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2005.08.30

小泉首相、向ヶ丘遊園駅前に現る

ヤマダ電機からの帰り道、大渋滞にぶつかった。民家園から向ヶ丘遊園駅まで30分もかかった。警察官が大勢でている。ダイエーの前まで来て気がついた。そうだ、きょうは小泉純一郎が向ヶ丘遊園の駅前で新人の山内氏の応援演説をする日だったのだ。

通りすがりにチラッと駅のほうを見ると、黒山の人だかりがしている。車の中だからはっきりは聞こえないが、誰かがスピーカーのボリュームを上げて絶叫している。「改革を止めてはならない」というから、小泉さんだろうか。

4時ごろみえた患者さんが、向ヶ丘遊園駅の南口広場で小泉首相の演説を聴いてきたという。12時ごろ来る予定だったが、実際に来たのは1時近かったそうだ。私が絶叫を聞いたのは12時半ごろだから、あの声は小泉さんではなかったらしい。自民党の県議や市議が大勢集まっていたという。こんどの選挙は対立の構図がはっきりしているから、警備のほうも大変だ。

もう一人の患者さんは、「女房が小泉さんの演説を見に行きましたよ、誘われて」と言っていた。小泉さんの演説を聴きにいきましたよ、と言わないところが面白い。

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PC修理

2ヶ月ぐらい前から、パソコンの画面がとつぜんチラついたり、暗くなったりするようになった。しばらくすると、またもとの明るさにもどる。しかし最近はこれが頻繁に起こるので、とうとう今日、購入先のヤマダ電機に持って行って修理を依頼した。バックライトの接触不良だろうと思う。NECのノートパソコンだ。

代わりのPCは、家にある富士通のBIBLOを持って来た。こちらは液晶画面の左側に1本縦縞が入るが、まだじゅうぶん使える。ホームページのフォルダなどをフラッシュメモリーで入れて、ADSLを接続する。ひとたびPCが故障すると、バックアップを取ったりしなければならず、いろいろわずらわしい。

ヤマダ電機のポイントカードが残っていたので、少し現金を足して、KENWOODのMDミニコンポを買った。前のミニコンポはCDが壊れ、タイマー機能もおかしくなってきた。これはもっぱら「ラジオ深夜便」や「文化講演会」、AFNの「ドクター・ローラ」の録音に使う。LP機能がついているので、80分のMDがモノラルで320分録音できるのが嬉しい。

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2005.08.29

ショコラ

chocola『ショコラ』を見たが、じつにいい映画だった。1950年代、閉鎖的なフランスの田舎町に母娘がやってきて、チョコレートのお店を開く。しかし、村長をはじめ村人たちはよそ者を歓迎しない。さまざまな嫌がらせをするが、一人また一人、チョコレートの魔力も手伝って、女主人ヴィアンヌに心を開いていく。伝統や因習に縛られた人々も、自分の心に嘘をつくことはできない。そのことがていねいに描かれてゆく。見終わったあと、さわやかな気分になった。

この映画を見て、アンソニー・ホプキンスの『永久の愛に生きて』を思い出した。『永久の愛に生きて』の原題はSHADOWLANDで、日陰の暗い国という意味だ。本音を隠して建前で成り立っている社会を痛烈に批判した映画である。伝統や文化には価値あるものが多いけれど、既存社会を維持するために人々を束縛する無用の長物になっているものも少なくない。

古い社会に反する行動をとると必ず抵抗に合うが、おかしいものはおかしい。心正しき人たちはそのこと気づいてゆく。やがて、そういう社会は自己崩壊する。草壁焔太先生の五行歌運動にも通ずるものがあると思った。

閉鎖的な村を
とろけさせる
ショコラの魔力
自分の心に
嘘はつけない

古い因習に
立ち向かう
自由人ヴィアンヌが
草壁先生と重なる
映画『ショコラ』

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2005.08.28

晩夏の野川

nogawa 久しぶりに野川に出かけた。2ヶ月ぶりぐらいになる。夏のあいだは暑いし、草丈が長く、鳥の姿があまり見られない。きょうは少し涼しかったが、やはり野鳥は少なかった。先日の台風で川岸の葦などがなぎ倒されいる。

kosmos1鳥見の先輩、あるばさんにお会いしたが、あまり鳥の姿は見られないとのことだった。しかたなく、セミやバッタの写真を撮った。きたみふれあい広場では、鶏頭やコスモスの花が咲いていた。百日紅もそろそろおしまいだ。

