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2006.08.31

女のひとり旅

うちの患者さんに旅行好きな人がいる。むかしで言えば古希なのに、自動車で日本中を走り回っているのである。しかも女性である。60歳になって歩く楽しさを覚え、さらにドライブする楽しさを覚えたようである。なんでも、車を改造して「道の駅」に泊まり、たまには旅館を使っているという。「道の駅」はトイレもあるし、ところによっては風呂もあるだろう。

そこで、実際に自動車を見せてもらった。車は1400ccの日産キューブ。助手席にはテーブルがセットされていて、コーヒーメーカーが備え付けられている。もちろん、揺れてもこぼれないように改良されている。12ボルトの自動車バッテリーに100ボルト用のコンバータをつけてあるから、どんな電気製品も自由に使える。完全ハンズフリーのケータイ、ナビもついている。

中列と後列は座席を倒してベッドになっている。小柄な女性だからそこでじゅうぶん眠れるそうだ。もちろん、専用の目張りシートがあって中は見えない。これで、高野山に上ったり、富士山のまわりを走ったりして楽しんでいるという。すごい女性がいるものである。人間、その気になればなんでもできるものだなあと感心した。ちなみに、この女性の坐骨神経痛はほぼ完治した。あとはばね指だけだ。

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2006.08.30

竹しばり

定休日だし、天気もあまりパッとしないので家のまわりを片付けた。春先に切った竹が邪魔なのでそれを整理した。30㎝ぐらいに切りそろえて輪にしてゴミ置き場に出すのである。篠竹なので、竹引き専用のノコギリを使えば簡単に切れる。また、小枝は枯れているので手でビシビシ折って糠袋に押し込めばいい。

はじめは何時間かかるか分からなかったが、たくさん仕事があるとき、わたしは「始めればいつかは終わる」と思うことにしている。とにかく、少しずつコツコツとやっていけばいつかは終わるのだ。千里の道も一歩から、というわけである。逆に言うと、「始めなければいつまでたっても終わらない」という怖い真実もある。竹かたづけは2時間半ぐらいで無事終了した。

思っても
何もしなかったら
本当に
なにもしなかった
ことになってしまう

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2006.08.29

YOKOHAMA-WALKER

先日、横浜ウォーカーなる雑誌が治療室の取材にみえた。きょう発売になるというので、さっそく京子が買ってきてくれた。「ジモト愛」というコーナーに登戸が取り上げられている。しかし、そのページの載せられた店の数の多いこと、それに文字や写真が小さいので老眼が来ているわたしにはひどく見ずらい。ほとんどタイトルしか読めない。

Walker そのタイトルのなかに、「ひそかにブーム・登戸でいま”?”がはやっていた!」というのがあった。それがうちの治療室を紹介してくれている記事である。ま、3ページに登戸全体を詰め込むのも強引だが、このタイトルも、いかにもくさい。それでも、さすがはプロ、要領よく文章をまとめていたのには感心した。(図は拡大できます)

うちはエステではないが、鍼灸やオステオパシー(整体)の治療をすると、血行がよくなり、ホルモンがよくはたらき、自律神経が活性化され、からだの内面から健康で美しくなることは間違いない。

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2006.08.27

オオタカ

カワセミを見ていた人たちが帰ろうとすると、鳥見の達人が「オオタカがいる」と叫んだ。200m以上離れている松の木の枝に止まっているという。説明を聞いてもなかなか特定できない。やがて白い姿が目に入った。とにかく遠い。わたしの400mmのレンズではきれいに撮れそうもないが、カメラを手すりに固定して何枚か撮ってみた。

Ootaka03

Ootaka04 

Ootaka01

一番上が400㎜で撮った写真、つぎの2枚が拡大画像。達人はこれを肉眼で見つけてしまうのだからすごい。鳥の習性や好みの止まり木、猛禽類が来たときのカラスの騒ぎかたなどで見つけてしまうらしい。オオタカはさすがに凛々しく、格好がいい。

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カワセミ親子

野川の川辺は葦や雑草が生い茂り、ヤブコギをしなければ歩けない状態だった。きたみふれあい広場にはケイトウ、コスモスなどが咲いていた。野鳥の姿は少ない。大きな木のなかでゴイサギがまどろんでいた。

Fureaihiroba
きたみふれあい広場

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ゴイサギ(まだ成鳥になりきっていない)

