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2006.04.20

久米の仙人

春に三日の晴れ無し、といわれるように、天候がくるくる変わる。きょうは大荒れだ。台風のように横殴りの雨が降り、一部には雷や雹ひょうの注意も出た。そうかと思うとカッと日が差したりする。

瞑想は心の平静さをはぐくむ行だが、これでいいということはない。人間の心のなかの汚濁はそう簡単には浄化できないのだ。心が落ち着いてきたなと思っても、ちょっと油断すると執着や欲望が顔を出す。日々これ修行である。今昔物語や徒然草に、「久米の仙人」の話が出てくるが、このことを諭している。

むかし、大和吉野の竜門寺に久米という男がこもって修行をしていた。やがて仙人になったが、飛行中に吉野川で衣を洗う若い女のすねを見て心がみだれ、神通力を失って墜落してしまった。しばらく俗世に暮らしたが再び修行をつみ、高市(明日香)遷都のときに都造りの材木を神通力を使って運び、そのほうびとして30町をもらい、久米寺を建てたという。

仙人になっても色香に惑わされるのだから、油断ならない。まして昨今は、脚のすねどころか、太ももや胸元をあらわにしている女性が少なくないので、心の平静さを保つのは並大抵ではない。心がみだれたとき、少なくともそのことを気づくだけの心の余裕を持っていたいものだ。


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