tsukutsukuboushi1ツクツクボウシは小さくて地味な色のセミだ。羽が透けているので、すぐそばで鳴いていても見つけにくい。京子が地面に落ちているのを見つけたが、なんと、交尾中のペアだった。そっと植え込みに移したが、ぜんぜん離れない。かれらは必死なのだ。

minminzemi ミンミンゼミの写真も撮れた。実際にミーンミーンと鳴いているところを撮ったから間違いない。こちらは胴体が緑がかっており、羽に黒い紋がついている。想像していたより大きかったが、どうやら私はニイニイゼミとミンミンゼミを混同していたらしい。子供の頃よく捕まえた小さいセミがニイニイゼミで、ミンミンゼミはアブラゼミぐらい大きさだ。ミンミンとニイニイでは間違えても無理はない。これらのセミにアブラゼミが加わって、野川沿いの道はすごい蝉時雨である。

kawasemi06 帰りがけに、小田急のガードの近くでコサギを見ていたら、川上からカワセミが飛んできて葦の枝に止まった。胸の色がくすんでいるから幼鳥だ。動きも子供っぽい。だが、すぐまたどこかに飛んでいってしまった。けっきょく、きょう観察した鳥は、カルガモ、アヒル、ツバメ、ハシブトガラス、ドバト、ヒヨドリ、シジュウカラ、スズメ、コサギ、カワセミ、ということになる。

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2005.08.27

つくつく法師

窓の外でつくつく法師が数匹鳴いている。代わる代わる、それぞれの声を追いかけるように、競い合うように鳴いている。あの4、5センチのからだで、それこそありったけの声を出して自己主張している。

はじめは「オーシーンツクツクツク」と、オとシをぐ~んと引っ張り、ツクツクツクと「ツク」を3回添える。それから「オーシンツクツクツク」となり、だんだん速度を上げていく。20回ぐらいこれを繰り返し、じゅうぶん加速したところで、「モイヨー」と転調し、これを3、4回ほど唸ってからプツンと鳴きやむ。なかなか味わいがある。

百科事典には「オーシーツクツク」と鳴くとあるが、わたしの耳には「オーシーツクツク」と聞こえる。子供の頃から、そう聞いてきたので「オーシーツクツク」はないだろう、なんて思ってしまう。耳を澄まして聴くと、やはり「オーシーツクツク」だ。だいたい、子供のときはツクツクボウシなんて呼んだことがない。「あ、オーシンツクが鳴いている」、などと言っていた。

オーシンツクの輪唱はなかなか聴き応えがある。なんてったって生演奏は迫力がある。ま、いずれにしても、この蝉の声が多くなったからには、夏も終わりだ。

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2005.08.26

弘法の筆

般若心経をあげようとしたが、暗誦していたはずなのに途中でつっかえる。そこでお寺からもらった経本を見ることにした。そのとき、京都の東寺で買った「弘法大師直筆の心経」があるのを思い出した。その筆跡の美しさのあまり、衝動買いしたものだ。

singyoあらためて弘法大師の筆を見てみると、これがじつにいい。文字が生き生きしている。変な力が入っていない。かと言って、へなへな文字でもない。千年も昔の人が目の前にいるようだ。

讃岐の少年・真魚(まお)は、都に出てさぞかし猛勉強をしたことだろう。空海、弘法大師となると雲の上の人になってしまうが、その筆跡を目の当たりにすると、同じ人間だったということが分かる。ただ、その求道の情熱たるや、想像を絶する。

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2005.08.25

ムーラン・ルージュ

レンタルのDVD「ムーラン・ルージュ」を見た。二コール・キッドマンとイワン・マクレガーが演ずるミュージカル仕立てのドタバタ喜劇だ。少々うるさい映画だが、いろんな名曲が挿入されているのが面白い。サウンドオブミュージック、マドンナ、エルトン・ジョン、ビートルズ、果てはタイタニックのテーマまで入っているので笑っちゃう。

映画のなかで何度も繰り返される歌がある。"Nature Boy" という歌で、その歌詞の最後の部分が耳に残っている。上は原文、下は字幕。

The greatest thing you'll ever learn is
just to love and be loved in return.

