辻原登著『村の名前』を読んだ。芥川賞作品である。中国の藺草いぐさを求めて旅をする商社マンが、数々の奇妙な体験をする。夢か現実か境目がはっきりしない。おとぎ話のような世界に引きずりこまれてしまう。ふしぎな小説である。二度ほど中国に行ったことがあるので、楽しく読むことができた。
小説は書き出しの数行で決まるという人がいるが、辻原さんの書き出しもうまい。ちょっと引用してみよう。
天井から、扇風機のはっきりしない風が降りてくる。音ばかり大きくて回転がのろいから、三枚の鉄製の羽根のかたちがぼんやりとみえる。涼しくもなんともない。風を送る以外の目的で回っているとしか思えない。(中略) まわりは体温とほとんど同じ暑さだ。空気が体の輪郭をあやふやにした。橘は、動くのも、手や足がどこにあるか感じるのも億劫なほどだ。このままなめくじみたいに溶けだしてしまうかもしれなかった。
小説のなかに桃源郷の話が出てくる。桃源郷は、中国の詩人・陶淵明が詠んだ「桃花源記」に出てくる理想郷だ。こんな話である。
川を小舟で上っていった漁師が、桃の林に迷い込んでしまう。そこに山があった。小さな穴があいていて、そこから光りが差し込んでくる。そのトンネルを抜けると、豊かな村があった。戦争を避けて逃げ込んだ人たちの村で、外界とのつながりを一切絶っているといいう。漁師は大いに歓待されたが、帰りがけに「この村のことは他言せぬように」と釘を刺される。しかし、ずるい漁師は目印をつけて帰り、役人に知らせる。役人が目印をたよりに探すが、見つからない。桃源郷は手の届かないところにある。
辻原さんの『村の名前』は、多分に桃源郷を意識して書かれているように思う。現実かまぼろしか区別ができなくなるところがたくさん出てくるからだ。ただ、桃源郷は意外なところだった。去年、車で三峰神社に行ったとき、勝沼から塩山に向かう途中、みごとな桃畑のあいだを通った。一の宮付近だったろう。思わず、「ワーッ、桃源郷だ!」と叫んでしまった。
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