神明橋の下の岩場でカワセミのメスが魚を採っていた。一度は失敗したが、二度目には成功した。水はあまりきれいではない。

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父親らしい

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鳥見の先輩に上流にカワセミの三番子がいると聞いて、行ってみた。まだ胸のすすけた子供が3羽遊んでいた。ぜんぶで5羽いるという。動きが活発だ。

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カワセミ幼鳥の3ショット

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ねらいを定めて突っ込む寸前

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2006.08.26

わくわくバザール2

7月8日にやったばかりなのに、きょうもまた登戸東通り商店会で「わくわくナイトバザール」なる催し物をやるという。のぼりと・ゆうえん隊は子供たちの「かえっこバザール」をやる予定らしい。ま、準隊員として顔だけは出そう。かえっこ用には、以前、大学教授がユーフォーキャッチャーで取ったクマのプーさんを出品した。

今回はバンドが多かった。いつもの米屋の前のステージのほかに、あちこちのスペースでいろんな音楽をやっていた。登戸小学校のブラスバンドも「ブラジル」なんて難しい曲を吹いていた。バグパイプを吹いているバンドもあった。川崎のお姉さんは歌がうまかった。専修大学のバンドも出ていたが、いまいち迫力がない。デキシーのスイングバンドは語りも曲も乗りがよかった。わたしは見逃したがフラメンコのダンスもあったらしい。

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川崎のおねえさん

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バグパイプもあるエスニックなバンド

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乗り乗りのスイングバンド(右端にベースが隠れてる)

Waku007
ここでフラメンコの踊りがあったらしい

Waku009
メインステージ

Waku008
小さな子供も参加している

食べたもの、カインズのお好み焼き、青年部の焼きそば、それとハヤシライス、チキンサンドなど。夏休みのせいもあってか、きょうはずいぶん盛り上がっていた。

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2006.08.25

MDプレーヤー

ラジオ深夜便・こころの時代」や「ドクターローラの人生相談」のMDがだいぶたまった。治療室でも聴きたいものがある。ところが、治療室にはMDがないので、きょう昼休みにヤマダ電機に行って、KENNWOODのMD-CDプレーヤーを買ってきた。

Mdxl1

うちにあるのとほとんど同じタイプなのだが、リモコンボタンの配列がぜんぜん違っている。ほとんどMDを聴くだけだが、時計の設定やチューナーのプリセットなどを初めからしなければならない。まったく、ややこしい。ちょっとモデルチェンジしただけで、キーの配列をそんなに変えないでよ、と嘆く。リモコンが前より一回り小さくなっているので老眼が来ている身にはつらい。ま、会社が同じだから、その点、機能などは似ているから少しはらくだ。

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2006.08.24

父と暮らせば(2)

BS2で『父と暮らせば』をやっていたので、今回はじっくり観た。7月19日に横浜の県民共済ホールに行って見たのに、寝不足のせいと薬のせいでほとんど寝てしまったからだ。しかし、問題は映画のほうにもある。井上ひさしの芝居を映画化したものなので場面転換や動きがすくなく、もっぱら台詞をきかなければならないからだ。

それに3年たって現れる父の幽霊があまりにリアルすぎる。生きているのか死んでいる人が演じているのか分かりにくい。娘もまた自然に対応しすぎてピンとこない。「わたしは幸せになってはいけないのよ」というのも「そうだろうか?」と思ってしまう。亡くなった人のぶんまで幸せにならないと、というのが自然のようにおもうのだが、生き残った人の負い目はそんなにつよいのだろうか。広島弁でずっと通したのは成功していると思う。一度、舞台を観てみたい。

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いなぎ

あさ、近所に住む親戚が梨を三つばかり持ってきてくれた。稲城という梨だそうだ。今年の1月に父親が亡くなったので友人や知人に教わりながら、がんばって梨を作り、その作品を持ってきてくれたのだ。肥料をやったり、消毒をかけたり、授粉、花わけ、摘果、草取り、袋掛けなど大変だったろう。初物なので、さっそく仏壇に供えて報告をした。

ことしは雨が多かったので日照が不足がちでやや甘味が少ないようだ。会社をやめて梨園を継ぐというので心配していたが、りっぱな梨をつくっているのでホッとした。最初から売れるような梨をつくるには並大抵の努力ではできないだろう。よく日焼けした顔が嬉しそうだった。

