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2006.04.30

セグロセキレイの子ども

おだやかな日だ。日曜なので、野川も散歩の人が多い。中州に見慣れぬ鳥がいた。が、すぐセグロセキレイの子どもだと分かった。近くに親がいて、ピーピー鳴きながら子供になにやら指図していたからだ。どうやら餌の捕りかたを教えているらしい。子どもはまだ羽の色もうすい。保護色でもあるのだろう、中州の砂利に溶け込んでしまう。

Seguroko1
セグロセキレイの子ども

Seguro1
虫をつかまえた親鳥

Seguroko2
親鳥から餌をもらう子ども

Daisagi2
菜の花とダイサギ

Kawasemi410_1
カワセミ

Hana408
ふれあい公園の花壇

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2006.04.28

ツツジ(2)

躑躅

どうも躑躅(つつじ)の字が気になって、学研の『漢和大辞典』をひいてみた。
すると躑躅(テキチョク)という熟語が載っていた。その意味は、

①いっては止まり、いっては止まりして、進まない。
②2、3歩いっては止まる。また、けんけん遊び。
③とんとんと足踏みする。
④木の名:つつじ。

躑:短い距離だけまっすぐ進む。擲(まっすぐ投げる)と同系のことば。
躅:立ち止まる、つまずく、つまずいて止まる。

大昔、羊がある植物を食べたら歩き方がおかしくなった。2、3歩いっては止まり、またいっては止まる。とんとん足をつく。なにかに足をつまずかせたように止まる。そこで、この植物を羊躑躅ヨウテキチョクと名づけた。それが躑躅になったようだ。

こんな字はめったに使わないが、ちょっと気になったので、あえて重箱の隅をつっついてみた。漢字の世界は奥が深い。

●実際、ツツジには一部有毒なものがある。たとえば、レンゲツツジなど。
和名つつじの由来は筒しべから来ているという説などがある。

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2006.04.27

ツツジとサツキ

Ryokuchi406

ツツジ(躑躅)の花が咲き始めた。道路脇のオオムラサキツツジや、垣根の色とりどりのツツジが咲くと、街がいっぺんに華やかになる。そしてまた、ツツジというとゴールデンウィークを連想する。それはともかく、この躑躅という漢字は恐ろしくむずかしい。まるで、髑髏(どくろ)みたいだ。足へんがつくから、足に関係しているらしいが、こんな漢字は他では見ることがない。

インターネットで調べてもあまり詳しくは出ていない。なんでも、ツツジの花や葉に毒があって、それを食べると羊が足蹴りして死んでしまう、ということから来ているらしい。語源としては、馬が食べると酔っ払ったようになるアシビ(馬酔木)に似ている。だが、いったい躑や躅はどんな蹴り方をいうのだろうか。

もっと分からないのが、ツツジ(躑躅)とサツキ(皐月)の違いだ。ツツジという大きな範疇の中にサツキが入っているらしい、としか分からない。これもネットで調べると、大体こんなことらしい。

1、先に咲くのがツツジで、1ヵ月ほど遅れてサツキが咲く。(晩春と初夏)
2、ツツジのほうが葉や花が大きい。(サツキは小ぶり)
3、サツキは葉が出そろってから花が咲く。(遅く咲くから)
4、サツキは、枝や葉に褐色の毛がつく。(色が濃い)
5、サツキは、同じ枝に異なる色の花がつくものが多い。(キメラという)
6、単にツツジというとオオムラサキをさすことがある、等々。

まとめ
ツツジ: 早く咲く、大ぶり、葉の色が明るい
サツキ: 遅く咲く、小ぶり、葉の色が暗い

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2006.04.26

生田緑地

Ryokuchi401
民家園のみどり

曇っていたが暖かい一日だった。久しぶりに生田緑地に行ってみた。初々しい緑が出迎えてくれた。菖蒲田から貝殻の背中を擦り合せるようなカエルの声が聞こえる。ウグイスやメジロ、シジュウカラが、そこかしこで啼いている。あんなに澄んだ声は、どんな楽器を使っても出せない。

Ryokuchi404
生田緑地公園

野鳥観察小屋には誰もいず、野鳥も声はすれども姿が見えない。葉が繁ってきたので観察がむずかしい。あれはカケスだろうか、これはエナガだろうか、ヤマガラだろうか、などと想像して楽しむだけだ。

