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2006.07.25

石川啄木

Isikawatakuboku五行歌を主宰する草壁焔太先生がだいぶ前に書かれた『石川啄木―天才の自己形成 』(講談社新書) を読んだ。厖大な資料をもとにして書かれた名著だが難解でもある。

啄木は曹洞宗の寺の子、4人兄弟の唯一の男子として、母親に甘やかされ、わがままほうけに育ったらしい。家を出ても無為徒食で借金生活を重ねていたようだ。金田一京助や与謝野鉄幹夫婦など無数の人から援助を受けている。18歳で節子と結婚したが、ほとんど放浪に近い暮らしをしている。まったく呆れ果てた俗人である。

その俗人が、「心よく我に働く仕事あれそれを仕遂げて死なむと思ふ」「故郷の訛なつかし停車場の人込みの中にそを聞きに行く」などといった、我々の日常生活の心理的実感に近い平易な歌を作れたのはなぜか。 草壁先生は、人間としての啄木の弱さ、俗物性を取り上げながら、なぜ啄木がこれほど心に響く歌を作ることができたのかを詳しく論じている。

啄木は口語の詩歌を試みているが、草壁先生は啄木の古典の素養の不足を嘆いていた。古典に習熟した上で美しい日本語表現が成立するからである。それにしても、18歳で結婚し、世の中の酸いも甘いもかぎ分けて、27歳で肺結核で死ぬという凝縮された短い人生には、ダイヤモンドのようにキラリト光り輝くるものがある。天才であることは、間違いない。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず

やはらかに積れる雪に
ほてる頬を埋むるごとき
恋してみたし

はたらけど
はたらけど猶わが暮らし楽にならざり
ぢっと手を見る

たんたらたらたんたらたらと
雨だれが
痛むあたまにひびくかなしさ

ある日のこと
室の障子をはりかへぬ
その日はそれにて心なごみき

わが抱く思想はすべて
金なきに因するごとし
秋の風吹く

真夜中にふと目がさめて、
わけもなく泣きたくなりて、
蒲団をかぶれる。

家を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――

曠野《あらの》ゆく汽車のごとくに、
このなやみ、
ときどき我の心を通る。

考へれば、
ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。
煙管をみがく

よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
今日の満足なりき。

何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。

人がみな
同じ方角に向いて行く。
それを横より見てゐる心。

すっぽりと蒲団をかぶり、
足をちぢめ、
舌を出してみぬ、誰にともなしに。

いろいろの人の思はく
はかりかねて、
今日もおとなしく暮らしたるかな


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コメント

心落ち着けて、啄木読んで見たいと思った。
rippleさん、いろんな人が、いろんな事かいてるけど、
今日ここに来て、もう一回啄木と知り合いたいと思った。
そう思ったんだ。

投稿: 愛子 | 2006.07.25 21:27

5日間留守の間に色々アップなさっておられますね。
啄木の歌、rippleさんが作っておられる
五行歌によく似ていますね。
改めて良い歌だと感じました。
本を買って側に置いておきたく思いました。

投稿: sakura | 2006.07.26 21:07

★愛子さん、
草壁先生の勉強量は計り知れませんね。それだけに五行歌運動への自信を感じます。啄木はほとんどの短歌を3行で書いていますね。もうちょっとで5行にいけたのに。啄木は抽象的な歌がなく、具体的で生活感のある、われわれの心にズンと訴える歌をたくさん作っていますね。天才、これは間違いありません。

★わたしもさらに石川啄木について研究してみたくなりました。短い一生のあいだに、なにもかも体験し、その叫びが歌となっているような気がします。

投稿: ripple | 2006.07.26 22:11

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