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2006.08.23

はだか

熱帯魚の
真似をして
裸になって
寝た
熱帯夜

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2006.08.21

カムリ、エアコン故障

カムリのエアコンが壊れた。カローラ店にもって行ったら、ガスが漏れてしまったそうだ。しかもこのガスはすでに使用が禁止されているので充填できない。別のガスを詰めれば強度のないところからまた漏れる恐れがある、などと脅される。9月になるとカローラがフルモデルチェンジしますから、購入をご検討ください、なんて言われてしまった。

自動車はほとんど乗らなくなってしまったからいいが、雨の日が困る。とくにタオルを運ぶ日は荷物が多いので困る。自転車の前後のかごに荷物を入れて片手に傘を持って運転しなければならない。強い雨だと、カッパを着なければ危ない。やれやれ、15年間乗って6月に車検を通したばかりのカムリをどうするか、、また考えなければならない。

きのうトヨタの中古車屋に寄ったら、カリーナ・マイロードが展示してあった。79万8千円だった。1500ccで車検が12月までだが、14年式だから比較的新しい。中古車でも買うか。遠乗りをしなくなったのであまり大きな車は必要なくなってしまった。軽自動車だっていいのだが。

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2006.08.20

セミの抜け殻

Semigara

サカキの葉の裏にアブラゼミの抜け殻がたくさんついている。堅い地面を掘り進んで手頃な木を見つけ、ゆっくり上り詰めて恰好の場所を見つけ、安全を確認し、数時間かけて羽化したのだろう。しかもこの複雑な形のよろいから脱皮し、まったく違った形のセミにになってわずか1、2週間の命を燃え尽きる。土の中には7年ぐらいいるという。不思議な生き物だ。セミの抜け殻を見るたび、ねぎらいの言葉をかけることにしている。

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2006.08.19

Bフレッツ

なんとかソリューションから電話が来た。ADSLのままの料金でBフレッツに移行できるという。春先には東京電力の光ファイバーTEPCOが大々的に売り出しをやっていた。そのときはまだADSLのほうが安かった。光はTEPCOのほうがいいのだろうか? それともBフレッツのほうがいいのだろうか? 工事、付属端末のことや料金体系がいまひとつよく分からない。

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幸せはプロセス

その時その時を
よかったな
ありがたいな
と過ごせたらいい
幸せはプロセスだから

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2006.08.18

お盆休み

うちの夏休みはお盆休みと一緒だから、ゆっくり休んでいるわけにはいかない。お盆の行事をこなさなければならないのだ。

12日:掃除、盆棚の組み立て準備、提灯組み立て。
13日:盆棚組み立て、飾りつけ、お供え。迎え火を焚く、赤飯を炊く。
14日:新盆のうちや隣近所のお棚参りに行く。4軒。その接待をする。盆僧くる。
15日:親戚来る、7人ほど。接待、送り火を焚く、後かたづけをする。
16日:朝、お墓参りに行く。木更津に行き、送り火を焚く。
17日:暑い、ゆっくり休む。
18日:仕事の準備、草取り、いつもの生活に戻る。

Umihotaru
海ほたる

Umihotaru2
夕日と飛行機

アブラゼミの
鳴き声が
耳をつんざくように
うなってる
夏も終わり

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2006.08.12

人生五十年

人生五十年だったら
もう死んじゃってるね
と夫婦で話す
なにはともあれ
ありがたい時代だ

年をとってみると
年をとらなければ
分からなかったことが
あれこれ

分かってくる

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2006.08.11

パニック障害

若いときに交通事故をやり、背中を強打した。そこが今でも重く、うずく。脳脊髄液減少症という病気がある。髄膜に穴が開いて脳脊髄液が漏れていると、わけのわからないような不定症状が出るという。めまい、不安、動悸、頭重感、などだ。わたしにもこうした症状があるので脳脊髄液減少症の可能性もある。しかし、その治療法はブラッドパッチといって、自分の血液で脳脊髄液の漏れをふさぐ方法で、成功率も6割あまりとあまり高くない。

もうひとつ、パニック障害という病気がある。パニック障害というのは、パニック発作をくり返す病気である。パニック発作は、なんの前触れなく突然あらわれ、だいたい数十分でおさまるのが特徴である。つよい不安感、死ぬのではないか、気が狂ってしまうのではないかなどと感じる。同時に、動悸・呼吸困難・過呼吸・めまい・発汗・ふるえ、などの体の症状があらわれる。夜中寝ている最中、運転中、雑踏の中、満員電車の中など、どこでも起こる。一度起こすと同じ場所に行くのを避けたり、また起こるのではないかと不安になったり(予期不安)する。わたしの症状は、こちらにもかなり近い。