Ryokuchi405メタセコイア(あけぼの杉)も黄緑色の幼ない葉を出していた。よく見ると合歓ねむの木のようなかわいい葉である。こういう針葉樹林の下は不思議にスーッと清浄な空気が降ってくる感じがする。広葉樹林の暖かさとは対照的である。

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白藤

Sirofuji

白藤が
あまく
さわやかな
香りで

誘っている

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2006.04.25

立ち木の伐採

Bassai1業者が来て、うちの裏の巨木の伐採をしている。ケヤキやカシなどが伸びすぎて、秋には道路にとんでもない量の枯れ葉を落とすからだ。ほとんど手を入れていないので15mぐらいになっている。それをユニック、ユンボ、クレーン、チェーンソーなどを使って伐採してゆく。高圧線には黄色の保護カバーを巻き、警備員をつけて交通整理もしている。想像した以上の大仕事になったものだ。

ここは、カラス、オナガ、ヒヨドリなどのたまり場になっていた。野鳥たちには悪いが仕方がない。竹薮は残るし、ケヤキなどはまた葉をだすからから、勘弁してもらおう。

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2006.04.24

俳句スペシャル

BSで土曜は「列島縦断短歌スペシャル」、日曜は「列島縦断俳句スペシャル」というのをやっていた。列島縦断スペシャルとは恐れ入ったが、6時間におよぶ生放送だ。電話やFAX、メールで作品を募集し、選評をしていたらしい。らしいというのは、「俳句スペシャル」を最後の2時間だけ録画して見たからである。

Kaneko金子兜太とうたさんも元気に選に加わっていた。もう米寿に近いのではあるまいか。金子さんの実直さ、歯に衣着せぬもの言いがいい。人間味のある歌をよしとし、季語がなくてもいい、多少の字あまり字足らずも気にしない。歳に似合わず、考え方が柔軟である。他方、花鳥諷詠の伝統俳句を死守する稲畑汀子さんがいる。今回もふたりの丁々発止を楽しむことができた。他に、鷹羽狩行さん、宇多喜代子さんの大御所、さらに林マヤさんとやくみつるさんが若い風を吹かせていた。

短歌はほとんどが文語で、みそひともじ(五七五七七)の字数制限がある。口語で自由に書く五行歌に傾倒している私としては関心がうすい。たとえば特選のひとつに、「放たれしやうにゆはゆはひらきくる器にさくらの淡きくれなゐ」という歌があるが、どうもピンとこない。私の知識不足、感性不足もあるだろうが、どれだけの人がこの歌に感銘を受けるのだろうか。

俳句は短いので、やさしければ文語でもいいだろう。切れ字の「や」とか、「けり」なんかも効果的だ。しかし、季語が難しい。そうとう勉強しなければ楽しめない。このあいだも「蝌蚪かと」が分からなかった。なんということはない、オタマジャクシのことだった。行春と書いて「ゆくはる」と読むのも、少し違和感がある。ギョウシュンと読んでしまった。やはり、口語の分かりやすい句に目が行ってしまう。思いは口語で浮かんでくるからだ。それでも、いい句がたくさんあった。ちょっと並べてみよう。

海は海の光りに満ちて花の昼

蜜豆や独白好きな君と

揚雲雀あげひばり天上界へさがしもの

釣れなくて別にいいのだねえ雲雀

春の風授乳の胸をわずかあけ

深呼吸めしよりうまい春の風

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2006.04.22

みどり

Midori405

振り向くたび
山の緑が
色を増し
膨らんでゆく
ほら、また

Sinme401

みどり
きいろ
しろ
あか
新芽もとりどり

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2006.04.21

はなみずき

Hanamizuki401

花水木が咲いている。新しい道路ができると、街路樹として好んでハナミズキが植えられる傾向がある。大きな4枚の花びらが、宮崎駿のアニメに出てくるヘリコプターのプロペラのようで、かわいい。花びらに見えるのは、じつは総苞片といわれる葉のようなものだそうで、本当の花は小さく中央にまとまって咲いている。英語名は "dogwood" 、犬の木だ。樹皮を煎じて犬の蚤取りに使ったのでそう名づけられたそうだが、まったく色気がない。ま、人間さまがどんな名前をつけようと、花たちは自分を美しく咲かせている。

白がピンクを
ピンクが白を
引き立てている
街路樹の
ハナミズキ

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2006.04.20

久米の仙人

春に三日の晴れ無し、といわれるように、天候がくるくる変わる。きょうは大荒れだ。台風のように横殴りの雨が降り、一部には雷や雹ひょうの注意も出た。そうかと思うとカッと日が差したりする。