人がこの世で知る最高の幸せ、
それは誰かを愛して、そして、
その人から愛されること。

→ナットキングコールが歌う Nature Boy のさわり(No14)

ムーラン・ルージュが「赤い風車」という意味だと初めて知った。
それにしても、ニコール・キッドマンの美しいことといったらない。

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稲穂

屹立する
稲穂は青く
まだ
頭を垂れる
ことを知らない

(屹立:きつりつ、頭:こうべ)

2週間ぐらい前、ぴんと立った稲穂を見たときに浮かんだ五行歌だ。まだあまり実もふくらんでいないのに、やたらと突っ張っている。その姿が若いときの自分そっくりなので、思わず笑ってしまった。

学生の頃の自分の写真を見ると、必要以上に格好をつけたり、偉そうな顔をしているのが目につく。プライドが高いといえば聞こえはいいが、ただ空威張りした高慢ちきにすぎない。まだぜんぜん頭を下げることを知らない、嫌なやつだ。それが、いろいろ物を知り、経験を積むと、自然に頭を下げることを覚える。ことわざの「実るほど頭を垂れる稲穂かな」、は真理である。

この歌、けさの「よみうり五行歌」欄に掲載された。とても嬉しい。新聞では「屹立している」になっているが、「屹立する」のほうが迫力があり、リズムもいいので、ここではそう変えてある。

ところで、稲穂のほうはここ数日でぐんぐん頭を垂れはじめた。もう一月あまりで、黄金の波がうねるだろう。

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2005.08.24

ニラの花と蜂

nirahana0

ニラの花が咲いている。白い小さな6弁の花が10個ぐらい集まって咲いている。マクロレンズでニラの花を撮影していると、黒いハチが飛んできた。ネットで調べると、キオビツチバチ♂というのがいちばん近いようだ。

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2005.08.23

最後のヒマワリ

ita次から次へ花を咲かせ、夏じゅう楽しませてくれたヒマワリ・イタリアンホワイトも、そろそろ終わり。そういう目で見るせいか、ちょっと哀愁を帯びている。夏のあいだ一休みしていたキキョウがまたポツポツ咲き始めた。コオロギの声も目立ってきた。

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2005.08.22

郵政民営化

先の参議院で郵政民営化法案が否決されたのを機に、小泉首相は衆議院を解散した。郵政民営化の是非を直接国民に問いたいという。衆議院で法案に反対した自民党の造反議員は公認せず、賛成派の対立候補を次々に立てている。綿貫氏や亀井氏はこれでつぶされる。

マスコミは刺客が送られたと騒いでいるが、郵政民営化反対ばかりの候補者では、選挙民の選択肢がないという理由からだ。綿貫さんが国民新党を立ち上げたり、ライブドアの堀江社長が亀井さんの選挙区から出馬したり、長野県知事の田中康夫が新党「日本」を立ち上げたり、次々と選挙に向けた動きが起こっている。

おかげで郵政民営化だけでなく、この国の抱えるいろんな問題があちこちで議論され、いままで知らなかったことが分かってきた。なにはともあれ、みんなが自由にものを言える国に住めることはありがたい。

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2005.08.20

夏の終わり

首のまわりが
あせもで痒い
寝苦しい夜が続く
わかっちゃいるけど
夏は暑い

昼はつくつく法師が
鼻声で唸り
夜はエンマコウロギが
軽やかに歌いだした
暑さも峠だろう

夜中に
目が覚めた
庭が明るい
見上げれば
みごとな月

帰りには
一番星を
見るようになった
空も澄み
風もさわやか

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2005.08.19

お盆休み

okuraお盆休みはいつもの通り迎え火を焚き、ご先祖様に三食を供え、来客の接待をし、送り火を焚き、翌日お墓参りをし、木更津での送り火をした。あと2日はどこにも出かけず、家でゆっくり過ごした。なかなかいい休みだった。(写真はオクラの花)

8.13 盆棚かざり 迎え火
8.14 お棚参り お坊さん
8.15 親戚来る 送り火
8.16 寿福寺 木更津 地震
8.17 DVD(韓流、恋火など)
8.18 草取り 西食亭

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2005.08.12

カラスウリの花(2)

karasuuri001カラスウリの花が完全に咲いたところを写真に撮りたくて、夜9時半ごろ、のこのこ現場に出かけた。外灯の薄明かりのなか、白い花がたくさん見える。咲いている、咲いている。5弁の花びらから糸のような繊維が出て、レースのような飾りをつくっている。クモの巣のようにも見える。写真はフラッシュを焚いているので実際の花の雰囲気が損なわれているが、カラスウリの花の不思議さはじゅうぶん伝わるだろう。

karasuuri005ついでに、長念寺のキカラスウリの花も見に行った。昼は枯れてしぼんでいるように見えるが、こちらも元気に咲いていた。さすがに夜の花だ。キカラスウリの花は、カラスウリよりも花びらが広く、繊維の出方がはげしい。神経細胞みたいだ。しかし、なぜ夜中にこのような形の花を咲かせるのだろう。暗闇ではうっすらとしか見えないだろうに。