こんな症状が出るようになってから、かれこれ十年以上になるだろう。男の更年期ではないかと思って、男性ホルモンのチェックもしてみたが異常はない。脳神経外科でCTを撮ったり、胃カメラや大腸内視鏡の検査をしたり、ホルター心電図をつけたり、心エコーや腹部臓器のエコーをかけて、徹底的にからだの検査をした。それでも異常はない。しばらくは降圧剤も何種類かのんだ。鍼灸治療をしてもらうと、背中がらくになるが、残念ながら一時しのぎになってしまうのは否めない。

今年の6月、インターネットで調べて、新しい心療内科に行ってみた。初診に45分ぐらいさいてくれて、じゅうぶん話を聞いてくれた。それで、パニック障害に間違いないと診断され、SSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)と2種類の薬を併用して治療していこうということになった。あれから2ヶ月近くになるが、体調が非常によいくなった。めまい、頭重、動悸、不眠、発汗などものとんど消えた。毎朝、20分ぐらい歩いているせいか、血圧も下がり、脈も60代に落ち着いた。とうぜんのことながら、医者の腕にはそうとう差があるなと再認識している。

ちなみに、パニック障害については「NPO法人:全国パニック障害の会」がくわしい。

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2006.08.10

つばめの巣

きのう糠を買ったとき、お米屋さんの壁にツバメの巣があり、こどもが3羽が親から餌をもらっているのを見た。そこで、きょうの昼休みにツバメたちの写真を撮りに、暑い日ざしの中のこのこ出かけていった。きのうのように頻繁ではないが、ときどき親鳥が餌を運んでくると3羽のヒナが黄色い口ばしを菱形にして必死で泣き叫んでいた。

Swallow2

からだはもう親よりも大きいのに、まだ飛べないらしい。それまでたっぷり栄養をつけて巣立ちのときに備えているのだろう。親子を同時に撮ろうとしたが、親ツバメの動きが速いのでなかなかいい写真が撮れない。しあしまあ、大理石のような壁にうまく巣をつくったものである。お米屋さんの話によると1匹はカラスにやられたらしい。もうだいじょうぶだろう、あと一息だ。

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2006.08.09

カラスウリの花

台風の影響で、晴れたり、曇ったり、、強い雨が降ったりの変な一日だった。アジサイやブドウの剪定をしたり、アスパラに支柱を立てたり、落葉の腐葉土に糠を混ぜたり、窓にすだれを取り付けたり、いろんな仕事をした。朝は水道局の214段の階段も昇ってきた。つるなしインゲンがよく採れる。おしたしにしたり、煮たり、てんぷらにして食べている。ナスとキュウリはカラスにつつかれてしまった。

夜10時半ごろ、登戸神社の近くに、カラスウリの花の写真を撮りにいった。去年も撮ったが時間が少し早くて全開していなかったので、再挑戦である。現場に着くと、薄暗いところでボーっと白っぽくたくさんの花が光っている。ちょっと見ただけでは花とは気づかない。その一つ一つがレース編みのような美しい花びらを開いている。見ようによっては蜘蛛の巣のようでもある。夜だけ咲いて、朝はしぼんでしまう不思議な花である。

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Karasuuri603

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追加:小さくしぼんでいる昼間のカラスウリの花 
Karasuuri5

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2006.08.08

句集『草原』

ゆうべ、太田土男さんの句集『草原』をいただいた。土男さんは近所に住む俳人だが、その句はじつにやさしくていい。難しい季語や、文語色のつよいものは閉口するが、どれもごく自然である。ほのぼのとした郷愁にあふれている。こういう俳句なら、やっぱり五行歌とは違った味を認めざるをえないと思う。

新緑やもつたいなくて帽子とる
木枯の押し黙りたる刹那あり
母の日の母の手しつかりと握る
盆僧に百歳の母かしこまる
花野より花野へ湖を渡りけり
帰りたくなくなるほどの青田かな
天の川四万十川を跨ぎけり

