きのう傘を忘れてしまったこともあるが、外国人の五行歌に対する考え方も聞きたいと思い、京子に留守を頼み、研究会に出席することにした。今朝またグランドプリンスホテル赤坂に行った。銀座線の赤坂見付のD口よりも、半蔵門線の永田町の7番出口がホテルに近いことが分かった。会場には50人近くの聴衆がいたのではないだろうか。

五行歌世界大会に出席した外国人たちが、それぞれ五行歌について思うところを述べた。アメリカのリンダ・ヴォスさんは教師をしているそうだが、「五行歌によってすなおに自分を見つめることができる。自分と自分以外の間にあるベールのようなものを打ち破って、自分と対象とがひとつになることができる」などと言っていた。「短い言葉が多くのことを語る」と話していたのが印象的だった。
I smell
My mother's cooking
At each restaurant
I pass
In Tokyo
東京の
街を歩くと
どのレストランからも
母の料理の
においがしてくる
リンダ
やはりアメリカのエリザベス・フェアさんは、「西洋にも五行歌のようなものはあるが、やはりなにかと制約があったり、五行歌をいくつもかさねて詩をつくったりしている、五行で完結する五行歌のようなものはない」と述べた。「五行歌は、簡単に、すなおに書けるのがよく、アメリカのような物質文明中心の社会には絶対必要だ」とも語った。
My ego deflates
noisily
like a balloon
I lay flat
relieved of so much pressure
わたしの自我が
風船のように
音を立ててしぼんだ
プレッシャーから解放されて
私はゆったりと横になる
エリザベス
ジョセフさんは、「アメリカの自由は幻想であり、自分を見失っている人が多い。本当の自分がわかっていない。五行歌は自分の心を見つめ、自分自身を取り戻すいい薬だ」と述べた。韓国のナ・ソユンさんは、五行歌を作る楽しみについて述べていた。ハングルと日本語は文法や漢字を由来にしているので似ており、五行歌が作りやすいという。

ジョセフ ナ・ソユン
フランス人のドミニクさんは日本語が堪能で、日本人の生徒に書かせた五行歌を日本語とフランス語で披露した。それをエリザベスが英語にして朗読した。フランスでも小さいときから詩を教えるが、韻やリズムに制約があるようだ。大人の詩はわかりにくいのが多いとも言っていた。タイからも現地の日本人夫妻が世界大会に参加されていたが、今朝のディスカッションには見えなかった。

ドミニクさんの日本語、フランス語の五行歌をエリザベスさんが英語で読む

研究会の聴衆の一部
きのう、入賞者の五行歌をきれいな英語で朗詠されたのには感動したが、日本語を英語に翻訳すると、その正確さを期すために英語がやや長くなる傾向があると感じた。日本語は漢字を使ったり、省略が多いから、多少説明を加えないと歌の意味が通じなくなる恐れがある。だから、英語の五行歌はやや長めになる。それは仕方がない。
しかし、上にあげた外国人の五行歌はダイレクトに英語でつくるから、簡潔で、リズミカルな美しい英語の五行歌になっている。だから、その言語言語に応じた五行歌というものができて行っていいのだと思う。その意味でも、五行歌には普遍性があり、世界各国へどんどん普及していくことは間違いないだろう。
※ 上記の英語五行歌の日本語訳はripple試訳。語順を尊重すれば、
おや、
どのお店からも
母の料理の匂い
ここは
東京なのに
私のエゴが消えた
シューッと
風船がしぼむように
ごろんと横になって
甘い解放感にひたる
などと訳すこともできよう。
最近のコメント