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2005.08.11

カラスウリの花

karasuuri0長念寺の松の木に蔓がからんでおり、その蔓に白髪を乱したようなものがいくつもついている。2、3週間ぐらい前から、いったいなんだろうと気になっていたのだが、カラスウリの花だろうか。帰りに写真を撮ってみた。

インターネットで調べてみると、長念寺で見た花はカラスウリではなさそうだ。似ているがちょっと違う。どうやらキカラスウリという種類らしい。カラスウリの花は夜しか咲かないとある。

karasuuri6べつの場所で、道端の植木にからまっている蔓に白い花が咲いていたが、これぞまさしくカラスウリの花だ。五弁の花びらから糸くずのようなものが広がっている。まるまっているものは綿のようだ。雌花と雄花があるらしいが、よく分からない。

真っ赤な実はよく知っているが、まじまじとカラスウリの花を見るのは初めてだ。世の中、すぐ身の回りのことですら、まだまだ知らないことばかりだ。

→完全に開くとこうなる

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2005.08.09

治療室でパソコンを見ていたら、とつぜん間近でヒグラシが鳴きはじめた。窓が閉まっているのに、ドキッとするほど大きな声だ。澄んだ葦笛のような声がよく透る。どうやら簾に止まっているらしい。そっと近づくと、鳴き声のトーンが下がった。警戒しているらしい。そうっと窓を開けてみたら、もうどこかに飛んで行ってしまった。机にじっとしていれば、もう少しあの澄んだ声を楽しめたのに。

静寂を破って
ひぐらしの声
すぐそばで
鳴きはじめたので
ドキッとした

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2005.08.08

セミの羽化

semi3ゆうべ8時ごろ、庭の藤の枝でアブラゼミが羽化しているのを見つけた。もう殻から完全に抜け出て、弱々しい薄緑の羽に体液を送り込んでいるところだった。邪魔をして悪いとは思ったが、懐中電灯で照らして写真を撮った。

フラッシュを焚くと雰囲気が台無しになるし、懐中電灯が近すぎると白トビしてしまう。そうかといって、あまり暗いとシャッタースピードが遅くなるのでブレてしまう。それでも、LUMIX-FZ10は手振れ軽減装置がついているので、なんとか見られる写真が撮れた。もう少し細部がはっきり写ったのもあるが、そうなると羽化の雰囲気が出ない。写真はむずかしい。

蝉は5年も6年も土の中で暮らし、暑い夏に地上に出て羽化し、2週間あまりの命を精一杯生きて、子孫を残して死んでゆく。2000日眠って20日飛ぶとすると、地上での暮らしはセミの一生の1パーセントにすぎない。わたしがアメリカにいた年には17年蝉が大発生し、森がゴーゴー音を立てていたのを覚えている。その蝉は17年も土の中に眠っているのだ。なんという一生だろう。

セミの一生は
九九%が土の中
地上での暮らしは
一瞬のかがやき
生の結晶

■衆議院が解散した。小泉首相みずから郵政解散という。残暑はきびしい。

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2005.08.07

すずめ

suzume雨戸を開けると
雀が飛んでくる
チッチッチッチッ
きょうも暑いぞ

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腰のねじれ

30代なかばの男性が腰痛の治療にみえた。1時間ほど前、子供を抱いて台所の柵を越えさせたときに傷めたそうだ。針は初めてだという。

かなり広範囲が痛いというから前屈変位があるようだ。一般に、限局したシャープな痛みは後屈変位が、広い鈍い痛みは前屈変位があると予測できる。まずボディークッションにうつ伏せになってもらい、全身を優しく揺する。それから、細い針で腰の筋肉をほぐす。これだけで痛みは半減する。

くわしく検査をすると腰椎の2番から5番までが前屈し、右回転している。だから上体は左にねじれている。ということは、子供を右のほうから抱き上げて左のほうに降ろしたのだろう。状況を話してもらうと、やはり右から左へ移したという。腰の検査によって、傷めたときの格好がだいたい分かるのだ。