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2006.08.07

カラスよけテープ

ブドウの棚にカラスが何羽も来るようになった。どうやら青いのをついばんで行くようである。そこで黄色いテープを張ることにした。ぶどう棚の4隅と長辺の中ほどに、長い竹を取り付け、棚の上のぐるりと黄色いヒモをまわし、さらに対角線にもヒモをかけた。棚の下からはブドウは取れないらしく、それ以後、カラスの襲来は止まった。

と思ったら、こんどはブルーベリーがやられていると京子が叫ぶ。どうも今年はブルーベリーの実の付き方が悪いなと思っていたら、カラスに食われていたらしい。こちらは対策が遅れてしまったが、カラスが嫌がる黄色いネットでもかぶせるか。ナスや、トマトなんかも被害にあっている。野菜にネットをかぶせるところが増えているので、何もしていないうちが狙われているのかもしれない。

きょうは五行歌誌が来た。それから先日の鍼灸学校の同窓会の写真集(CD版)、それにこれはいただきものだが、太田土男さんの句集『草原』が来た。

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2006.08.06

坐骨神経痛

白州の野外コンサートに出かけて、地面に長いあいだ座っていたら坐骨神経痛になってしまったという60代の女性がみえた。白州といえば山梨県で、南アルプスの麓だから寒いところだ。3週間前のことだという。医者に行って鎮痛剤の座薬をもらっているがほとんど効かないという。いままで病気らしい病気はしたことがないらしい。

うつ伏せになってもらって、腰や背中をていねいに揺する。これだけで骨盤まわりや腰椎、胸椎、頚椎などの関節がゆるめることができる。この人のからだを服の上からさわるとかなりの冷えを感じる。本人はコンサートを聞いているあいだ、それほど寒くなかったというが、足腰や背中から私の掌にジーンと冷えが伝わってくる。なんとなくからだの芯から冷えを感ずるのである。

腰にホットマグナー(交流磁場)をかけ、腰や背中を温めて、さらに鍼をしてからだをほぐす。それから骨盤の傾斜を矯正し、右の臀部の坐骨神経に3寸の細めの鍼をした。ふくらはぎとスネに響くようにしてしばらく置く。その後、膝と足首の間の痛みが残ったので、そこには温灸をした。これで腰や臀部の痛みは半減したようである。

直接のきっかけはいろいろあるが、痛みの背景には「冷え」と「疲労」があることが多い。長時間からだを冷やすと血行が悪くなり、筋肉を傷めることがある。とくに同じ姿勢を長く続けていれば姿勢筋が疲労し、なおさら血行が悪くなり、それが神経痛やぎっくり腰の間接的な原因になっていることが少なくないのである。うつ伏せでやるお尻振り体操、あおむけでやる腰ひねり体操をすすめて、治療を終えた。冷えと疲労が原因だから保温と休養が最善の治療ということになる。筋力がある人なので5,6回の治療でなおるのではないだろうか。

●きょうは広島の原爆記念日なので、8時15分には黙祷。いつも涙が出る。

●それから菩提寺のお施餓鬼。長い説法に舟を漕ぐ、落語でもやっとほしい。
 御詠歌も眠くなる。それから片付け仕事。塔婆は直接墓地へ持っていく。

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2006.08.05

ヒグラシの大合唱

Minminzemi午前4時ごろ、ヒグラシの大合唱で目が覚めた。きのうは気がつかなかったから、きょうが初日だろう。カナカナカナという寂しげな鳴き声も大合唱になると、大きな渦のうねりのように聴こえる。それが5時ごろになると消えて、こんどはミンミンゼミ(写真左)に変わる。

5時ちょっとすぎに散歩に出たら、生田浄水場の南側の山の手あたりで、ミンミンゼミの大合唱を聴いた。たまたま近くの気に止まっているのを写真に撮った。こんな小さいセミが体中を震わせてあんなに大きな音で鳴くのだから不思議である。短い生命を必死に生きているを感じる。ヒグラシもミンミンゼミは木と同化してしまうので見つけるのが難しい。

きょうは生田浄水場の裏の寒谷さぶやとに入り、奥まで上ってから左側の山を上り、「生田ふれあいの森」を通り、それから学校道を土渕不動院まで降りてきた。不動院の管理人さんがきのうの盆踊りのあとを掃除していた。「長い時間踊ったから足が痛いよ」と笑っていた。

