四十九日の法要
きょうは、寿福寺で親戚の法事があった。先日亡くなられた方の四十九日である。それこそ日本晴れで、故人の後生がいいのが察しられる。しかも60人以上もの出席者があった。いつも思うのだが、通夜や法要は故人が主催する社交場だと思う。故人を語り、お互いに近況を語り、そして死者との別れを確認してゆく。死者との別れには時間がかかるが、こういう機会を重ねて遺族もなんとなく心が落ち着いてゆくものだ。
いまの人は昔の人ほど時間がないから略式になっていくのは仕方がないが、年回や法事は悪くない習慣だと思う。きっと故人も嬉しいに違いない。その証拠に、法要のあとはなんとなく気分がすっきりする。きょうは、ご馳走を食べ過ぎてしまった。

コメント
高知県は本来全て皿鉢なのですが
これは殿方はとるのをいやがります
私は懐石でします
好評です
高齢の兄弟はこんなことで仲良く暮らすのですね
投稿 みちk | 2007.11.06 03:01 午後
★みちこさん、
こちらもほとんど懐石です。
食べ残したら折りに入れておみやげにします。
はらからの話はずめる芋の秋
投稿 ripple | 2007.11.06 03:08 午後
梨園の方でしょうか、49日は、死者の霊魂と、私たちとの、別れの時間なのでしょうね、
徐々に死を受け入れる時間なのですね、
教会では、1年後に追悼記念式礼拝を捧げます、
投稿 10月のマルコ | 2007.11.06 06:09 午後
★そうです、もう49日なのです。
死を受け容れるには時間がかかりますね。
投稿 ripple | 2007.11.06 07:14 午後