治療は傷めたときの格好を再現させればいい。あおむけで腰を曲げ、両膝を右にもってゆき、2分ほど固定し、ゆっくりゆっくり元に戻してゆく。最後に仙骨のねじれを矯正して終了。治療が早かったので、すぐ治ると思う。

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2005.08.06

『五行歌』への投稿歌

『五行歌』誌8月号への投稿歌。
締め切り間際の投稿になりがちで、推敲が足りない。

自分は
微細な存在
なのに
宇宙の中心
でもある

つっぱるより
やりすごそう
柳の枝が
たおやかに
揺れている

こつこつ
練習を積む
イチロー
量は確かに
質を変える

円空は
十二万体の
神仏を彫った
そんなバカなことを
本気でやったのだ

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2005.08.05

鹿の子百合

yuri蒸し暑い日だ。お寺に行って、お施餓鬼の準備を手伝った。裏庭の弁天池には睡蓮の花が咲いている。崖に咲いたピンクの百合の花が、池の水を飲もうとしている。カノコユリというそうだ。鹿の子絞りの斑点があり、下向きに咲くのが特徴らしい。

鹿の子百合が
弁天池の水を
飲もうとしている
さすがに暑さが
こたえるのだろう

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2005.08.04

百日紅

sarusuberi01花の少ない真夏に、優しいピンクの小花をたくさん咲かせるサルスベリは貴重な存在だ。百日紅と書くように、長いあいだ目を楽しませてくれるのもいい。じりじり太陽が照りつける道を歩いていても、ふとこの花を見つけると気持ちがやわらぐのをおぼえる。

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ナスの垣根仕立て

nasu散歩していたら、ナスの垣根仕立てをしている畑があった。ふつうは支柱を斜めにさして放射状に仕立てるが、ここはまるで垣根だ。こうすると日当たりがよくなって実のつきがよくなり、なによりも摘果がしやすくなるのだろう。プロはいい仕事をしている。

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2005.08.03

わが心のオルガン

DVDを借りてきて、韓国映画「わが心のオルガン」を見た。舞台は、1960年代の田舎の小学校。イ・ビョンホン演じる新米先生が、訳ありの17歳の小学5年生の女の子に惚れられていろいろ騒動を巻き起こすという筋書きだ。

韓国の田舎の風景や、人々の暮らしが、美しい映像をまじえて描かれてゆく。黒板消し落とし、健康診断、運動会、遠足、学芸会など、自分の小学校時代を見ているようだ。オルガンで音楽の授業をするのも同じだ。ほのぼのとした、心温まる映画である。ラストシーンの「コニー・フランシス」のLPアルバムには泣かされる。さらに、最後のクレジットタイトルの写真も見ものである。

そういえば、中国映画「初恋の来た道」も少女が先生に恋をする話だ。チャンツィーイーが可愛かったな。ただ「わが心のオルガン」のほうが親しみを感じるのは、時代背景が私の少年時代に重なるのと、韓国が日本に近いからだろう。

残念なのは、女の子が17歳と知ったのはDVD付属の予告編の解説を見たからで、映画のなかではそれを知る手がかりがなかったことだ。だから終始、変な小学生がいるなと思っていた。映画はこういうところをていねいに描かないといけない。

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2005.08.02

年をとるということは

低周波治療器のコードが何本か断線したので、自分で修理した。患者さんに針を刺し、針の柄に端子をはさんで通電するのだが、そのカニバサミの部分が疲労して断線しやすいのだ。わたしはカニバサミと呼んでいるが、秋葉原の部品屋ではミノムシと呼んでいるようだ。たしかに、ミノムシにも見える。

handaテスターで断線を確認し、古い端子を切り捨てて新しいのを取り付けてゆく。コードの先をストリッパーでむいて、それを新しい端子の小さな穴に通して固定し、半田づけする。過去に何度もやっている作業だが、今回は目の老化を痛切に感じた。老眼鏡を使わないと、こういう細かい作業ができなくなってしまったのだ。メガネをかけたり、外したり、忙しい。やれやれ。

年をとることは
いいことだ
とってみなければ
わからない世界が
開けてゆく

(坂村真民の詩)

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2005.08.01

ノウゼンカズラ

nozenkazuraアクのない
優しい色だ
毎日咲き代わる
凌霄花よ
ありがとう

凌霄花:ノウゼンカズラ

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