じつは夕べ、京子と私も盆踊りの輪に加わっていたのである。私は炭坑節ぐらいしか踊れないから、もっぱら村の人たちとおしゃべりを楽しんだ。60歳を過ぎてもマラソンをやっているという元気なおじさんに遭った。ホノルルマラソンも完走したそうである。元気な人がいるものだ。その人が以前新聞に載った私の五行歌を見てくれたという。感激しましたよ、だって。嬉しいね。

Bonodori1

Bonodori2

そして、今夜もまた盆踊りに行ってきた。京子は思いのほか早く浴衣を着ることができた。わたしも、最初からよく踊った。知らないところは前後の人の真似をして、同じのを2、3回もおどればなんとか曲に乗れるようになった。東京音頭、チャンチキおけさ、手拭音頭などを覚えた。来年は練習会にでも出席するか。歌の文句じゃないが、見るだけより踊るほうが何倍も楽しい。

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2006.08.04

石段のぼり

早起きして散歩している。生田浄水場を一周すると20分足らずだが、お不動様に挨拶をしていくと25分ぐらいになる。多摩川の土手まで行くと往復30分から40分ぐらいかかる。ところで、きのうは初めて生田浄水場の裏手の山にある長い石段を昇ってみた。わたしが子供の頃がらある長い階段で214段ある。途中、踊り場が10ヶ所ほどある。

Isidan2

ゆっくり上り始め、中ほどで休憩していると、下からせっせと昇ってくる夫人がいた。「速いですね」と声をかけると、「もう慣れましたからね、はじめはふくらはぎがつりましたよ」という。「一緒に行きましょう、上からの道を案内してますから」というので、一緒にゆっくりしゃべりながら上ったら、それこそあっというまに頂上に着いてしまった。夫人は崎山さんという方で、お年は70近いのではなかろうか。よみうりランドの駅のほうからやってきて、この辺の山を毎日1時間半ほど歩いているという。りっぱなものだ。わたしは頂上からは舗装された自動車道の下り坂をだんだら降りて帰った。

きょうも朝五時半におきて、生田浄水場を左から回り、例の長い階段の前に出た。1ヵ月以上、あるいているので脚力がついたのだろう、きのう階段のぼりをしたのにそれほど足が痛くない。それでも、やはり中ほどで十分休養をとってから頂上まで行った。浄水場の自然ろ過池や遠くの景色がかすんで見えてきれいだ。家について時計を見たら40分たっていた。かなりの負荷運動である。

浄水場の石段の下には、オオマツヨイグサが長い首を揺らしていた。先日はコマツヨイグサの写真を載せた。マツヨイグサは待宵草と書き、夕方から花を開いて朝になるとしぼんでしまう。一般には、ヨイマチグサ(宵待ち草)やツキミソウ(月見草)のほうが通りがよいが、本当は両方とも正式な名前ではない。「宵待ち草の歌」 を竹下夢二が詠んだためヨイマチグサが定着したが、 「マツヨイグサ」 より 「ヨイマチグサ」 の方が語呂がいいことは確かだ。

Ohmatsuyoigusa_2

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2006.08.03

生きて死ぬ智慧(2)

sakuraさんの質問に答えることが難しいので、本文の一部と「あとがき」の後半部分をここに引用させてもらいますね。〔原本:柳澤桂子著「生きて死ぬ智慧―心訳・般若心経」、小学館〕

お聞きなさい
私たちは 広大な宇宙のなかに
存在します
宇宙では
形という固定したものはありません
宇宙は粒子に満ちています
粒子は自由に動き回って形を変えて
おたがいの関係の
安定したところで静止します

お聞きなさい
形のあるもの
いいかえれば物質的存在を
私たちは現象としてとらえているのですが
現象というものは
時々刻々変化するものであって
変化しない実体というものはありません
実体がないからこそ 形をつくれるのです
実体がなくて 変化するからこそ
物質であることができるのです
(p6-7)

「あとがき」より(p43-44)

さて、「般若心経」について、どうしてこのような現代語訳が出てくるかといいますと、私は次のように考えました。これは私の解釈であって、絶対に正しいというものではありません。みなさんにはみなさんの解釈があるのだと思います。

私は、釈迦という人はものすごい天才で、真理を見抜いたと思っています。ほかの宗教もおなじですが、偉大な宗教というものは、ものを一元的に見るということを述べているのです。「般若心経」もおなじです。