瞑想は心の平静さをはぐくむ行だが、これでいいということはない。人間の心のなかの汚濁はそう簡単には浄化できないのだ。心が落ち着いてきたなと思っても、ちょっと油断すると執着や欲望が顔を出す。日々これ修行である。今昔物語や徒然草に、「久米の仙人」の話が出てくるが、このことを諭している。

むかし、大和吉野の竜門寺に久米という男がこもって修行をしていた。やがて仙人になったが、飛行中に吉野川で衣を洗う若い女のすねを見て心がみだれ、神通力を失って墜落してしまった。しばらく俗世に暮らしたが再び修行をつみ、高市(明日香)遷都のときに都造りの材木を神通力を使って運び、そのほうびとして30町をもらい、久米寺を建てたという。

仙人になっても色香に惑わされるのだから、油断ならない。まして昨今は、脚のすねどころか、太ももや胸元をあらわにしている女性が少なくないので、心の平静さを保つのは並大抵ではない。心がみだれたとき、少なくともそのことを気づくだけの心の余裕を持っていたいものだ。

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2006.04.19

エンドウの花

Endomame402
サヤエンドウの花

紫色のエンドウマメの花が咲きはじめた。白いスナップエンドウの花も咲き始めた。1、2週間すれば、毎日サヤエンドウが食べれるだろう。豆の花はかわいい。スイートピーだってマメ科だ。この十分の一ぐらいの小さな花を咲かせるカラスノエンドウもマメ科だ。クローズアップで撮ると、そっくりだ。

Karasunoendo401
カラスノエンドウの花

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2006.04.18

桃源郷

Tougenkyou辻原登著『村の名前』を読んだ。芥川賞作品である。中国の藺草いぐさを求めて旅をする商社マンが、数々の奇妙な体験をする。夢か現実か境目がはっきりしない。おとぎ話のような世界に引きずりこまれてしまう。ふしぎな小説である。二度ほど中国に行ったことがあるので、楽しく読むことができた。

小説は書き出しの数行で決まるという人がいるが、辻原さんの書き出しもうまい。ちょっと引用してみよう。

天井から、扇風機のはっきりしない風が降りてくる。音ばかり大きくて回転がのろいから、三枚の鉄製の羽根のかたちがぼんやりとみえる。涼しくもなんともない。風を送る以外の目的で回っているとしか思えない。(中略) まわりは体温とほとんど同じ暑さだ。空気が体の輪郭をあやふやにした。橘は、動くのも、手や足がどこにあるか感じるのも億劫なほどだ。このままなめくじみたいに溶けだしてしまうかもしれなかった。

小説のなかに桃源郷の話が出てくる。桃源郷は、中国の詩人・陶淵明が詠んだ「桃花源記」に出てくる理想郷だ。こんな話である。

川を小舟で上っていった漁師が、桃の林に迷い込んでしまう。そこに山があった。小さな穴があいていて、そこから光りが差し込んでくる。そのトンネルを抜けると、豊かな村があった。戦争を避けて逃げ込んだ人たちの村で、外界とのつながりを一切絶っているといいう。漁師は大いに歓待されたが、帰りがけに「この村のことは他言せぬように」と釘を刺される。しかし、ずるい漁師は目印をつけて帰り、役人に知らせる。役人が目印をたよりに探すが、見つからない。桃源郷は手の届かないところにある。

辻原さんの『村の名前』は、多分に桃源郷を意識して書かれているように思う。現実かまぼろしか区別ができなくなるところがたくさん出てくるからだ。ただ、桃源郷は意外なところだった。去年、車で三峰神社に行ったとき、勝沼から塩山に向かう途中、みごとな桃畑のあいだを通った。一の宮付近だったろう。思わず、「ワーッ、桃源郷だ!」と叫んでしまった。

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2006.04.17

巣作り

Muku
せっせと巣材を運ぶムクドリ

毎朝、畑にムクドリやスズメが飛んできて、枯れ草や松葉などを運んでいく。一生懸命、巣作りに励んでいる。仲間喧嘩か求愛行動かは分からないが、その鳴き声がけっこうにぎやかだ。そこに、ヒヨドリ、メジロ、シジュウカラ、ヤマバトなどの声が加わる。遠くではウグイスが鳴く。欲をいえば、ヒバリの声でも聴きたいところだ。

Tsugumi401
ツグミ

そこへいくと鶫ツグミはおとなしい。その名の通り、口をつぐんでいる。そのツグミもそろそろ北へ帰る準備に入る頃だろう。彼らはシベリアのほうで繁殖するという。その囀りの美しさといったらないそうだが、残念ながら日本では「クェックェッ」という地鳴きしか聴くことができない。

