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2007.10.01

お葬式

きのうの日曜日は、28日に亡くなったかたのお通夜だった。午後4時に納棺、6時からお通夜。わたしは受付を任された。あいにくの雨で足下がわるかったが、故人や旦那さんの交友関係が広かったので通夜の客は多かった。250人以上みえたようだから、かなり大きな通夜である。陽気が寒いので、立ちっぱなしの受付はけっこう足が疲れた。

きょうは11時から告別式が始まった。きのうと同じように受付を担当したが、平日にもかかわらず会葬者は100人を超えた。お坊さんが「喝!」と引導を渡すと、故人との別れを認めざるをえない。そのうち雨が上がった。棺を霊柩車に載せるのをわたしも手伝ったが、一人の人生を運んでいるような気がした。ずっしりと重い。

津田山の火葬場で荼毘に付した。その間、あまり交流のなかった人たちと会話をした。故人のつくった社交場である。拾骨室は灰の匂いがして、数人が咳き込んでいた。目に見えない灰が空中に浮かんでいるためだろう。拾骨も、故人との別れのけじめを付ける重要な儀式だと思う。焼かれた骨を見れば、あきらめもつく。

自宅に戻って、初七日のお経を上げ、宴席が開かれた。そこもまた故人を偲んでの交流の場となった。わたしは酒は飲まず、ウーロン茶で通した。頭がクリアでいい。その後、お手伝いをした人たちが集まって「鉢洗い」を行い、すべての儀式が終了した。葬儀会館を使えば2時間足らずですむところだが、自宅でのていねいな葬儀もわるくない。故人が大切にされているように思えるからだ。だが、現代人は忙しくなる一方で、簡略化の方向は変わらないだろう。

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コメント

婚礼葬儀は
業者を儲けさします

心がこもって
シンプルがいいです

投稿: みちこ | 2007.10.02 09:14

みちこさん、
アメリカ映画などをみると、結婚式も葬儀も
ほんとうにシンプルですね。日本はたしかに
お金をかけすぎると思います。

投稿: ripple | 2007.10.02 09:33

経営者の方等どうしてもお葬式をしなくては
いけない場合もあると思いますが、
私は家族だけでそっと静かに
済ませてほしいと願っています。
最近 身内だけで済ますと言う方が
増えていますね。

投稿: sakura | 2007.10.02 11:41

sakuraさん、
本当に心ある人たちが寄って、故人の冥福を
祈るというのが理想でしょうね。ただ葬儀と
いうのは関係する人たちとのけじめにはなり
ますね。
 うちのほうでは、講のようなものがあり、
当家の人は手を出さなくても、まわりがいろ
いろ形式どおりに運んでくれます。それはそ
れでよくできていると思います。
 マルセ太郎さんのときは、役者は拍手がな
によりの贈り物だというわけで、出棺のとき
みんなで大拍手をしてお送りしました。

投稿: ripple | 2007.10.02 12:33

所謂先進国程、葬儀を簡素化している傾向ですね、しかしインドは今でも、ガンジスの傍で、聖なる火で焼かれるようですね、日本の葬儀は形式に趣を置きすぎと、中国人の眼から見てそう感じると、意見されました、キリスト教式では、案外質素です、
亡き友の、ご冥福とご家族の、平安を願います、

投稿: 10月のマルコ | 2007.10.03 15:32

マルコさん、
日本の葬儀は、みちこさんのおっしゃるとおり、
葬儀屋儲けの儀式ですね。あまり心がこもらない。
キリスト教では、故人の人生のあらましを述べたり
して、花を手向けるぐらいで簡素でいいですね。
葬式仏教から瞑想仏教に戻ってもらいたいです。

投稿: ripple | 2007.10.03 21:02

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