私たちは生れ落ちるとすぐ、母親の乳首を探します。お母さんのお腹の上に乗せてやるとずれ上がってきて、ちゃんと乳首に到達します。また、生まれたときに最初に世話をしてくれた人になつきます。その人が見えなかったり、声が聞こえないと泣きわめきます。このように、生れ落ちた時点ですでに、ものを自己と他者というふうに振る舞います。これは本能として脳の中に記憶されていることで、赤ちゃんが考えてやっていることではありません。

けれどもこの傾向はどんどん強くなり、私たちは、自己と他者、自分と他のものという二元的な考え方に深入りしていきます。元来、自分と対象物という見方をするところに執着が生まれ、欲の原因になります。自分のまわりにはいろいろな物があり、いろいろな人がいます。

ところが一元的に見たらどうでしょう。二元的なものの見方になれてしまった人には、一元的にものを見ることはたいへんむずかしいのです。でも私たちは、科学の進歩のおかげで、物事の本質をお釈迦さまより少しはよく教え込まれています。

私たちは原子からできています。原子は動き回っているために、この物質の世界が成り立っているのです。この宇宙を原子のレベルで見てみましょう。私のいるところは少し原子の密度が高いかもしれません。あなたのいるところも高いでしょう。戸棚のところも原子が密に存在するでしょう。これが宇宙を一元論的に見たときの景色です。一面の原子の飛び交っている空間の中に、ところどころ原子が密に存在するところがあるだけです。

あなたもありません。私もありません。けれどもそれはそこに存在するのです。物も原子も濃淡でしかありませんから、それにとらわれることもありません。一元的な世界こそが真理で、私たちは錯覚を起こしているのです。

このように宇宙の真実に目覚めた人は、物事に執着するということがなくなり、何事も淡々と受け容れることができるようになります。

これがお釈迦さまの悟られたことであると私は思います。もちろん、お釈迦さまが原子を考えておられたとは思いませんが、ものごとの本質を見抜いておられたと思います。
現代科学に照らしても、釈尊がいかに真実を見通していたかということは、驚くべきことであると思います。

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2006.08.02

生きて死ぬ智慧

最近、早く寝るので朝4時とか5時に目が覚めてしまう。早寝早起きになった。けさはラジオ深夜便で、柳澤桂子さんの話を聞いた。柳澤さんは生命科学の分野の第一人者で30冊以上の本を書いているが、原因不明の痛みで長いあいだ苦しんでおられる。

柳澤さんは『生きて死ぬ智慧ー心訳・般若心経』を、たった二日でぜんぶ現代語に翻訳してしまったそうだ。宇宙が原子や粒子でできているということがわかると、般若心経の内容が理解しやすいという。わたしも粒子でできているし、宇宙も粒子でできていて、わたしと宇宙は別々であって別々でない。分離できない。エネルギーのさまざまな状態によって粒子は交流しあい、また現象化したりする。いわば、一元論的な見方でものを見ることが正しいのだという。

柳澤さんは、お釈迦様がギリシャの原子(atom)という考えを知っていたのではないかといっている。そうかもしれないが、われわれのようにヴィパッサナー瞑想法を体験しているものから言わせてもらえば、ブッダは理論でなく体験的にからだが微粒子からできていることを、エネルギーからできていることを知ったのだと思う。理屈抜きにそれを体験したのだと思う。理屈抜きに空くうを体験しているのだ。

朝は30分ぐらい歩いている。それから、草取りや掃除などをしている。高めだった血圧も下がってきた。早起きは三文の得というが、いろいろ得るものが多い。

早朝歩き一ヶ月
かくじつに
血圧が下がってきた
やはり人間は
動くべき物

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2006.08.01

美女とおじさん

はちみつ二郎さんの情報によると、登戸新町の第二公園で、ニッポン放送の「うえやなぎまさひこのサプライズ」という番組の「青空イントロクイズ」という公開実況放送があるという。京子に行ってごらんと言ったら、ちょうど患者さんがなかったのでわたしが行くことになった。物好きなもんだ。イントロクイズは小学生が当てて5000円をもらった。そのあとじゃんけん大会もあったが、それにもはずれた。5人の人がラジオをもらえたらしい。

そのあと写真撮影会が開かれた。担当の新保友映アナウンサーはさすがに美しい。番組表にサインをしてもらい、そのあと写真を撮らせてもらった。「恋人のように撮ってください」とスタッフにいったら、驚いたらしく手振れを起こした。いっぺんにファンになってしまった。

Anouncer03
美しい新保友映アナウンサー

Anouncer02
鼻の下の長いこと!

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