考えても始まらない
時間は過ぎてゆく
内なる声を聴いて
せっせと動くだけ
ムクドリの巣作り

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鈴蘭水仙

天気がいいので朝食前に、また芽吹きの写真を撮りに出かけた。なにしろ、この時期の初々しい緑色が好きでたまらない。植物の息吹きを肌で感じるからだ。

Midori2

土渕不動尊の境内の片隅にかわいい花が咲いていた。スズランそっくりだが、花の丸みが少なく、葉の形もちょっと細い。ネットで調べたら鈴蘭水仙という花だそうだ。なるほど、花はスズラン、葉っぱはスイセンというわけだ。

Suzuransuisen

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2006.04.16

山萌える

午後、雨が上がったので生田浄水場の山のほうに散歩に出かけた。曇り空だったが、木々の新芽が美しい。ウグイスがいい声で鳴いている。ほんの数メートル離れたところに聴こえるのに、そのシルエットさえ目にすることができない。メジロやシジュウカラはけっこう見えるのに。

Midori1
生田ふれあいの森

Kakime1
柿の新芽

Yaezakura1
八重桜

Tsubame2
つばめ

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ねんざの後遺症

50代の女性。ひざの治療をしてだいぶよくなったが、右ひざの後ろの痛みが取れないという。ふくらはぎの外上端あたりが痛むらしい。ふくらはぎの筋肉は、ひざの裏から始まり、アキレス腱を介してかかとに付いている。ひざの裏から始まるのに、ひざの動きにはあまり関与せず、もっぱら足首を底屈させる。たとえば、爪先立ちなどのときに使う筋肉である。

Talそこで足関節を検査すると、案の定、足首の前内側につよい圧痛点が見つかった。これは距骨きょこつの圧痛点で、足首の内反および内旋変位があることを示している。足首の捻挫ではこのタイプが多い。治療は変位を誇張してやればいい。つまり、足首を内反させ、さらに内旋させる。そのまま2分ほど固定し、ゆっくりゆっくり戻せばいい。これで、ひざの裏の痛みがいっぺんに楽になった。ねんざの後遺症があったらしい。ひざの裏の痛みが足首の治療で治った面白い症例なので、ここに記録しておく。

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2006.04.14

平常心

ふたつ良いこと
さて無いものよ
そしてまた
ふたつ悪いことも
そんなには無い

あれこれ
思い悩むより
野の花のように
無心に
生きよう

生田浄水場の
向こうの
山にも
緑が
押し寄せていく

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2006.04.12

トレモロ

朝方は雨が残っていたが、午後は上がったので草取りをした。それから、サトイモと生姜の苗を植えた。2週間前に蒔いた小松菜やチンゲンサイがかわいい双葉を出している。適当に雨が降ってくれるのはいいが、気温が上がらないので育ちがわるい。

Muraji夕方テレビをつけたら、BS2でクラシック・ギターのコンサートをやっていた。村治佳織さんという若い女性が弾いていた。小さい頃からギターを習っていたらしく、おそろしく上手い。私も高校生のとき、小原二郎先生のところでクラシックギターを習っていたことがあり、少しは聴く耳を持っているつもりだが、こんなにきれいな音を出す人は少ない。自分でもよく練習した曲だからなおさらだろうが、村治さんの「アルハンブラ宮殿の思い出」は宝石が光り輝くような音がする。とにかく、一つ一つの音をいたわるように大切に弾いているのがわかる。

ギターの場合、同じ弦を右手の薬指、中指、人差し指の順にすばやく弾くのをトレモロという。同じ音を三連符のように弾いてゆくのだ。「アルハンブラ宮殿の思い出」は、メロディーをすべてこのトレモロで奏でるように作られている。村治さんのトレモロはじつに美しい旋律を奏でている。音も割れない。いろんなギタリストの「アルハンブラ宮殿の思い出」を聴いているが、これほどきれいなトレモロは聴いたことがない。私もこのトレモロではずいぶん苦労した思い出がある。「ルルル・ルルル」と行かず、どうしても「パカパッ、パカパッ」と馬が走るようになってしまうのだ。

ジャズやロックを弾くギタリストとの合奏もあった。二つのギターの掛け合いのようなところがあってとても面白かった。ジャズギターのほうは即興が入ったりして自由な味わいがあっていい。しかし、音色はやはりクラシックギターのほうに軍配が上がる。音の奥行きに大きな違いがある。

