、珍しい植物を見ることができた。たちまち、小さな花たちの美しさに見とれてしまう。

日比谷公園

山野草展
松本楼
小腹がすいたので、松本楼に寄って名物のカレーを食べた。ハイカラ・ビーフカレーはコクがあってクリーミーで、とても美味しかった。病みつきになりそうな味ね、と京子。760円とは良心的な値段である。公園の木々の葉が雨に濡れて、その色をいっそう濃くしていた。バラも咲き始めている。

日比谷公園内の
松本楼は
創業なんと百六年
味にも雰囲気にも
風格が宿る
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神さま
神さまは本当に
おられるのですか
何度もたずねた
我が青春時代
これは『五行歌』三月号に投稿した私の作品の一つである。歌だけみると、いるかいないか分からない神に、いるかいないかを尋ねるというのは矛盾している。しかし、当時の私は神さまは存在すると思っていたが、確信がなかったのである。そこで、神さまがおられる証拠を見せてくださいと尋ねていたように思う。おととい届いた『五行歌』五月号の「作品評」の欄で、ある人が私の歌を取り上げて寸評を書いてくれた。それをここで引用する。
確かに、青春期には幾度となくこういう思いになった気がする。そして作者は他にも神について詠っておられ、それぞれ納得のいく作品だった。ただ神を詠うのは難しいし、神の字を使わずに神を表現したいというこだわりも私にはある。美しい、愛しい、そして驚き、喜び…人間が感動するもののすべてが神ではないかと思えている。
あまたある作品のなかで、私の五行歌に目をとめていただいたことが嬉しい。「神の字を使わずに神を表現したい」、という気持ちもよく分かる。私自身は、今では神の存在を確信している。ただ、それはキリスト教やイスラム教のような一神教ではないし、多神教でもない。やや多神教に近いかもしれないが、万物に神が宿っているという考えで、アニミズムといってもいいだろう。それも生物だけでなく、無生物にも、目に見えないものにも、神が宿り、その力が働いている。この宇宙を創造した力、万物を制御している無数の法則、細胞やDNAの構造や機能などをコントロールしているもの、それらすべてを神と呼んでいいと思っている。神ということばを使おうが使うまいが、そういう力が存在することは疑う余地がない。
きのう、大船植物園フラワーセンターでいろんな花を見てきたが、どの花も精緻をきわめ、色や香り、姿かたちも、可愛く、美しく、ユニークで、感動の連続だった。なにがそういうものを造っているのだろう。自然といえば自然だし、神といえば神である。いままで以上に、神を敬い、自然を愛し、わるいことをしないで生きて行きたい。
| コメント (2)
いい天気なので、鎌倉に行くつもりで家を出た。小田急「藤沢行」の急行に乗ると、車内放送で、江ノ電に乗るには1時間以上待つことになる、というではないか。そこで藤沢から大船に出て、湘南電車に乗り換えて鎌倉に行こうとした。が、大船には大船観音とフラワーセンターがあるのを思い出し、そっちに行ってみることにした。とにかく臨機応変の旅である。しかも観音様は階段がきついのでやめて、フラワーセンター(大船植物園)に直行した。
初めて訪れる場所だが、ここは県営のフラワーセンターで想像以上に広かった。ポピー、デイジー、芍薬園、バラ園、温室の花などを写真を撮りながら歩いたがが、一回りするのに3時間以上かかったのではないだろうか。牡丹やツツジは終わりかけていたが、芍薬やバラは咲き始めたばかりで勢いがよかった。木の花もいろいろ面白いものが見られた。植物園は手入れされ、区分され、名札がつけれているのがいい。連休なので、芝生でお弁当を広げる家族ずれやカップルが多かった。
芍薬、バラ、ポピー
ニセアカシア、なんじゃもんじゃ
わあ、きれい!
の連発
大船フラワーセンター

なんじゃもんじゃ

なんじゃもんじゃ
ヤクシマシャクナゲ

芍薬園

バラ園
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白と黄色の
ポピーがきれい
みんな背伸びして
太陽の光を
求めている

ナガミヒナゲシ
先日は花だけだったが、最近はたくさん実をつけている。たしかに長い実だ。それで、ナガミヒナゲシという名前をつけられたという。
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