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2006.04.11

いのち

寝ても覚めても
呼吸している
脈打っている
生かされているのは
間違いない

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2006.04.10

花ニラ

種を蒔いた覚えがないのに、あちこちに白い小さな花が咲いている。遠目にはタマスダレみたいだが、近寄って見るともっとか細い。インターネットで調べたら、「ハナニラ」とあった。そういえば、去年もこの花の名前を調べた記憶がある。もの忘れが早いな。

Hananira

ヒガンバナ科の多年草で、南米原産。葉に傷をつけるとニラのような匂いがする。丈夫な草で、しばしば野生化する、などと事典に書いてある。どこかから種が飛んできて居ついたらしい。しかし可愛い花だ。まわりに写っているのはヒメオドリコソウだが、こちらは名前負けしている。

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2006.04.09

恋の季節

暖かい日なので、野川のカワセミも活発に動き回っていた。というよりも、いまは繁殖期に入っているのだ。オスとメスがキーキー鳴き合ったり、巣穴を掘ったりしている。神明橋の上流と下流で一組ずつカップルができているらしい。きょうはカワセミの飛んでいる姿も写真に撮ることができてラッキーだった。

Kawasemi406
桜散る川面をすれすれに飛ぶ青い宝石

Kawasemi408
カワセミのカップル(右がメス)

Kawasemi402

Kawasemi404
背景がイマイチ

Kawasemi410

キーッ、キキーッ
としか聞こえないけれど
あふれる思いを
伝えているんだろうな
恋するカワセミ君

Kawasemi409

Sijukara401
高架橋のところで、ツーピーツーピーツーピー(シジュウカラ)

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春の野川

久しぶりに野川に行った。気温が低いので、桜の花がよく持っている。紅い枝垂桜や白くて香りのよい大島桜(たぶん?)がきれいだ。場所によっては、ソメイヨシノもまだがんばっている。神明橋の下ではバーべキュウを楽しんでいるグループがあった。木々の新芽がういういしく、川岸は菜の花や薄桃色のハナダイコンなどが群生していてる。ここは心が落ち着く場所だ。

Nogawa403

Kinome

Nogawa401

Sidaresakura

Nogawa406

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2006.04.08

花まつり

天上天下を指さす
小さな釈迦像に
甘露の水を注ぐ
その夜
逝った人がいる

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2006.04.07

マリナーズの城島捕手

Jojimaシアトル・マリナーズの城島健司が、デビュー戦でホームランを打った。第2戦でも大きなホームランを打っている。きょうも2安打と活躍している。イチローと同様、連続試合安打をつづけている。きょう録画しておいた対アスレチックス戦を見たが、城島選手のはつらつしたプレーを見て感動した。英語を一生懸命勉強しているというが、それでもチームメイトとコミュニケーションをとるのは大変だろうに。

だいたい、キャッチャーというのは守備の要であり、いちばん忙しいポジションだ。しろうとの私が思いつくだけでも、恐ろしく神経を使うところである。
(1)まずは、ピッチャーの球の捕球だ。それもメジャーでは150㎞以上の直球や、くせのある変化球、荒れ球などが飛んでくる。それをうまく捕球する。適切なサインを送る。
(2)味方の投手の性質や球種を覚える。気の強いやつもいれば弱いのもいるだろう。先発やリリーフもいる。スタミナも問題だ。
(3)相手チームの打者の得手不得手を知る。ストライクゾーンの大きさや、アンパイアのくせなども読まなければならない。
(4)盗塁を刺す、けん制する。ファウルボールを追いかける。一塁や三塁のカバーに走る。本塁にすべりこんでくる走者をブロックする。守備位置を指図する。
(5)守備につくときは防具をつけなければならない。それだって急所に当たったりしたら失神するほど痛い。バットが頭に当たることだってある。

こんな重要なポジションを、しかも英語でこなさなければならない。英語といったって、スラングだろう。南部訛り、ヒスパニッック訛り、それに黒人訛りなんかもあるだろう。一球一球、打者の目を確認してからピッチャーにサインを送り、ミットをかまえる。そこにボールが来てくれればいいが大きくはずれたりする。何度もはずれれと、ピッチャーのところに駆け寄って話す。球種やコース、サインの相談もするだろう。それを城島はきびきびこなしている。でっかい投手のケツを叩いて、「俺を信じて投げて来い」とでも言っているように見える。そんなこんなで、いっぺんで城島選手のファンになってしまった。

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2006.04.06

花いかだ

Hana411

桜の花びらに
妖精が乗って
流れてゆく
これは
夢なのだろうか

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2006.04.05

桜坂

Hana403

フルーツパーク前の桜坂。雨が降って濡れているせいかソメイヨシノの色が濃い。はらはらと花びらが散っている。風が吹くと花吹雪になって、それはきれいだ。

Hana404

Hana405

Hana409

フルーツパーク内にある枝垂桜はいまが満開。雨に濡れて、ちょっと重そう。白の枝垂桜は幼葉が芽吹いている。桜餅の葉のようにやわらかく、うまそう。

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2006.04.04

川崎市多摩区中野島

わたしの住んでいるところは川崎市多摩区生田で、中野島と隣り合っている。最近、しきりに川崎市多摩区中野島という地名がマスコミで取り上げられており、多摩区はすっかり有名になってしまった。例の、小学生をビルの15階から投げ落としたという事件である。防犯カメラのおかげで犯人はすぐ逮捕されたが、なんともむごい事件だ。

現場となった多摩川沿いのマンションは、近くに親戚の家があるのでよく見ている。犯人が出頭してきた多摩警察署は、去年、免許の更新をしたし、ついこのあいだ駐車違反で車をレッカー移動させられ、取りに行ったばかりだ。中野島小学校はJR南武線の中野島駅の前にある。わたしの最寄りの駅だ。

いずれにしても、よく知っている場所がテレビに写ったり、新聞に載ったりするので、いやおうなしにこの事件が生々しく感じられる。日曜日に多摩警察署の前を車で通ったが、府中県道の両側に報道の車やタクシー、ハイヤーが並んでいて、ひどく通りにくかった。空にはヘリコプターが何機も飛んでくる。騒々しいったらない。

犯人は誰でもいいから殺したかったという。これでは被害にあった人は、たまったものではない。評判は「いい人」だったようだが、どこでどうして人生の歯車を狂わせてしまったのだろう。

けさの天声人語
 自宅まであと20歩ほどというから、いわば玄関先だ。学校からそこまで帰ってきたのに「ただいま」と言えなかった。川崎市のマンションの15階から投げ落とされ、殺害された小学3年の山川雄樹君と家族の無念さは、計り知れない。
 家の玄関先までが凶行の現場にされるのでは、どうしたら子どもたちの身を守れるのかと暗然とした気になる。しかし、このマンションの通路のような場所は至るところにあり、住民は日々行き来しなければ暮らせない。何か手だてはないのだろうか。
 マンションは家の集合体だ。平地なら、家と家の間には路地がある。かつて町の路地といえば、ほぼいつもだれかの目があり、声をかけあう姿があった。それが子どもを見守ることにもなったが、時代とともに、煩わしいこととして避ける習わしができた。
 今では超高層のマンションも珍しくない。しかし顧みれば、多くの人が高層住宅に住むようになって数十年しかたっていない。マンションの通路だけでなく、階段やエレベーターも、新しい路地として見直すことはできないだろうか。
 この事件は、高さが「凶器」になりうることも改めて示した。それを防ぐには、通路や階段に鉄格子でも取り付けるしかない。実際、東京の高層団地の代表格の高島平では、3階以上の通路の外側に金属のさくを巡らせた棟がある。
 昭和50年代に飛び降りが続いたためで、ヒマワリやチューリップの形にデザインされていた。そんな鉄の格子だけでなく、住む人たちの目や声という生きた格子にも命を守る力があるはずだ。
(朝日新聞・4月4日朝刊)

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2006.04.03

生田浄水場の桜

夕べは雨が降った。それほど降っていなかったように思ったが地面がじゅうぶん湿っている。やはり天の恵みはありがたい。水道の水を撒いたのでは、こうはいかない。生田浄水場の桜がきれいだ。木々の芽吹きも始まって、いよいよ本格的な春になる。

Haru101
生田浄水場の桜1

Haru103
生田浄水場の桜2

Haru102
新川(二ヶ領用水)の桜

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2006.04.02

ルッコラ

Rocket1

Rocket4

ルッコラの花が咲いた。花びらが細くて手裏剣のようだ。ルッコラの葉はイタリア料理の付け合せに使われるが、ゴマに似た不思議な香りがする。食べるとカラシナのようで、少しピリッとする。これが、食べ慣れるとけっこういける。

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2006.04.01

花冷え

Hanami402

薄い花びらは
すこし寒そう
だから
寄り添って
咲いている

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